◆4-53 突然の訪問者達
リオネリウス視点
…なんだこいつ等は?見ない顔だ。
というか、いつの間に?いつから部屋に居た?
リオネリウスは、警戒しながら静かに相手の出方を伺った。
「あらら…豪華な椅子に傷が…勿体無いわね」
黒縁眼鏡を掛け、束ねたひっつめ髪を野暮ったい地味な髪留めで纏めた黒髪の女が、壁にぶつかり倒れていた椅子を拾い上げた。
「誰だ?お前達は…」
警戒しながら静かに口を開いた。
「ほらー。言ったでしょ?
男なんて、この程度で気付かないものなのよ!」
こちらも黒髪の女と同じ様に、長い赤髪をひっつめ髪にして纏めている。明るい赤茶色の髪留めもしていたが、同系色の髪色に溶け込んでいて目立たない。
薄茶色のフレームの眼鏡に、地味な色の口紅。のっぺりとした化粧。
背景に溶け込みそうな程、印象に残らない。
「少し化粧しただけよ?これのせいじゃない?
もしかして、大人っぽく見えたかな?」
黒髪の侍女が少し嬉しそうに、眼鏡を軽く持ち上げた。
少々くすんだ肌色のせいで、少し汚い印象を受ける。
口紅は、つけているのかいないのか分からない程度。
こちらものっぺりとしていて、印象が薄い。
下女と言われれば、そうかもしれないと思ってしまうくらいの侍女。
二人共背は低いが、20歳前後で既に子供が一人くらいは居そうな、少し育児に草臥れた様な感じの女性に見える。
…気付かない…?何を言っている?
「男なんて、女の表面しか見てないんだって。
ルーナやサリーなら、絶対に騙せないだろうけどね」
「眼鏡を掛けるだけで印象は変わるものね。
アンタのいつもの派手さや怖さが、全く感じられないわ」
「…ん?それは私の化粧技術が上手いと褒めてるの?
それとも、普段の私を貶してるの…?」
「褒めているに決まってるじゃない。とても大人っぽく見えるわよ♪」
「…そうかしら?」
見た目はごく普通の侍女…いや、少し身分の低い侍女。
貴族の家なら掃除等の雑用をしていそうな、商家なら台所で芋の皮を剥いていそうな、良く居るタイプの侍女だった。
しかし、口から出る言葉は不遜そのもの。
王族の前で喋る様な内容では無い。
その差異が、非常に奇妙な印象を与える。
…ルーナ?
「なんか…目を見開いて固まってる?この王子サマ」
「面白いわね。ヴァネッサにも見せたかったわ」
黒髪の侍女がジトッとした眼でこちらを見つめる。
赤い目が印象的で、顔の地味さと釣り合いが取れていない。
ヴァネッサ…?ルーナ…?
まさかリンドバルトのヴァネッサとキベレのルナメリアか?
…こいつの、この赤い目は何処かで…?まさか…!?
クスクスクス…
赤髪の侍女が笑い出した。
「そんな事したら、日頃の恨みを晴らす為に徹底的にいじるわよ?ぷっ…くっくっくっ…」
彼女は口を塞いで笑いを堪らえようとしている。
…思考が追い付かない…。何を言っている?
そんな馬鹿な…人違いだよな…?
アイツ等の姉だと言われれば、納得出来るのだが…。
…化粧で変装…?
しかし、ここまで年齢を変えられるものなのか?
だが、コイツ等の中身は完全にアイツ等だ…。
現実味の無い光景に、俺はとうとう可怪しくなったのかと、自分を疑った。
二人がクラウディア達だと確信はしたが、普段との差異が酷すぎて、頭が『違う。コイツ等はあの二人ではない』と判断してしまう。
「お~い?起きてる?寝てるの?」
…俺の眼の前で、クラウディアとジェシカに似た二人が手を振っている。
「意識が帰って来るまで、食事でもしながら待ってましょうか。
どうかな?毒はある?」
クラウディア似の女が、俺が蹴飛ばした椅子を持って来て、食卓に着いた。
ジェシカ似の女が、躊躇無く食事に手を付けた。
立ったまま、素手で摘んで匂いを嗅いで、舐めている。
下品な態度。
下女でも、もう少しマナーを弁える。
普段の姿で同じ事をすれば皆が目を剥いて驚くだろうが、今の姿の二人なら、下品だな…と、顔をしかめる程度。
「痺れ無し、苦味普通。酸味は…調味料よね。知らない毒なら無理だけど、知ってる味だけ。多分大丈夫かな」
もう一人が予備の椅子を引っ張り出して来て、腰を下ろした。
「そう、なら頂きましょうか。リオネリウスは食べないみたいだし。私、朝ご飯抜きだからお腹空いたわ」
「一応言い訳しておくけど、ノーラ程確実じゃないからね。無味無臭なら防げないわよ?」
二人は手近なカトラリーに手を伸ばした。
「即死毒でなければ、魔力での強制新陳代謝と内臓の強制運動で何とかなるから大丈夫よ」
「ああ…アレね…。あまり思い出したく無いし、出来ればやりたくないわね…」
「ノーラの毒物講義で散々やらされたからね。後片付けが大変だったわ…」
ジェシカ似の女が顔を青ざめさせて口を抑え、クラウディア似の女は何かを思い出して溜息を吐いた。
二人は遠い目をしながら、疲れた様に笑う。
そして、勝手にリオネリウスの食事に手を付けだした。
「あら…これは…随分と貴重な調味料を使ってる。贅沢ね」
「やっぱり王族。良いもの食べてるわ!」
二人は、各々一本のスプーンだけで器用に肉料理まで切り分けながら、美味しそうに食べている。
下品な光景だが、一人分しか無いカトラリーを上手く二人で使い分けている。
…なんだこれは?現実…なのか?
俺は既に毒を食べて、幻覚でも見ているのではないのか?
「…な…」
肺から漏れる空気が、ようやく俺の声帯を動かし始めた。
「「な…?」」
人の食事を咀嚼しながら、こちらの言葉に反応する二人。
…な、何を言えば…?
そうだ…まず訊く事は決まってる。
「…何故?…何故!お前等が此処に居る!?」
俺は思わず怒鳴った。
ちゃんと声が出るか分からなかったので、思いっきり息を吐き出したら、怒鳴り声になってしまった。
二人は、今更何を言っているんだコイツは?という目で俺を見つめながらも、食事の手を止めない。
「いふぃふひぃふぁら、はいっふぁふぁら、ほほにひるほほ?」
だらし無く、口に食べ物を入れながら喋るクラウディア似の女。
「ふぃふぁふぁふぁ、ふぁひいっへんほはへ?」
だらし無く、口に食べ物を入れながら喋るジェシカ似の女。
俺の記憶の中のこいつ等は、こんなにも下品だったか?
…まさか!?本当は俺の知り合いに変装して、油断を誘っているのか!?
…となると、こいつ等は!!
「まさか…お前等が兄貴が寄越した暗殺者か!?」
「ぶっ…ははははは…」
ジェシカ似の女が、口に食べ物を入れたまま、笑い出した。
…汚い…。
まともな暗殺者ならこんな事する筈無い…よな…?
と、なると…この下品侍女達は、やはり本当にクラウディア達なのか?
…信じられん…。
◆◆◆
「ちょっと〜…汚いわよ…顔にかかったわよ…」
人のナプキンを勝手に使って、顔を拭いているクラウディア。
肌の色をくすませる化粧が落ちて、拭いた部分だけ明るく若い肌色になった。
「ごめーん。コイツがいきなり笑わすもんだからさ〜」
スプーンを俺の顔に向けて、パンを片手に笑い転げる女。
「もー!私のご飯に唾が入った〜!これ、ジェシカの分ね」
「やった!量が増えた!ラッキー」
二人はキャッキャッとお喋りをしながら、パンや肉を頬張っている。
カトラリーが足りない為、その時その場で器用に交換しながら使っている。
…こんなアホっぽい暗殺者が居る筈無い。
やはり、こいつ等はクラウディア達か…。
よくよく思い出してみれば、元々上品では無かったな…。
…ただ…普段より仮面を大きく外しているだけだ。
「…何で、飯を食ってるんだ…?」
思わず、俺の口から言葉が溢れた。
二人は、キョトンとした顔でこちらを見た。
「食べたかったの?」
「毒を怖がって、てっきり食べないかと思ったけど?」
…くっ…こいつ等…
もう、色々と考え込むのも面倒だ。
俺は文机から余った椅子を持ってきて、二人の向かい置いた。
ドカッと腰を下ろして、白パンを鷲掴みして口に放り込んだ。
もぐもぐ…
…本当に毒は無いな…?普通に美味しい食事だ。
兄貴は何を考えてる?
「お前等を此処に寄越したのは、兄貴か?」
俺が尋ねると、二人は食事の手を止めた。
口に食べ物を含んだまま、揃って眉間に皺を寄せた。
ジェシカはゆっくりと咀嚼をして嚥下した後、余ったスープをパンで拭い取ってから、再び口に放り込んだ。
「ふぁふぃふぃ?ふぁふぃほひっへんほ?」
「口に食べ物を入れたまま喋るな!」
本当に下品だな。
平民のイルルカより品のない食い方しやがって…
…何なんだ。こいつ等の目的は?
ゴクン…
「人の食事中に話を振ってきたのはそっちでしょうが…」
ジェシカが呆れた目でこちらを見る。
「人の食事を勝手に食ってる奴等が何を言っている…」
意趣返しに、呆れた目で見返してやる。
クラウディアがカトラリーを置いて、ナプキンで口を拭った。
「アンタの現状を知らせたのはゼーレベカルトルの意図でしょうけど、私達を此処に誘導したのは…そうね…王帝のベルンカルトルかな…?多分。」
ジェシカの代わりにクラウディアが答えた。
兄貴が教えた…?親父が寄越した?
何がなんだか分からない…
「意味が分からない…。分からない…が…」
「「が…?」」
二人共、こちらを見て首を傾げている。
「兄貴や親父より、一番意味が分からないのはお前達だ!」
二人は顔を見合わせて、ニヤリと笑った。
「え…大丈夫?昨日会ったばかりなのに忘れたの?もしかして、記憶喪失?
ハジメマシテ、私はクラウディア。どう?思い出した?」
「単純に鳥頭なだけじゃない?魚を食べると頭に良いらしいわよ?
私、ジェシカ。英雄オマリーの娘!今後ともヨロシクね!」
…ムカッ!
「何故ここに居る?と、訊いているんだが!?」
「だから〜、間接的にアンタの父親に誘導されたんだって。
聞いてなかったの?」
ジェシカがニヤニヤしながら答えた。
「…ゴホン…。言い方を変えよう…。
どうやって入った?」
「…歩いて入ったのよ?馬車で入って来たら目立つでしょ?
扉は壊れるし、御者台が入口に詰まって動けなくなるしね」
クラウディアは食事を続けながら、淡々と話した。
…からかいやがって…無視だ、無視。
「入口には近衛騎士が居た筈だが?それに、扉の鍵はどうした?」
「此処の門番達は何なの?バカなの?
あんなに簡単な誘導に引っ掛かった上に、後ろを取られるなんて…一体どういう訓練をさせているの?看守にも護衛にもならないじゃない。
それと…鍵はある人から預かった物よ」
クラウディアが馬鹿にしたようにこちらを見て、呆れたように話した。
…なんだと…?
一応は近衛騎士だぞ?騎士団のエリートだぞ?
…まぁ、確かに、高位貴族の馬鹿子息共が箔付けの為だけに近衛騎士に成る例もあるし、戦場や王族から程遠い監獄の門番なんて、実力の無い騎士には丁度良い勤務先ではあるが…。
それに…鍵を預かっただと?『盗んだ』の言い間違いか?
「盗んでないからね。本当にアンタの親父の部下から渡されたんだからね。本当だからね!」
俺は何も言っていないのに、ジェシカがすぐに言い訳をする。
そういう言い方をされると、逆に怪しすぎて信じられないのだが…。
「私としては、いちいち来る気は無かったのだけれどね。
リオンちゃん?が居ないと、カーティが図書館に入れないでしょ?
そうすると、カーティが図書館を爆破して壁に穴を開けて侵入しようとするの。
貴重な本が傷付くと嫌だから、穏便な方法を選んでいるだけよ。つまり、アンタに死なれると困るのよね。
ついでに、無くなった他の本の行方も知りたいし」
俺の為では無く、カーティの為か…。
いや、カーティの為…というより、カーティに襲われる可能性のある図書館の為か…。
「リオンちゃん言うな…。
クラウディア…お前が指定した本ばかりが無かったが…?
盗んだ犯人はお前では無いのだな?」
「初めは魔導具関連の新素材を探していただけ。
私の読んだ事の無い珍しい本が、王宮図書館にあれば良いな…と。
ヒントでもあれば…と、考えていただけだったのだけれど。
ある場所で件の稀少本を見かけたから、その本の出所を探っていたのよ」
「!!…それはどこだ?」
「…そうね、今のところは秘密…にしておきましょう。
事が片付いたら教えてあげる。回収してくれると嬉しいかな」
「本当だな…?」
クラウディアはすぐに頷いた。
…回収して欲しい、というお前の言葉を、取り敢えず今は信じてやる。
そして俺は…既に分かっている事だったが…声に出して訊かねばならない事を訊く決心をし、口を開いた。
…答えるかどうかは兎も角として…。
「…お前達は…暗部か諜報部の人間だな…?」




