◆4-52 監禁王子の考察
リオネリウス視点
カーン!カーン!…
時を告げる鐘が5回鳴った。昼休憩の鐘だ。
部屋の扉が開き、ゼーレベカルトルの側仕えと侍女達が食事を運んで来た。
「リオネリウス様、お食事のお時間です。
昨夜も今朝も、手を付けておられませんでしたね。
私の主の名誉に賭けて誓いますが、毒などは混入しておりません。ご安心下さい」
上辺は腰が低いが、どことなく信用出来ないゼーレベカルトルの側近が、自分の眼の前で恭しく頭を下げた。
「食事はいらんと言っただろう!兄上は何故来ない!」
イライラしながら怒鳴りつける。
「ゼーレベカルトル様は、現在関係する容疑者の捜査中です。ご安心下さい。真犯人が捕まればリオネリウス様の容疑は晴れますので」
男の下手くそな作り笑顔が、胡散臭さを増幅させている。
…兄貴は何故こんな奴を側に置いておくのだ?
こんな奴に比べれば、まだ愚か者のザーレの方が信用できたぞ?
こいつの言う事は、全てが嘘臭く感じる。
「ご健康を損ないますとゼーレベカルトル様が悲しまれます。しっかりと食事をお摂り下さい」
そう言って細い目を更に細めて、ニヤニヤと笑う男。
…心配するか人を嘲るか、どちらかにしろ!
気持ちの悪い奴だ!
「殿下の側仕えが居なくて、お食事もご不便をお掛け致しますが、我々がお食事のお手伝いをしても殿下の御心が休まらないでしょう。
失礼とは存じますが、我々は退室させて頂きます。
後程下げに参りますので、どうぞお召し上がり下さいませ」
側仕えの男は、最後までニヤニヤしながら退室して行った。
くそ!
どうしてこうなった?
現在、窓は小さくて、扉には外から鍵の掛かった部屋に監禁されている。
自室よりは広く、家具も豪華な物が揃えられている。
しかし、ここは犯罪を犯した王族や公族が収容される部屋だ。
この場所は背の低い石造りの古い塔だが、処刑される予定の高位貴族が最期の時間を過ごす為に使用されている建物。
物凄く頑丈に造られていて、監禁されている貴族を取り戻そうとして攻撃されてもビクともしない。
…大昔は砦として使っていたらしいが…。
窓は首しか入らなくて、逃走も飛び降りも出来ない。
出入り口は1箇所で、常に近衛騎士が見張っている。
そもそも、専用の鍵が無いと鉄板入りの扉は開かない。
昨日、カーティ達を図書館の閉架書庫に案内した時に、稀少本や古代文書が数冊消えていた事が判明した。
王族の持つ黒鍵と司書の持つ銀鍵、両方がないと開かない閉架書庫に保管されていた本だった。
ほんの数冊だが、一冊一冊が最低でも帝国兌換紙幣数枚分になる高価な本だ。
その辺の、一冊が精々金貨数枚程度の安物ではない。
無くなった稀少本は、歴史上の偉人達が過去の知識の復古を目的に調べた内容だったり、古代語の翻訳本だったりする本だった。
どれも王族の仕事には縁のない内容ばかり。
学者にとっては垂涎の本ではあるのだが。
…戦争収奪物として秘密裏に買い取った本も消えていたらしいな…。お陰で、紛失した事を公言する事も出来ない。
犯人は、その辺も考慮して選んでいるのか?
古代文書に関しては、数百年前から何度も修復され大切にされてきた本が含まれていた。つまりは国宝だ。
どこで手に入れたか、何故帝国にあるのかは不明だが。
本来の価値は、聖教国兌換紙幣を積み重ねても入手出来ない物である。
価値を知らない者には、単なる修復され過ぎた古代本程度にしか見えないだろう。
流出経路にもよるだろうが、普通の古代文書類として市場で販売されているかもしれん…。
…昔、一度だけ姉が見せてくれたっけな。
俺には意味の解らない本だったけどな。
落書きにしか見えなかった。
姉は、私にも解読出来る才能があれば…等と言って、溜息を吐いていたっけ…。
あんな物は遺物としての価値しか無い。
誰も買わないだろうから、きっと買い戻せるだろう。
事件発覚後、すぐに全員を追い出して捜査に着手した。
カーティもクラウディア達も側近連中も、全員身体検査して確認した。誰も本は持っていなかった。
…カーティに関しては、絶対とは言い切れないのが辛いが。
あのヤロウ…俺の側近達をおちょくりやがって…。
突然追い出す羽目になったから、ルナメリアとデミトリクスには、悪い事をしたと思う。
他の連中に対しては全く思わなかったがな。せいせいした。
司書は上位者に命じられれば解錠せざるを得ない。
探すべきは、本が盗まれたと予測される日に司書に解錠させた『黒鍵を持つ者』。
俺は、すぐに司書を聴取した。
盗まれたであろう日時は判らなかったが、意外な事が判った。
クラウディアの怪しい行動。
彼女の指定した本は、尽く紛失していた本ばかりだった。
…無い事を知っていて来たんじゃないのか?
少なくとも盗まれていた事について、何かしらの情報を持っている可能性が高い。
すぐに、クラウディアを呼び出し事情を聞こうと準備していたところだった。
俺はいきなり、ゼーレベカルトルに逮捕された。
「リオネリウス、残念だがお前が最重要容疑者なのだよ」
兄貴が何を言っているのか分からなくて、問い質した。
「お前の、この数日の不審な行動を調べていたのだ。
捜査の過程で、お前が図書館の本を持って宮廷の外門を出て行ったと言う証人が出たよ。
残念だよ…本当に残念だ。
事が済むまで大人しく休んでいると良い…」
いったいなんの事だ!
不審な行動?取れるわけがないだろう。常に側近達が監視しているんだ。
部屋から出る時は、必ず側仕えの誰かが要件を聞いて同行してくる。
「お前の部屋番をしていた、お前の側仕えの証言なのだよ。
お前について来るなと言われたが、心配だったので後をつけたそうだ」
俺は絶句した。
罠に嵌められた!
俺の側仕えに兄貴のスパイが紛れ込んでいたとは…くそ!
俺の側仕えの証言では、俺が否定しても周囲の人間の心象を覆す事は難しい。
むしろ、勇気を持って主の不正を告発した正義の人…という印象を与えてしまう。
しかし、兄貴といえど王族を勝手に処刑は出来ない。
証言があったとはいえ、証拠はまだ無い。
やってないのだから、証拠が出る筈ないのだが…捏造くらいしそうだな…。
実際に証人程度は簡単に作れる。
金次第で兄貴になびく人間は多いだろう。
だが、証人の証言程度では王族を公的に処刑する理由には成り得ない。
証人の証言と王族の言葉。
どちらが価値が高いかぐらい、皆知っている。
それに、横領程度の証言ではな…
横領程度の証言と、出ない証拠。
ならば、王族をこの塔に監禁するのは明らかにやり過ぎだ。
父上がこの事を知れば解放せざるをえないだろう。
そうなると、逆に兄貴の立場が悪くなる。
父上に知られないように、俺の側近達も監禁されているのか?
セタンタが居なくて助かった。
アレが暴れ出したら、誰も止められない。
もし居たら、今頃王宮は血の海だっただろうな。
そうしたら本当に俺は犯罪者になっていたところだった。
…いや、居なかったから、実行したと考えるべきだろうか?
アレが暴走したら間違いなく兄貴は死んでる。
アレは魔女様の命令と俺の頼みしか聞かないからな。
父上が俺の護衛にと、魔女様に頼み込んで付けてくれた、俺の大切な友人。
セタンタが出掛けなくてはならない用事を兄貴が用意した可能性は?
いや、アイツは魔女様の依頼で出掛けたんだ。…流石に無理があるか。
公的には俺を処刑出来ない。
どうせ、真犯人は捕まらないのだろう。
司書の上位者で黒鍵の所有者なんて、王族以外は告発すら出来ない相手だ。
兄貴が、真犯人か共犯者か、それとも無能な捜査官かは判らないが…。
…兄貴が真犯人、若しくは犯人の関係者だとすれば…次に何をする可能性が高い?
…現在俺には、側仕えも護衛騎士も居ない。
俺が暗殺者に殺される可能性はどのくらいだ?
剣と魔道銃は取り上げられたが、自分には魔術式がある。
レヴォーグ家の得意技、フラメアの爆炎。己の周囲を爆発炎上させる。
出所不明の暗殺者程度なら、この技で返り討ちにした事は何度もある。
黒焦げ死体になってしまう所為で出所不明なのだが。
殺さない程度の加減が難しい技だから仕方無い。
だが…ここは室内。
…自殺は趣味ではないが、襲われたら加減が出来る自信は無いぞ。
窓の小さいこの建物の中で本気を出すと、間違いなく俺まで巻き込まれて死ぬだろうな。
焼けて死ぬ前に窒息して死ぬ。その後に黒焦げに成るだろう。
部屋中真っ黒で、黒焦げの死体が数体転がっていれば、間違いなく不審死。
良くて事故、普通は殺人が行われた舞台だと考える。
無関係な他者を巻き込んだ自殺と考える者は居ないだろう。
大々的な捜査が開始される案件。
それはゼーレべカルトルにとって一番マズイ事。
…しかも死に方が、兄貴達の得意技でもあるフラメアの爆炎。
長兄のファルクカルトルは北辺領に行っていて、まだ帰ってない…はず。
俺の監禁中に俺が不審死になれば、次兄のゼーレベカルトルが一番に疑われる。
ここに俺が監禁されている事を知っている者も、兄貴とその取り巻き達くらいだろうしな…。
王族殺しは、横領程度とは罪の重さが全く違う。
犯人が王族であっても処刑は免れない。
…この場合、ゼーレべカルトルにとって都合がいいのはどういう状況だ?
…当然、俺の自殺だな。
と、なると俺が服毒する事が無難な選択か?
毒殺も不審死だが、自殺と言い切れなくもない。
俺が、『もう逃れられない、不名誉を被る位なら死をもって抗議の意思を示そう…』と周囲にもらしていた、とか言い出すか?
俺の性格を知っている者なら信じないが、民衆は仮面を被った良い子の俺しか知らない。
可能性は高いな…。
特に、あのニヤケ顔の側仕え…名前は何だったか忘れたが…。
アイツが嘘泣きしながら、そう証言してる場面が目に浮かぶ。
期限は明日の式典。
少なくとも父上や姉上には知られる。
…主催者は父上だが、副主催者である俺が顔を出さないのは異常事態だからな。
父上が席を外せなくとも、姉上が騒ぎ出す…と、信じている…。
異母姉弟だが、何かと俺を気に掛けてくれていた人だ。
たとえ兄貴が俺の欠席に理由を付けて誤魔化したとしても、晩餐会まで俺の側近達も含めて誰も顔を出さなければ不審に思われるだろう。
何より、そろそろセタンタも戻って来る筈だ。
俺に会えなければ、王宮を破壊しかねない。
それまでに、何としても俺を自殺に見せ掛けようとするだろう。
不審者を使わず自殺に見せかけるには、食事に毒を混入するくらいしか無い。
眼の前には豪華な食事が並んているが、カトラリーには手も付けられないし、どのみち喉を通らない。
…毒見役も居ない中で、あの怪しい側近が運んで来た食事…。
普通の感性の持ち主なら手を付ける事はしないだろう。
胃がムカムカして食欲なんて無い。
「クソが!」
俺は椅子を思いっきり蹴飛ばした。
「わーお…荒れてるわねぇ…」
「この状況じゃねぇ…仕方無いわよ」
突然、部屋の隅から声がした。
そこには見慣れぬ侍女達が、不遜な態度で立っていた。
再度補足
金貨一枚=約100万円くらいの価値
帝国兌換紙幣一枚=金貨10枚
聖教国兌換紙幣一枚=金貨100枚
兌換紙幣は現在のお札みたいなものでは無く、それぞれが手書きの小さな絵画の様な物。
色々な偽造防止が仕込まれている金券です。




