◆4-50 容疑者王子
クラウディア視点
「絶対に逃がさないわ!アルダライアの本を見つけるんだから!」
鼻息荒くして歩き出すカーティ教授。
溜息を吐きながら追い掛ける私。
霧雨の降る中、私達は王宮図書館のすぐ隣にある宮殿へと向かった。
同じ敷地内だから、途中に柵や塀は無い。
ただ、すぐ隣とは言っても、敷地が広いので徒歩で20分は掛かる。普通に歩けば。
…一度馬車に戻って表回りから行く方が早いのだけど、そうするとカーティを見失いそうだし…。仕方無い…
図書館の敷地内は、意外と植栽が多い。
木陰に隠れられると見つけるのは困難。
特に、ウンブラの加護を持つカーティは、魔素の流れがとても『視』辛い。
なので、目を離さないように歩いて追い掛けるしかない。
図書館の庭園と宮殿の庭園は繋がっている。
しかし、庭園の意匠は真逆と言える。
上空から見ると、同心円と放射直線の道を基本形とした王宮庭園に対して、曲線と螺旋、そして作為的無作為で造成された道が入り組んだ図書館庭園。
宮殿周りの道と水路は、騎士と軍をイメージした鉄と規律の印象を見る人に与える。
噴水は同心円、水路も道に並行。遊びは無い。
対して図書館周りは、知識と芸術、文化と風俗の融合をイメージした造作。
道も水路も池も、人工的に自然の風景を造形している。水路の途中には小さな滝まである。
…サンクタム・レリジオの訓練用の人工森林に似てるわね。
植栽もそれぞれ対照的だ。
杉等の直線的な樹木を均等に並べ、まるで騎士達が敬礼しながら通る人を迎える景色である王宮庭園。
それに対して、図書館庭園は節くれの多い松・楓・銀杏等が疎密無造作に植えられている。
まるで植物が下町の人間達みたいに、井戸の周りで立ち話をしている景色の様相。
手入れされている花壇も対照的。
王宮花壇はきっちりとした区画に分けられている。
そして、区画毎に種類、花の色が整然と分けられ綺麗に列を作っている。
対する図書館花壇は、区画も、種類も、花の並びも、ごちゃ混ぜ。
けれど、色のコントラストが汚くならない様に、緻密に計算されて植えられている事が分かる。
素晴らしい庭…。
悔しいけれど、ホーエンハイム邸の庭園より見事ね。
…もう、比べられないけれど…
ああ…せっかくの見事な庭なのになぁ。
連れ立って歩くのが、変人教授…。
デミちゃんと歩きたかった…くすん…
前を行くカーティは、肩を怒らせながら大股で歩く。この素晴らしい風景も目に映ってない様子。
私は十歩位離れて、他人のフリをしながら彼女の後ろを付いて歩いた。
『これは…噂に聞く伝説の魔獣、モンスタークレイマーだわ』
『カーティが?魔獣?…魔獣に失礼じゃないかしら?』
『私の中の記憶に、彼女と同じ姿勢で歩く魔獣化した人間の映像が残ってたわ。
この状態の人間は、言葉は操れるけれど基本的に会話は不可能よ。気を付けなさい』
『…普段から会話不可能な気がするのだけれど…』
暇を持て余した私は、頭の中でガラティアと下らないお喋りをしながら、カーティを見失わないように後を追った。
王宮には当然立番の騎士達が居たが、彼等は遠くから迫りくる私達を見るとザワザワと騒ぎ出した。
その中の一際立派な装飾鎧を纏った騎士が、部下に命じて誰かを呼びに行かせた。
…カーティ(の厄介さ)を知っている?昨日図書館に居た護衛かな?
カーティが入口に到着する頃には、人を呼びに行った騎士は狐顔の貴族の男性を連れて急いで戻って来た。
息を切らした騎士はゆっくりと息を整えてから、こちらと目を合わさない様に遠くの方を見ながら立番に戻った。
…自分が相手をしたくないから全力で走ったな…
他の連中も…うん…全員、目を逸らしているわ。
まぁ…気持ちは解る。
騎士に連れて来られた狐顔の男が、私達の行く手を遮りながらゆっくりと口を開く。
「これはこれは…。
ヨーク伯爵家のお嬢様と、ルトベック伯爵家の魔導具士様…。
私はゼーレベカルトル殿下の側仕えをしているルコックと申します。
本日はどの様なご要件でしょうか?」
自称側仕えは、目を細めてニコニコと笑う。
腰の低い丁寧な応対も、凄く胡散臭い。
…丁寧を装いつつ、失礼な態度を醸し出している?
わざとかな?嫌いなタイプ。
「リオンちゃん、居るー?
図書館入りたいのに、約束してた彼が来ないんだけどぉ?」
…コイツの方がもっと失礼でした。ごめんなさい。
「…申し訳ございません。
昨夜から、リオネリウス殿下は床に伏せております」
狐顔の男は、うやうやしく頭を下げる。
…病気…ねぇ…。
「そういう嘘は良いんだって!早く出さないと暴れちゃうぞ」
…アンタが暴れると、私が怒られるのだが?
いや、リオネリウスが居なければ私の責任にはならないのか?
今の内に逃げるか…?
「それは困りました。現在リオネリウス殿下は容疑者で…おっと失礼。」
わざとらしく口元を覆う側仕え。
「容疑者!?リオンちゃんが?なんで?」
「いえ、失礼。ご病気で動けないと、言いたかったのです」
「あんた今、容疑とか言ったよね!?」
「いえいえ、そんな事は言っておりません。」
…なるほど。
問題は…初めから仕組んでいたのか、それとも偶然の出来事が丁度良かったから利用したのか…?
それに拠って、容疑が変わるのだけれども。
「申し訳御座いません。
ヨーク家のお嬢様はともかく、魔導具士様は…。
お菓子や変な魔導具を持ち込まれますと、殿下の体調に悪影響を及ぼしますので。お引き取りを。」
側仕えは、更に目を細めて胡散臭く笑う。
「なんで魔導具が出てくるのさ!貴様、魔導具差別主義者か!?反マイア教徒か!?」
「私は、魔導具士もマイア様も否定しておりません。貴女個人を拒絶しているだけです」
…おお…ハッキリ言い切った。面白いわ!もっとやれ。
昨日、カーティに何か嫌がらせをされたのかな?
「ムキー!私は兎も角、魔導具士である私を馬鹿にしてー!」
…なんだコイツ?何を言っているのか、わからない…
「…申し訳御座いません。共通語でお話し下さい」
…不本意だけれど、同意。
カーティが飛び掛かるが相手の男は上手く躱して、カーティからは一定の距離で受け答えしている。
普段、カーティの意味のわからない行動で不意を突かれるから対応をしくじるけれど、警戒していれば問題無い。
特にジェシカやサリーの様な戦闘特化では無いから、避けるのは簡単だ。
「あのー…私は明日の式典について相談に来ただけですわ。
こちらの生物とは、全く関係ありませんよ?」
鬼ごっこをしている二人を横目に、私は無関係ですよとアピールする。
「クラウディアちゃん!?私を見捨てるの?」
…私は貴女とは関係御座いません。巻き込まないで下さいませ。
飛び掛かろうとするカーティの頭を片手で抑えながら、ルコックはこちらを向いて応えた。
カーティは両手をブンブンと振り回すが、身長も手の長さも負けている。子供の駄々を押さえ付ける父親の様だ。
「左様でございましたか。しかし…申し訳御座いません。
現在担当者が不在ですので、後程お嬢様が滞在中の宿泊施設に担当者を向かわせます。
今はどうぞ…、お引き取りをお願い致します」
…暖簾に腕押し。一番厄介なタイプ。
いえ…カーティの次に厄介なタイプ。
まぁいいか。これでカーティのお守りから外れられる。
「そうですか。ではホテルで大人しく待つ事にしましょう。失礼致します」
「帰るの!?私の図書館は!?入れないじゃん!」
…お前のじゃないだろ。
私は腕に絡みつくカーティを振り解きながら、馬車を待たせている図書館門前へと足を向けた。
途中で後ろを振り返ると、狐顔の側仕えはこちらをじっと見つめていた。観察している様子だった。
…どちらを気にしてるの?
普通ならカーティだろうけど…
一人でブツブツと愚痴を言ったり、「こっそり忍び込もうよ!」と大声で誘って来たりと、五月蠅いカーティを無視して、私は早足で庭園を抜けた。
沈黙のまま図書館まで戻り、待たせていた馬車に乗り込み、私は息を吐いた。
「さて、これからどうする?クラウディアちゃん?」
何故か私の横に座っているカーティ。
私のパートナー面してドヤっている。
「どうするも何も、帰りますよ?ってか、なんで乗っているのです?貴女の馬車はどうしたのよ」
軽蔑の視線を含ませながら、20代半ばの大人を見つめる。
「嫌だー!私はクラウディアちゃんと一緒に図書館で暴れるんだー!」
駄々をこねる大人の貴族女性。
初めて見る生き物。
「図書館で暴れるな!出てけ!」
私はカーティを馬車から蹴り出すと、すぐに発車させた。
…ふぅ…、さて、どうするかな?
取り敢えずリオネリウスに会うか…?
でも、どうやって?
閉じ込められている場所も知らないし。
自室で軟禁か、牢獄で監禁か。
こういう困った時は、お助けキャラに相談ね。
馬車の窓に、小さな水滴を作る霧雨をじっと見ながら、私はこれからの計画を考え始めた。




