◆4-47 ジェシカの調査報告書
クラウディア視点
…あの方の著作を、元はこの図書館が所有していたなら…もしかしてあの本に繋がるかも。
そう考えて、私はこの図書館に来た。
私は古書店『知識の泉』で、ある女性の著作物を目にした。
大昔に書かれた稀少本。
あれは、昔から良く知っている。…私の本。
売り物では無かったから、入手出来なかった。
盗んでも良かったけれど、これからの事を考えて、騒ぎは起こしたくなかった。
そして…買い取った2冊の古代文書。
一冊は特殊な記録媒体だった。
是迄の修復で間違った修正をされ過ぎて、記録媒体としては機能していなかった。
ただ…修復されて記録が壊れる事を見越して、多数のスペアを作成してある事が記載されていた。
スペアを探して照らし合わせれば…
もう一冊は、古代文書に偽装されていた稀少本だった。
後の時代に創られた暗号型稀少本の一種。
数種類の古代言語を使い、古代文書を真似て創られた。
優秀な言語学者なら、或いは解読出来たかも知れないけれど…。
内容は、ある人物の自伝だった。
もう一冊の記録媒体である古代文書にそっくりだったから、鑑定した人も、それを同時代の古代文書だと考えたのだろう。
…ただの自伝と覚書ばかりの本だったから、偽装する意味は分からないけれど。
他愛の無い日常の記録。備忘録。そして愛する家族の話。
魔導具の話なんて何処にも無い。
何故、わざわざ本にしたのだろう…?
私は不完全な古代文書を、完全な物にする為の補完本を探しに図書館へ来た。
買った本は二冊共、修復履歴の用紙は抜かれていた。
売った方と買った方、どちらが破棄したかは分からない。
でも修復方法から、数百年単位で同じ場所で修復されていた物である事が分かった。
同じ接着剤、同じ繊維で作られた特殊な用紙、同じ種類のインク。
…修復されすぎて、言葉の間違いは酷かったけど。
伝言ゲームみたいになってたわ。
今の人には読めない言語だから…しょうがない。
そして…売った人間を辿ったら、此処に来た。
偶然…というよりは必然。
私の求める本も、『知識の泉』の本も、平民や下位貴族では手に入れる事も叶わない物。
その様な物が流れてくる源は少ない。
高価な古代文書や稀少本、集まる場所は限られるから。
特殊な記録媒体…と、
本物のアルダライア=ソルガの書…ソルガ原書。
まさか、教授の言っていた戯言が本当になるなんてね。
教授に気付かれると厄介だから、ばれない様にしないとね。
何処にも『アルダライア=ソルガ』なんて書かれていない。
…だから、誰も気付かなかったのね。
◇◇◇
図書館に招かれる数日前の事。
「クラウディアお嬢様、エレノア様よりお手紙が届いております。いつもの場所に置いてありますので、確認をお願い致します」
「ありがとう。すぐに拝見しますわ」
学校交流会からホテルに戻った時、『笛』から付けられた側仕え(仮)から言付けられた。
私はデミトリクスと別れ、すぐに部屋に戻った。
扉を閉めて鍵を掛ける。
周囲の魔素の動きを探知して、こちらの様子を探っている者が居ないかを確かめた。
…左右の生徒の動きに不自然な点は無し。
耳をそばだてている者も…無いわね。
私は衣装の入っている長持の前に跪いた。
聖教国から持ち込んだ私の私物。特注の装飾過多な衣装箱。
伯爵令嬢の衣装箱としては、過不足無い造作。
持っていた鍵束から衣装箱の鍵を出して、鍵穴に挿し込み回す。
カチャリ…
金具の擦れる音がして、箱の鍵が開いた。
私は、その箱を音を立てないようにゆっくりと開けた。
そしてすぐに、勢い良くそれを閉じる。
ガチャン!
箱の中で、金属の落ちる音がした。
一度、手に力を入れて蓋を引っ張る。
金具が引っ掛かった衣装箱はびくともしない。
「ええと…、あの侍女が知っている収納場所の鍵は…3番目か…」
私は再び鍵束を取り出して、衣装箱の鍵より長い別の鍵を、衣装箱の鍵穴に奥まで挿し込んで、回した。
カチ…
先程とは違う、ほんの微かな金属音。
私は箱の下の装飾の一部に爪を引っ掛け、引っ張った。
装飾とその周囲の板が引き出されて、箱の底部側面から隠し収納が飛び出した。
スライドして飛び出した薄い引き出しの中に、エレノアの手紙が入っていた。
「あれ?意外と厚い。…ああ、別の手紙も入ってるのね」
私は手紙を文机に持って行き封緘を確認した後、ナイフで封を開けた。
「ええと…なになに?」
『ジェシカから、この数日中の調査報告が届きました。
内容を確認後、至急連絡下さい』
「エレノア姉様の字を確認。ジェシカの報告書ね…どれどれ…」
私は数枚の紙束を開いた。
◆◆◆
依頼に対する調査報告
調査員 赤髪の乙女
…誰が乙女だ?悪魔の間違いじゃないのかな?
筆記の癖から、ジェシカで間違い無いようね。
一、リリン女史の依頼。第二王子ゼーレベカルトルの取引調査。
1、ゼーレベカルトル出資の、出所不明資金の出所調査報告。
高位貴族◯◯家が出資する商会の所有する東部ミレ湖畔別荘での会合情報入手。及び、取引現場を確認。
金銭の取引と、引き渡し商品を確認済み。
商品の価値とは合わない取引金額から、単なる手付けの品、又は偽装した品だと思われる。
商品内容、取引金額はリリン女史に報告済み。
市場から流れた商品か否かの確認中。
注、以下は私見。
依頼時に聞いた金額に比べると少額であった為、全体の取引の極一部、若しくは、金銭と商品は別取引に偽装している可能性が高い。
実際に受け渡しの行われた現場とは別の場所で、本当の取引が行われた可能性もある。
上記情報を元に証拠として押さえるのは、危険と考えられる。
追記、
リリン女史の指摘する金額で妥当な市場取引商品は、現在帝国南方の貴族領で蔓延している麻薬である。
麻薬の流通量とゼーレベカルトルの出資金の推移、及び関連書類は、後日リリン女史より提出される予定。
一、クラウディアの依頼。本取引商社『知識の泉』に関する調査。
1、軍、及び、騎士団からの通称『裏』の持ち込み品に関する調査報告。
持ち込み事実を確認済み。
持ち込んだ騎士団員が高位貴族末子である為、これ以上の調査は不可能。
頻繁に持ち込む騎士団員のリストを作成してリリン女史に引き継ぎ済み。追加調査は彼女が行う。
2、修復室に置いてあった、修復家達の参考資料になっていた本の出所調査報告。
確認済み。修復家達の本を隠さない様子から、本人達は『善意の第三者』であると考えられる。
その為、『売却者』は信用に足る地位に居る者だと想定する。
本の出所と信用度から、容疑者は10人前後。
1、の本を持ち込んだ騎士団員との繫がりから、売却容疑者は王族である可能性が高い。
容疑者が王族なら、法律や調査権限での追加調査は不可能。
こちらも、リリン女史に引き継ぎ済み。
3、『知識の泉』の信用情報
リリン女史の情報が確かなら、裏の商会との取引はほぼ無し。
追記、
流石に信用情報を調べる程の時間は無いわよ。だから、リリンの情報のみで我慢しなさい。
アンタはいつも美少女遣いが荒すぎるわよ!相当額の報酬を要求する!
赤髪の美少女より、黒髪の悪魔へ
…流石ジェシカ。仕事が早い!
もうここまで調べたのね。
乙女から美少女にランクアップ?している事は無視してあげよう。
…やはり王族が関わってきたか。
修復士達の使用している参考文献が世界に数冊しか無い超稀少本だったり、年間1〜2冊出回れば珍しいと言われる古代文書類があんなに陳列されていたり…あの本商会は異常だった。
『デリアの翻訳』『古代希少植物想起図鑑』…
修復室の参考文献の棚に、あの本があった時は目を疑った。
修復士達が古代文書類修復の参考文献として利用していたみたいだった。
私の本があんな場所にあるなんて。
…焼け残っていたのね。
落書き付きの私の愛読書。
売り物じゃなかったから買えなかったけど。
入手する為にごねると、身元がバレる可能性もあって言えなかった。
戦争収奪品を国内の商会に流すと、国際問題になる。
ハダシュト王国や聖教国からの指摘を避ける為に、まともな商売をしている商会はコルヌアルヴァの持込品を買い取らない。
一度闇市場に流れた物を、あの商会が買い取った可能性もあるけれど、コルヌアルヴァ、『知識の泉』双方にとって美味しくない。
闇市場に流すと安く買い叩かれる。
コルヌアルヴァとしては戦争費用の補填をしたいだろうから、出来るだけ高く買い取って貰える場所に商品を流すだろう。
闇市場で買った商品はトラブルに巻き込まれ易い。
闇市場から買った本は犯罪被害品である可能性が高く、犯罪に巻き込まれるリスクを考えると、『知識の泉』にとって危険な本になる。
と、なると…寄贈の形式で報酬と引き換えに王家に流した物を、信用のある奴が商会に流したと考えるのが妥当よね。
リリンから王宮図書館の事を訊いた。
閉架書庫の黒鍵を所持出来るのは5〜6人前後らしい。
それを、司書の所持する銀鍵と併せて使用する事で閉架書庫が開く仕組みだそうだ。
彼女は王族の護衛時に解錠の様子を見た事があるらしい。
しかし、側近が主人の名を騙って使用する可能性も考えられる。
なので、実力のある側近や、宰相等の高官も含めて容疑者は10人前後…なのでしょうね。
第一容疑者は、騎士団の統括者であるリオネリウス。
アイツなら団員を仲介しての持ち込みも簡単。
適当な押収品名目で取引出来るわね。
…いえ、人を仲介して取引すれば、兄二人も十分容疑者ね。
騎士団の内部に自分の手下の十数人程度は送り込んでいるでしょうし…。
父王本人の横流しの可能性は低い。メリットは全く無い。
第一夫人〜第三夫人の可能性もあるか…愛人が居れば可能性大よね。それはリリンが把握しているでしょうし、エレノア様なら既に調べてるわね。
第四継承権以下の子供達だと、閉架書庫の鍵の入手や共犯者を仕立てるのが難しい事から、可能性は低いと考えられる。
と、なると…、問題はリオネリウスの行動。
あからさまに怪しすぎて、怪しくない。
あの時、盗み…覗き聴きだけじゃなくて、直接視認しておけば、リオネリウスの真意を確認出来ただろうけれど…。
セタンタって、結構厄介そうなのよね。
あれに気付かれそうで、覗けなかったから。
人畜無害っぽい顔で、リオネリウスの幼馴染。
でも、過去の経歴が不明。
いくら調査しても判明しなかった。
正確には、産まれてからリオネリウスに逢うまでの期間が不明。
両親、血縁不明。親戚不在。身元保証人無し。
でも、リオネリウスの近衛筆頭。一番歳下なのに。
帝国を監視する魔女の拾い子だという噂だけど…。
と、なると…王族より上の立場の可能性も?
何より、私もジェシカもセタンタの実力を測りかねた。
あのクララベルがデミちゃんとの試合中に何度か口にしていたわね。
あの時の様子からしてもセタンタが要注意人物である事は確定。
セタンタ、クララベル、マリアベル…帝国も厄介な奴等を抱えているわね。
私達と同じ立場の人間である可能性も…?
護衛騎士というより、諜報員か暗殺者…?そう考えて対応するべきかな?
子供が諜報員なんてあり得ない…なんて、私が言える立場では無いわね。
近衛筆頭の立場自体があり得ない訳だし。
もしも、リオネリウスが自分自身の行動に気付いていないという、あの様子が真実なら…?
それとも、わざと怪しい行動を取り、怪しすぎて怪しくないと思わせる事が狙いなら…?
これは、本人に直接確認しないと判別出来ないわ。
どうやって確認しようかしら…?
精神支配?精神汚染?若しくは、偽装?
単独犯?複数犯?従犯?
事実はどうなっている?
今度、カーティと私が招かれている王宮図書館には、監視役としてリオネリウスと兄のゼーレベカルトルが来るらしい。
丁度良い。
古代文書のスペアを探すついでに、どうやって本が流れ出たのかを調査しよう。
その為には、正面口以外の侵入ルートを作っておきたいな。
ルーナとサリーなら上手くやれるかな?
リオネリウスと二人きりになれれば、本人の精神状態の確認も出来るけれど…。
常に側近が周囲に居るだろうから難しいかなぁ…?
これに関しては、チャンスが来るのを待つしか無いかな…。
優先順位
①古文書のスペア、若しくはアルダライアの他の本探し。
←あったら必ず交渉して借りる!
②私の本の出所探し。
←上手くすれば、私の他の本もあるかも?
③図書館から本が無くなっていた場合の犯人探し。
←見つけて恩を売る。
④おまけ。リオネリウス本人の状態確認。
←出来れば良し。出来なくても、どうでも良し。
上手く解決して交渉すれば、流れ出てしまった私の本を穏便に回収してくれるかも…。




