◆4-46 閉架書庫にて
第三者視点
王宮図書館内の閉架書庫に続く一番高い位置にある空中渡り廊下には、天窓から光が降り注ぎ、書庫に向かうおかしな一行を照らし出していた。
「早く来てー!鍵持って来ないと扉、壊しちゃうよー」
くるくると踊りながら手摺に飛び乗ったり、閉架書庫の扉に頬ずりしたりしている白衣の謎生物。
「待っ…お待ち…下さい!王子の…持つ鍵が無いと…」
チョロチョロと動き回るおかしな生き物を追い掛けまわす司書達。
図書館の司書達とリオネリウスは、階段を駆け上がったので息も絶え絶え。
「今!すぐ!行くから…!扉に…触れるな…!手摺の上で踊るな!危ない!」
急に走り出したりと、思わぬ動きをするカーティに振り回された上、結構な長さの階段を一息に昇ったせいで、普段から鍛えているリオネリウスでも肩で息をしている。
「閉架書庫を覗く事に興奮するのは理解出来るけど、人間をやめる程ではないかな…」
クラウディアとルーナ、サリーの3人とリオネリウスの側仕え達は、カーティ教授と振り回される司書達を見ながらゆっくりと階段を昇った。
「もー!遅いよ、皆!」
皆が到着する頃には、カーティ教授は扉の外にある待機用のテーブルセットに着いて、隠し持っていたお菓子を貪り食べていた。
「…お菓子まで…」
クラウディアが呆れて溜息をついた。
「一体…何処に隠し持って…」
入館時にカーティの身体を検めたリオネリウスの側仕え達は絶句していた。
リオネリウスは、こめかみを押さえて顔を引き攣らせている。
カーティを身体検査した側仕えは、後で叱責される事が確定して、涙目になっていた。
「カーティ様…、図書館内は飲食禁止で御座います。
止めないなら、この渡り廊下から一階に投げ落としますわね?」
壮年の女性司書がこめかみに血管を浮かべながら、ニコニコしながら警告すると、カーティは急いでお菓子を懐に仕舞った。
クラウディア達が下を覗き込むと、建物の5〜6階分くらいの高さに目が眩んだ。
「では、リオネリウス王子、鍵を」
「鍵?…ああ、これか?」
壮年の女性司書が言うと、リオネリウスは、懐から黒色の鍵がジャラジャラと何本もついた鍵束を取り出して、彼女に手渡した。
彼女は懐から似たような銀色の鍵束を出すと、扉の鍵穴を自分の身体で隠しながら解錠作業を始めた。
「解錠方法は極秘ですので、無礼な姿かもしれませんが、ご容赦願います」
若い男性司書が説明した。
「えーっ!ケチー!見せてよー」
カーティが愚痴ると、作業中の女性司書が振り返り、ニコニコしたまま睨みつける。
「図書館ではお静かに…」
彼女が地獄の底から響く様な声で注意すると、カーティは両手で口を塞いでコクコクと頷いた。
彼女が黒と銀2つの鍵束の鍵を、別々の2箇所の鍵穴に差し込み、一定の角度で回して扉の魔石に魔力を流し込んだ。
扉の内側から複雑な機械音がして、閂の外れる音がした。
「「ほぅ…扉型魔導具…」」
クラウディアとカーティの呟きが重なった。
重そうな扉がゆっくり開くと、真っ暗な室内から、僅かなカビとインクの香りが漂って来た。
◆◆◆
先に入った女性司書が魔導灯の起動魔石に手を触れると、書庫内が一斉に明るく照らし出された。
「おー!ミランドラ卿の連動型魔導灯だねー」
カーティが嬉しそうな声を上げた。
円形の建物の外周に沿って細長く造られている為に、扉をくぐると、左右に長い通路が、ずっと先の方まで続いているのが確認出来る。
通路は先の方で建物の形に併せてカーブしている。
その長い通路の壁側と通路中央に固定された本棚が並んでおり、国会記録簿や未発表で抹消された法令案、諜報機関の帳簿等、機密事項の書かれた本が整然と並んでいた。
ぐるりと周り込んだ奥の方に、稀少本棚や古代文書類の保管棚があると、女性司書が説明した。
「良いですか?私が許可した本以外には手を触れない様に!
特に、そこの白衣の!聞いてるのか!?
私か司書が手に取った本以外には触るなよ!」
リオネリウスがカーティを指差して怒鳴る。
一国の王子が他国の伯爵令嬢に対して行う態度ではないが、誰も文句も言わないし注意もしない。
それどころか、皆が頷いて同意した。
怒鳴られた当人は何処吹く風で、本の背表紙を舐め回す様に眺めている。
一応は気を遣って、手は触れない様にしている。
何をするか分からないカーティを警戒して、リオネリウスと壮年の女性司書が彼女を監視する役目に就いた。
「ふぅ…図書館なのに五月蝿いわねぇ…。
アイツ、完全に取引材料間違ったわね」
リオネリウスに憐れみの目を向けるクラウディア。
「彼女の授業を受けてない人には、教授があそこまで…とは、普通は考えないから…。彼の所為とばかりは言えないんじゃないかな…?」
リオネリウスを庇うルーナ。
「あれを想定出来るのはクラウディアと付き合いの長いジェシカくらいのものでしょう。
普通の貴族…いえ、人間には無理と言うものですわ。お嬢様」
「うん?どういう意味?何故ジェシカが出てくるの?」
首を傾げるクラウディアを横目に、ルーナは苦笑いをしていた。
クラウディアとルーナは、もう一人の男性司書とリオネリウスのつけた側仕え達の監視の下、お喋りしながら背表紙を流し読みしていった。
「皆ー!!
アルダライア!アルダライア=ソルガの著作!探して!」
遠くの方から、カーティの声が響いて来た。
「だ、そうですけれど…。あるのかしら?アルダライア?」
クラウディアがすぐ後ろに控える、司書に声を掛けた。
「アルダライアですか…、少々お待ちを…。
図書リストにも…記載は…えー…御座いませんね。
ただ…閉架書庫内の本は我々の読めない字で書かれた物も御座います。
読めない字で書かれている物に関しては、答えられません」
「まぁ、そうよね」
クラウディアは、別に落胆した様子もなく淡々と応えた。
「クラウは、その…アルダライアとか言う人知ってるの?」
「有名だからね。著作物が見つからない事でも有名。
何故か名前は知っているのに、本は見つからない」
口伝の人物なのよ…と、呟きながら溜息を吐く。
「昔の人なのよね?」
「そうね…正確には分からないけれど。
神代遺物が造られた後の有史以降の人物ではある事は分かっている。魔導具士であった話も有名。
ただ…、何処にもその方の著作物が見つからない。
しかし、他者の著作物には頻繁に名前が出てくるの。天才魔導具士として」
クラウディアは口に手を当て、何かを思い出しながら話した。
「ふ〜ん…字を書くことが苦手だったのかな…?
有名な魔導具士なら、大抵は自分の作品記録を遺しているものだけれど…。
有史以降なら二千年くらい前の人?それとも数百年前?」
ルーナが首を傾げながら尋ねる。
「そこらも不明。古い本に名前は出てるけれど、古い本自体が稀少だし数も無いし。
大体300年くらい前の稀少本に『アルダライア=ソルガ』の名前が出てたのが、一番古い公式記録かな?
誰かが、自分の所有する千年前の稀少本に名前が載っていたと発表したけれど、その稀少本自体が年代測定出来なかったりとかで、公式認定はされてない筈…」
「他者が褒めて数多の記録を残しているのに、肝心の本人が記録を遺していないのね…変わった人物ね」
クラウディアは、…そうね。本当に…と含み笑いをした。
「私はその本とは別に、探して欲しい物があるの。
そこの監視役の側仕えさん、この…記号が書かれている本を探して頂戴」
そう言って、小さい紙片を側仕え達に手渡した。
「貴方達もお願い」
そう言って、ルーナとサリーにも手渡した。
「…これは、何ですか?古代文字?」
「そうね、古代文字。背表紙に同じ形の記号が書かれた本を探しているのよ」
「あれ?この字?何処かで見たような…?」
「…読めませんね。しかし、似た様な形を以前拝見致しました」
ルーナ達は紙を横にしたり逆さにしたりして、首をひねっている。
「これは…字…なのですか?記号?いや…絵?どちらが上かしら?見たこと無いモノですね…」
側仕え達は、顔を横にしたりしながら、紙を覗き込んだ。
「背表紙に似た様な形の記号の書かれた古代文書が、この書庫の棚にあるか確認して欲しいの」
クラウディアがそう言うと、了承したルーナ達は古代文書類保管棚の有る奥の方へと歩いていった。
「私も探しましょうか?古代文字は読めませんが…」
男性司書が声を掛けてきた。しかし、クラウディアが断った。
「貴方まで行ったら、私の監視役が居なくなってしまうわ。
貴方には別の本の場所に案内して欲しいの。
こちらは少し古いけれど、現代語で書かれてるわ」
「どの様な本でしょうか?」
クラウディアは記憶を探りながら、本の題名を述べた。
「題名は…『デリアの翻訳』という稀少本。
ついでに、『古代希少植物想起図鑑』や『寒冷地植生記録』、『神代遺物解析覚書』なんかもあれば…」
男性司書は、手元の図書リストを確認した。
「ああ…これですね。『デリアの翻訳』古代語翻訳・言語学者デリア女史著作。
おや?『古代希少植物想起図鑑』等も同じ人物ですか。
…それでしたら同じ場所に保管されているかもしれません。こちらです」
男性司書は、先導して歩き始めた。
「こらー!カーティ!何処へ行った!!」
「待ちなさい!ああ!もう!!」
閉架書庫の反対側から、リオネリウス達の怒鳴る声が聞こえる。
「あちらは大変そうねぇ…」
「彼女が教授を引き受けてくれて助かりました…」
男性司書は、誰にはばかる事無く溜息を吐いた。
「司書は貴方達二人だけなの?」
「ええ。普段は国家修復士や古書専門修復家、図書整理の補助要員、掃除夫等は居りますが、高位貴族の利用時は出来るだけ席を外させます。
特に王族が来館される時は、私達以外は全員退館させます。
平民の補助要員や下男・下女達が粗相をすると大事になりますので。
この図書館自体は利用者審査が厳しくて、こんなに大勢の利用者が入館する事自体が稀ですから、司書は二人も居れば十分なのです」
「鍵の管理も二人だけで?」
「そうです。そもそも鍵の数が少ないので。
これ以上司書が居ても鍵が無いと入退室も出来ません。
鍵自体も魔導具らしいので複製も出来ませんし」
そう言いながら、彼は胸元に下げた鍵を大事そうに眺めた。
「クラウディア様は、古代語は…理解出来るのですか?」
歩きながら、男性司書がクラウディアに尋ねた。
「う〜ん…古代語と言っても種類が多いからね。世界共通言語ならカーティと同じ程度は読めるかな…。
ただ、それ以外はね…。だから彼女の翻訳本が見たいのよ」
「なるほど…。しかし、たしか…デリアの翻訳には2〜3種類の言語翻訳しか無かった…と憶えております。
私は言語学者ではないので、詳しい古代語の差異は判りかねますが…。
探している言語でない可能性も御座いますが、宜しいですか?」
「どちらでも良いのよ。本があるかを知りたいだけだから」
「えっ?…それはどういう…?」
雑談している内に、目当ての本棚に辿り着いた。
「此処が稀少本保管棚です。
こちら側は有史以来の図鑑類。
翻訳本の関係書籍は、こちらの…えぇと、確か…最下段…。
ああ、此処だ。えぇと…デリア…デリア…は…」
男性司書がリストと照らし合わせながら本を確認した。
「…え…?あれ…?」
棚を確認した男性司書は絶句した。




