◆4-44 狂人の思考方法
カーティ猛獣視点
さてさて…クラウディアちゃんの為に王子様達の注意は引き付けられたようね。これで、どちらかは私から目を離せないでしょう。
是非、その節穴で私を観察して頂戴ね。
さぁ!魔導具のお姫様!自由に動いていいわ!
私に魅せて頂戴!貴女の全ての欲望を!
私と同じ魔導具狂いのお姫様が、魔導具の歴史の塊みたいな場所に来て何もしないとも思えない。
私と同じ思考方法なら、魔導具関連の稀少本か古代文書の1〜2冊程度は盗…借りる程度の事はするでしょう?
どうせ魔導具に興味の無い王族の連中には宝の持ち腐れ。
才能ある者達が有効に活用してこそ世界の利益。
なら、諸手を挙げて私達に差し出すのが正しい行いというもの。
しかし、いくらありとあらゆる本の揃う帝国王宮図書館に来たとしても、私達の読みたい本は限られてるのよ。
表に出ても問題の無い程度の本には興味無いわ。
有名どころは、大体手に入るし読んでるし。
欲しいのは、手に入らない稀少本。
目的は『閉架書庫』よね♪
さっき私が言った、読みたい本リストは本当。
ただ、目的の物を簡単に読ませてくれるとは思えない。
だから、クラウディアへの監視を緩めさせて、彼女に何かをさせる。
…きっと貴女は何かやる。貴女は私と同じだから。
貴女が何かをすれば、きっと隙が生まれる。
そしたら私も便乗させてね♪
だって!…あの『魔素マスク』を作れる位の娘だものね!
◇◇◇
あのマスク…黒の森でアルドレダが拾った?
どういう魔導具か気になったから、私に仕組みを尋ねるために見せに来ただぁ?
そんな訳無い!
嘘が下手ねぇ、クラウディアちゃん♪
アイツの事は学生時代から良く知っているのよ。
アイツは全ての事を卒なくこなせる超秀才タイプ。
周囲を冷静に見て、自分を上手く溶け込ませる。
目立たずに、且つ、誰からも疎まれず。それでいて誰も無視出来ない。
人気者に成るけれど、人気は出過ぎない。
陰口を叩かれない程度の『人の良さ』だけ残して、それなのに誰の印象にも良い様に残る。それを上手く調整出来る。
私とは真逆。人付き合いの天才よ。
アイツの特徴は『何でも出来る』けれど、『情熱』が無い。
当然、魔導具にも興味無い。
仕組みや効果を説明しても、『ふ〜ん、便利ね』で済ます、とんでもない奴だ。
当然、私の出した論文も読んだ事もないだろう。
それが、たまたま黒の森で拾った『魔導具らしき物』が気になったから、クラウディアちゃんを遣って、私に尋ねに来させただぁ?
大事な事なので2回言うわよ?
せーの…そんな訳あるかい!
アイツの思考方法なら、
『ふ〜ん…魔導具?何に使うか分からない?なら捨てましょ』
で、済ます奴よ。きっと!
となると…、
①あの魔導具を拾ったのはクラウディアちゃん。
②あの魔導具を作ったのはクラウディアちゃん。
①なら、単純に仕組みを知りたかったから。
でも、授業の受け答えや知識量からして、仕組みが理解出来ないとは思えない。私の同僚達より知識があるもの。
複雑な回路をしていたけれど、ぱっと見で使用目的は分かるのだから、仕組みも想像付く。わざわざ私に訊きに来ない。
つまり、②。本人が作った。
そして本人、又は他人に試用させた。結果、失敗した。
構造的欠陥について、第三者からの意見を訊きたくて持ち込んだ。
そういえばクラウディアちゃんの班が、遠足訓練だっけ?の帰還が一番遅かったらしいわね。
クラウディアちゃんか、若しくは試用した人が、魔素中毒で倒れたから、治るまで帰還を遅らせたのでは?
帰還して、すぐに私の所に来たらしいし?
…一番に私を頼ってくれたのは嬉しいわね。
愛かしらね?
相思相愛ってヤツ?照れるわ。
あの『魔素マスク』…
仕組み自体は単純だけど、配線の仕方や魔素の濃度差で、どの回路を経由して魔石に余剰魔素を流すか…実は結構複雑。
魔素の流体力学や魔素抵抗、複雑な濃度計算に精通していないと、上手く機能するマスクは作れない。
軍の特殊部隊が使う毒ガス用のマスクでも、毒の種類によって…
①フィルター素材の変更から、
②排気弁吸気弁の構造、
③吸気缶の仕組みや、
④〜…曝露限界に通気抵抗計算等々〜…、
毒に合わせた適切なものを使用しないと機能しない。それと同じ。
私が見た限りでは、フィルター素材以外の欠点が見つからなかった。
全てが、『魔素』そのものに適切に合った仕様になっていた。
そして、その欠点は私の手持ち素材でも修正出来ないものだった。
つまり彼女は、魔導具の天才と呼ばれる私に匹敵する才能の持ち主。
しかも、まだ12歳。
一体何者?
確かに天才なのだろう。
けれど…何かおかしい。
彼女とは、授業中に散々討論した。
各研究者の論文の欠点を見抜く目は、教授会の重鎮達並。
12歳でも、天才なら…出来なくはない。
私も若い頃は散々やった。…今も若いケドね。
…それで他の重鎮達に疎まれるのは快感よね。
ただ、彼女の設計だとすると一つ腑に落ち無い点がある。
設計が完璧過ぎたのだ。
高濃度魔素の空気中でも人が生きられる様にする為の装置は、聖教国の国立研究所で研究中だ。未だに。
彼女の作ったマスクは、それの簡易版だった。
一瞬、研究所のデータを盗んだのかとも考えたけれど…。
すぐに違うと分かった。
簡易版であるが、研究中の装置より完璧だったから。
装置の方は、魔素の圧力計算が間違っていたのに気付いた。
あのマスクの、魔素濃度圧と呼気の圧力抵抗を利用した配線中継回路を見た後で。
天才が突飛な発想で新たな物を創るのはよくある事。
でも、初めから完璧な物は創れない。どんな天才でも。
まるで、初めから完成形を知っていたかの様に。
私に匹敵する天才で、私以上の魔導具士といえば…
崇敬するミランドラ卿だけだ!
そうなると可能性としては…
①クラウディアちゃんは、ミランドラ卿本人?
②クラウディアちゃんは、ミランドラ卿と関わりがある?
①なら、クラウディアちゃんは実は『魔女』であると考察出来る。
あの年齢であの知識量はあり得ない。
だが『魔女』なら別。
『魔女』は歳をとらない。
人間をやめた年齢で固定されるらしい。
クラウディアちゃんは、本当は数百年生きた魔女…?
あるかな…?見た目12歳の魔女?
そんな魔女が居るなんて聞いた事は無いけれど…私も全ての魔女を知っている訳では無いし…。
そもそも、魔女に成るにはクラウディアちゃんの魔力は小さ過ぎるのよね…正確には分からないけど。
感じ取れる彼女の魔力量は平民程度?
普段隠していたとしても、下位貴族程度…だと思う。
…魔力量感知は得意では無いけれど。
どちらかと言えばエレノア司教の方が、魔力量的にも雰囲気的にも魔女っぽいわよね。
②の方があり得るか?普通に考えると。
彼女は…、
ミランドラ卿から直接教えを請う立場にある?
ミランドラ卿の弟子で、彼女の創る物の裏に彼が居る?
ミランドラ卿が設計図を描いた?
それなら『魔素マスク』を自分が作ったと言わない理由も分かる。
けど、ならミランドラ卿に聞けば良いよね?私に尋ねる理由は?
半分冗談でミランドラ卿=エレノア司教と言ってはいたけど。
エレノア司教はクラウディアちゃんの保護者だったっけ。本当に有り得そうな気がしてきたわ。
いえ、エレノア司教=ミランドラ卿と決めつけるのは尚早。
取り敢えず…
仮定:クラウディアちゃんの背後にいるのはミランドラ卿。
①ミランドラ卿は研究所の研究内容を知らない?
→帝国の研究所にアクセス出来る立場では無い。
それなのに聖教国で一流の魔導具士をしている。
一流の魔導具士の名声を使えば研究所データのアクセスも可能だろう。何故?
名声を使えない=正体を明かせない理由がある。
やはり、登録データを誤魔化している?
そういえば、ミランドラ卿は歳を誤魔化しているなんて、クラウディアちゃんと話したわね。
②ミランドラ卿=魔人、又は魔女?
→魔人や魔女に研究データを渡さないのは理解出来る。奴等は国に所属していないし束縛も出来ないから。
その仮説が成立すると、やはりエレノア司教=ミランドラ卿は破綻するわね。彼女は成長してるもの。
確か、洗礼式直後から聖教国教会に入って大学部まで出たのよね?
私とは違う選択だったから直接の面識は無いけれど、成長しない学生が居たらボッチの私でも耳に入るわ。
やはり、私の知らない魔人か魔女が居て、ミランドラ卿名義で魔導具士をしている…それにクラウディアちゃんが関わっている?
…それが一番可能性が高いか…?
いやいや…
ミランドラ卿=魔人(魔女)というのは仮定でしかない。
単に私に匹敵する(ちょっと超える)天才なだけかも。
そうなるとエレノア司教=ミランドラ卿の可能性も…
ああ…堂々巡り。
そう言えば、魔導具に詳しい魔女…聖教国と帝国の境である黒の森にデーメーテールが居たわね。
境というか、不可侵領域?彼女の国か?
遭った事も見た事も無いし、遭う方法も無いけれど。
一度お話してみたいとは思ってる。
魔女か…怖いわね。
もし遭ったら、私…殺されちゃうかも知れないけど…。
でも些細な事よね?
知識の探求の為なら、生命の危険なんて安い物。
それに、きっと…多分…もしかしたら気が合う…と思うのよ。
噂話を聞いた感じ、私と似た者同士じゃないかな?
…あれ?
デーメーテール=ミランドラ卿なら辻褄合わない?
デーメーテールの黒の森…
黒の森で拾った『魔素マスク』(✕嘘)
魔素マスクの制作者がクラウディアちゃん(◯確定)
クラウディアちゃんの背後に稀有な魔導具士がいる(◯確定)
その魔導具士は私並の天才(◯確定)
その魔導具はミランドラ卿(◯高確率)
ミランドラ卿=エレノア司教(△微妙)
ミランドラ卿=魔人、又は魔女(△かもしれない)
ミランドラ卿=デーメーテール(?あるかな?)
でも、魔素マスクが出来てないなら、クラウディアちゃんはデーメーテールに会えないのでは?→✕破綻。
あれれ?失敗…。この道も違うか…。
駄目だ。思考が変な方向に飛び過ぎる。
思考迷宮に迷い込んでいる。何かおかしい。
まだ情報が足りないか…。
…ここは、一旦…思考中断。保留。思考保存。
◇◇◇
気を取り直して…!
今は、クラウディアちゃんが何をするかを観察しようか。
彼女の弟は…本に集中している…?山積みの本の中で。
楽譜を見ている?楽器も得意なのかな?
お姉ちゃんに協力しないのかしら?それとも、あれも計画の一部?
…何なら取引を持ち掛けても良いわね。
必要な本を私が盗んであげる(はぁと)。
代わりに、クラウディアちゃんの秘密を教えて(はーと)。
とか?
可愛らしく振る舞えば教えてくれるかな?
…可愛くって、どうやるんだっけ?
子供の頃はやった事あったかも知れないけれど、長い事使ってなかったから錆びついてるわね。
彼女の場合はドライなギブ・アンド・テイクの方が効果的かな?
持って来た爆弾でも仕掛けて、注意が逸れた処で本を盗んで、その本で交渉しようかな?…よし、そうしよう。
懐に隠した爆弾の調子は…?ゴソゴソ…
大丈夫。壊れてないわね。
さて、何処に仕掛けるのが良いかな?
上手く閉架書庫に入れた後で爆発すると丁度良いわよね?
後は、彼女の欲しがっている本を特定すれば…。
ドアを吹き飛ばす程度の威力しか無いから、慎重に決めないとね!
……あら?クラウディアちゃんがこっちに来た。どうしたのかな??
綺麗な笑顔で私を見つめてくるわ。
相変わらず、嫉妬したくなる位の美人さんね…。
え?お?あ?
顔が近い!ちょっと…まだ心の準備が!
「愛しい、愛しいカーティ教授?」
クラウディアが私の首筋に手を当てて耳元で囁いた。
え!?幻聴?じゃないわよね?
やっぱり私達!相思相愛だったのね!
「懐の物、この場で出したら…縊り殺しますわよ?」
えっ……?
何故バレたし?
私の身体を検めた護衛騎士達ですら気付かなかったのに…?
…流石はクラウディアちゃんね!
私を真に理解出来るのは貴女だけね!
愛してるわ!クラウディアちゃん!
クラウディアちゃんに縊られたら…気持ちいいかな…?
彼女の発想が飛びまくって…
何処に着地するか、私にも分かりません。




