◆4-42 仲良い?兄弟
ルーナ視点
「ふおお!すんげー!すんばらしぃ!流石、王宮図書館!」
すぐ横で奇声を上げているのは、一般的には聖教国伯爵令嬢と言われているカーティ教授という生物。女性?…多分。
貴族では…いえ、平民でも見た事の無いタイプ。
この人と比べると、クラウディアやジェシカやサリーがお淑やかなお嬢様に見えるわね…。
この人と関わる様になってから、私の中の色々な常識が崩れた気がする…。常識と言うか…世界観と言うか…。
この人の自由さは、正直言って、少し…羨ましいかも…。
この前行った本屋さん、『知識の泉』の修復室で、翻訳中の古代文書類を覗き見たの。あまり品の良い行いでは無いとは思うけれど。
修復士の走り書きに『異世界…?』と、書いてあったの。
少し気になって、翻訳された内容を横目で流し読みしちゃった。
修復士の人も、翻訳が合っているのか自信が無かったみたい。多くの注釈と疑問符が書かれてた。
翻訳を読んでみて、私も修復士と同じ気持ちになったわ。
内容は、カーティ教授みたいな粗暴…コホン、野蛮…いえ…傍若無人…これかしら?
その様な人が、私達の聖教国みたいな国に、『転生』という名前の移動手段によって、いきなり放り出されて生活しなければならないお話…らしい…のですが、想像し難い話ですね…。
でも、教授の様子と、彼女に振り回されて戸惑う皆を見ていたら、何となく話を理解出来た様な気がしました。
この感覚も、教授を知らなかったら理解出来ない感覚だったのかも…。
クラウも似た様な性格だけれど、私達以外の人の前では一応最低限の体裁は整えるからね。
…しかし良く考えれば、聖教国や帝国、王国での常識が、この大陸の常識というわけでは無いのよね…。
行った事は無いけれど、東方の島国や南方の共和国等では、教授みたいな女性が普通なのかもしれないし。
そうなると非常識なのは私の方なのかも…?
常識・非常識なんて相対的な物なのかしらね。
「教授、宜しいですか?本を探す時は、必ず我々の側近に声を掛けて下さい!
絶対に、指定した場所以外に勝手に忍び込まないで下さいね!
ちょっ!お…!お待ち下さい!
おいコラ!そっちに行くな!そこの階段は昇るな!
待て!勝手にウロチョロするな!誰か捕まえろー!」
調教師の怒声が、広い空間内に響き渡る。
カーティと呼ばれる猛獣の鎖を引っ張る調教師は、この国の第三王子。
リオネリウス=フラメア=レヴォーグ。
私達を図書館に招いた主催者であり、猛獣を図書館に入れた元凶。
普段、私達に見せるような素顔は、一応隠そうとしている…みたい?
彼のお兄様が居るせいかしら?それとも彼の側近達が見てるから?
いつも彼の素顔を隠している仮面が、既に半分以上崩壊している様にも見えるけれど…。
「はっはっはっ…!大変そうだな、リオン。
…ルナメリア嬢も興味のある本が御座いましたら、私にお申し付け下さい。お持ちいたします」
リオネリウスをリオンと呼ぶのは、この国の第二王子。
ゼーレベカルトル=フラメア=レヴォーグ。彼の実兄。
話す時、わざわざ屈んで私の視線の高さに併せてくる。
継承権第二位。
身体が大きく威厳がある。でも、凄く腰が低い。
帝国王族の二位なら、聖教国なら枢機卿や選帝侯に等しい立場。私より遥かに上。
弟と同じで、燃えるような赤い髪。
弟と違って、人当たりの良さそうな目。
自分が間に立つ事で、勝手に本に触らせないという牽制。
相手を油断させる為に、その地位にも拘らず下手に出る事を厭わない。
彼の適切な距離感の保ち方は、今迄色々な種類の人間と付き合った経験がある人の遣り方。
人付き合いの上手い、とても狡猾なタイプの貴族。
お父様の周りによく居るタイプ。
そして…私の凄く苦手なタイプ。
距離感の壊れているカーティ教授より苦手かも。
…どうしようかしら。
微妙な距離を保ちつつ、私達に話しかけて来る。
サリーを間に挟む事で、私の暴風対策もしている。
クラウに頼まれた仕事をする為には、あまり、私達に張り付かれるのも困るのだけれど。
感が良い人だと気付かれちゃうかも。
「ありがとう存じます。そうですね…」
…どうやって、彼の張り付き監視から逃れよう…?
「あ!私!私!わーたーしー!
帝国の魔導具の本が読みたい!古代や神代の魔導具に関する本があれば尚良し!!
帝国の秘密を見たい!魔女や魔人に関する本もあれば持ってきて!この国の魔女様に関する本ある?どんな人?
太古の機械にも興味ある!帝国は昔、機械産業にも秀でていたわよね?その記録も欲しい!
どうせ、閉架書庫にあるんでしょ?
内容はこちらで確認しながら選ぶから気にしないで!
さっさと行こうか!来ないなら先に行くよ?」
突然、カーティ猛獣が横から口出しをしてきた。
両手を挙げて、サリーとゼーレベカルトルの間に素早く割り込む。
全員の時間が止まった。
…ナイスアシスト。
遠くから、「悪い!兄上!逃した!」と、息を切らしながら走って来るリオネリウス。
ゼーレベカルトル王子がニコニコしたまま固まった。
顔を元に戻す方法を忘れたのかしら…?
私達は慣れてるから何とも思わないけれど、普通の人間の相手ばかりしている人には、どの様に応対すれば良いか分からないでしょうね。
…これが、普通の人の反応よね?
あのクラウディアでさえ困惑する位の変…狂…いえ、世間知らずの(研究室の)深窓の御令嬢。
…やっぱり彼女は非常識…よね?
「リオン?カーティ女史が魔導具や機械の関連本を御所望だ。取ってきてあげなさい」
「せっかく兄上が頼まれたのですから、兄上の側仕えに取りに行かせれば良いのではないのですか?」
二人はニコニコとした穏やかな笑顔で、教授を押し付け合った。
「閉架書庫に入るには王族の誰かが同伴する決まりだろう?
それに、閲覧して頂くにも、専門家である教授につまらない内容の物を見せて嘆息させてしまうのは失礼だろう?
優秀なお前が中身を確認してお渡ししなさい」
穏やかな口調で弟に教授(厄介事)をパスする。
「いや、私は魔導具や機械関連にはとんと疎くて。中身を見ても理解出来ません。
やはり愚鈍な私ではなく、経験豊富な兄上がカーティ猛…コホン、教授のお相手をするのが良いのでは御座いませんか?」
丁寧な嫌味で教授を投げ返す。
「いやいや、私は、ルナメリア嬢とヨーク家の方々をご案内しなければならない。私と違い、才学非凡なお前なら分かってくれるな?」
「いやいやいや、彼女らは私の学友ですので私が案内致しましょう。浅学非才な私ではなく、歳の近い兄上がカーティ令嬢を案内するのが筋では?」
笑顔の裏で、お互いを斬りつけ合う。
「いやいやいやいや、身分から言えばキベレ家を迎えるのは順位二位の自分が妥当…」
「いやいやいやいやいや、歳が離れ過ぎていると相手も気を遣うでしょうし…」
お互いに、『下位の人間は黙って言う事を聞け』『年寄りが若い子の相手なんて出来ないだろう?』と、罵り合っている。
…仲良いのね。
二人の側近達は、アレを自分達に押し付けられない様に、お互いの主を応援している。
二人居る司書達も、彼等から目を逸らしてデミトリクスに話し掛けてる。
デミトリクスが本を指定して、それを取りに行く事で此処から離れようとしているけれど…二人一緒に取りに行く必要は無いわよね?
クラウディアは、図書館内に柔らかく射し込む陽光に目を細めながら、天窓に画かれたステンドグラスの聖女を眺めている。
言い争う兄弟と教授から少し離れた場所で、他人の振りをしている。
彼女や私達に付けられた、側仕えの振りした『笛』の補助構成員達も、壁際で目を逸らしている。
誰も3人に介入しようとはしない。
「誰でも良いから!早く本を読ませろー!!」
カーティ猛獣の雄叫びが王宮図書館内に響き渡った。
ゼーレベカルトル=フラメア=レヴォーグ




