◆4-37 宰相の娘
マクスウェル視点
学校交流会三日目。
帝国式の基礎魔術式学の授業が終わり、妹のマリアンヌと一緒に茶会室でくつろぎながら、周囲を見渡す。
「何故か…雰囲気が悪いですわね…」
「一昨日の試合のせいだろうな…」
口元に軽く手を当てながら小声で話す。
「試合…ですか?」
「当然だろう。デミトリクスの逆転勝ちの上、クララベル嬢はその時の怪我のせいで欠席されている。」
先日、授業の一環とはいえ、いきなり真剣での立会いを学年代表の妹が申し込むという非常識な行為が行われた。
そして、それを王国貴族が受けて勝ってしまった。
お陰で授業の雰囲気が悪い。
結局、ハダシュト王国対テイルベリ帝国の代理戦争みたいになってしまった。
…表向きは友好国だが、お互いに仲が良くないのは公然の秘密。…いや、秘密にも成ってないな。
聖教国が仲介していなければ戦争中だっただろう。主にコルヌアルヴァの所為だが。
…クララベル嬢から受けたイメージでは、政治的な意図があった…というより、もっと単純な、そう…『獣』的意図で喧嘩を吹っ掛けた様な感じがしたな…。
シエンティアの生徒達の中にはクララベルが倒された事で密かに喜んでいる者達も居たが、帝国の学生代表の妹がハダシュト王国人に公式の決闘で倒されるという屈辱も相まって、差し引きマイナスといった雰囲気に成っていた。
「審判役のマリアベル様の制止が直前で掛かったから、正確には勝ちでは無いのだろうが…。
あの時、クララベル嬢は手を止めてなかったから勝負としては…」
「…本当に…王国貴族の方々には申し訳無い事を致しました…」
突然声を掛けられた。
咄嗟にマリアンヌと二人で、声のした方向に振り向くと、眉尻を下げたマリアベルが居た。
「うちの愚妹が大変失礼な行いをした事をお詫び致します。
言い訳になってしまいますが、決して王国の方に悪意があってしたことでは御座いません。
あの子は…なんと言いますか…。女性としての嗜みが無いと言いますか…。
まるで男性の様に戦いや喧嘩を好んでおりまして…強そうな相手が居ると、すぐに…その、暴走…してしまいまして…。
キツく叱っておきましたので、今後はこういう事は…」
マリアベルに謝罪されている自分とマリアンヌに、周囲から視線が集まる。
…うわ…!困る…。別に批判していた訳じゃ無いのに…。
いきなり帝国の高位貴族に謝罪されて、何と言って止めれば良いか分からなくて、自分はみっともなくワタワタしてしまった。
人見知りのマリアンヌも同じ様に混乱してしまった様で、口をパクパクさせながら、…いえ、そんな事は…とか、おやめ下さい…とか、かすれた小声で呟いていた。
「マリアベル様、わざわざ気を配って頂き、ありがたく存じます。しかし、私達が被害を受けたわけではございませんので、謝罪する必要はございませんわ」
謝罪しているマリアベルの後ろから、ルーナが声を掛けた。
「…これは、ルナメリア=キベレ様…」
マリアベルは振り返り、ルーナに対しても謝罪をしようとした。
ルーナは、再び手で制して謝罪を止めさせた。
「繰り返しになりますが、謝罪は必要ございません。
それに、帝国宰相のお嬢様に人前で謝罪されては、私達は立場的にも困ってしまいます」
マリアベルは顔を上げた。
「確かにそうですわ。しかし、だからといって愚妹の行いを見過ごした責は御座います…」
「宰相の…お嬢様?」
マリアンヌが、ふと、口にした。
…宰相?帝国の宰相…?って…王族が成るんじゃ無かった?
あれ?マリアベルはレヴォーグ家?
マリアンヌが漏らした言葉を拾って、ルーナが説明した。
「ええ。マリアベル=イメディング様。
帝国宰相フェルトガー=イメディング様のお嬢様ですわ」
「あれ?帝国宰相って第2王子が成るから、レヴォーグ家じゃないのか?」
自分も、思わず口走ってしまった。
「父は、前宰相の叔父ですわ。
前宰相が早世なさったので、中継ぎとして宰相の地位に就いているに過ぎません。
父はいつも、荷が勝ち過ぎていると愚痴を言っておりますわ」
マリアベルは少し困った顔をしながら、謙った。
「マリアベル様、過去の試合の話より未来の式典と晩餐会の予定をお聞かせ願えますか?
出来れば別室でお願い致します」
ルーナの話題転換で、ようやくマリアベルの謝罪が落ち着いた。
「そうですわね。ルナメリア様とは色々と打ち合わせをして於かなければなりませんわね。
部屋を借りてきます。申し訳御座いませんが、しばらくお待ち下さいませ」
そう言って、マリアベルは茶会室から出て行った。
「ありがとう御座います。ルーナ様」
「助かったよ。ふぅ…彼女、責任感の強い娘なんだなぁ…」
「あれは…、責任感が強いというより、性格が悪いのでしょうね…」
ルーナは彼女の出て行った方を見ながら、周囲に聞こえない様に呟いた。
「ん?悪い?謝罪してるのに?」
思わず聞き返した。
ルーナは何も言わずに、こちらを見てニコリと笑った。
「マクスウェル様は可愛らしいですわね。是非、そのままでいて下さいね」
侍女のサリーがこちらを見て微笑んだ。
「お兄様ですから…」
妹は、何故か溜息を吐いている。
…ん?何だろう?褒められたのかな?
なんでいきなり??
「まぁ…彼女の気持ちが分からなくもありませんし…。
マリアンヌ様、同席しても宜しいでしょうか?」
「あ…失礼致しました。どうぞ。すぐに席を準備致します」
そう言って、侍従に合図して席を整えさせた。
ルーナが着席すると、彼女の侍女のサリーが茶の準備を初めからやり直した。
普通は席のホストが用意しなければならないが、この侍女は彼女の口にする物、身体に触れる物全てに於いて、自分でやらないと気が済まない性格らしい。
だから、私達の侍従には席の準備だけをさせてから下がらせた。
聖教国に居る間、彼女は毒見役までこなしていた。
…本当に仕事熱心な侍女だなぁ…。
ここ迄気が回る有能な侍従を雇えるなんて…いいなぁ…。
「ところで、ルーナ様。
クラウディアお姉様達はどちらに?」
…そうだ…皆、学校交流会に来なくなった。
クラウディア達は一昨日の真剣試合以降。
ヴァネッサとイルルカは、今朝から体調不良と言って休んでる。
ジェシカは元々、勉強嫌いで出席しない宣言をしていたから論外だけど…。
目の前のルーナも、昨日は休んでいた。
…皆、一応は学校の行事だと言う事を忘れてないか?
「クラウは…報酬の前払いがどうとか、漁夫の利がどうとか言ってたわ。デミトリクスも一緒じゃないかしら?
ヴァネッサとイルルカは、別の仕事…とか言ってたっけ」
報酬?漁夫の利?仕事?一体何をしているんだ…?
「そうですか…デミトリクス様は、お休みなのですね…」
突然、誰かに声を掛けられた。
振り返るとフローレンス達が居た。
「一昨日の素晴らしいお姿を目に焼き付けて耐えていましたが、昨日今日とお姿を拝見出来ませんのは辛いですわ…」
リヘザレータは兎も角、フローレンスと取り巻き達は、メソメソする振りをした。
「でもまぁ、デミトリクス様がヴァネッサ様と一緒でないなら我慢出来ますわ」
「ヴァネッサ様と、あんなに仲良さそうでしたのに…」
「それはそれ、これはこれ。ですわ。
デミトリクス様の、あの凛々しいお姿を見て諦められる女は存在いたしません。
たとえ相手が親友で侯爵令嬢であろうとも…ですわ」
取り巻き達が一斉に頷いた。
…いつの間に親友にまでなってたんだ…?
確かに、馬車の中では途中から仲良く話していたけれど…。
初日は殺気ダダ漏れだったくせに。
女の考えはよく分からん。
恋敵なんだろう?何故仲良くなるのだ?
「ルナメリア様、サラメイア様。昨日は私事の買い物に付き合って頂き、ありがとう御座いました」
「いえ、フローレンス様。私も楽しかったですわ。努力が実る様に応援しております」
「ありがとう存じます。必ず成し遂げて見せますわ」
…努力?一体何が起こっている?
「ルナメリア様、お待たせ致しました。あ、フローレンス様。丁度良かったですわ」
そこに、マリアベルが戻って来た。
マリアベルがフローレンスと少し話た後、ルーナ達とフローレンスを連れて茶会室を出て行った。
「努力とは何の事だ?」
ルーナの座っていた席にちゃっかりと腰を掛け、マリアンヌとお喋りをしていたリヘザレータに訊いてみた。
リヘザレータは微妙な顔をして、小さく首を振った。
「前より多少は柔らかくなっても、フローはフローのままだと言う事…ですわ…」
そう言って、困った様に頬に手を当てた。




