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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
127/287

鏡沼4



 長年狩りをしてきた俺だが、やはり夜の森は緊張する。

 彼誰(かわたれ)時も近づき、魔の時間はとうに過ぎてはいるが、朝日が昇るまでは人の時間では無いからだ。

 …俺にとっては朝日も緊張するがな。


 「…ったく、夜の森で狩りをしてみろなんて…俺でも怖いのによ…」

 ブツブツと文句を垂れながら、スランの痕跡を探す。


 罠猟法を主するスランの考えを自分なりに想像しながら、奴の良くやる手法を考える。


 罠は個人で設置する場合、大型は持ち運べない。

 小型罠、若しくは現地の植生を利用した罠を作るだろう。

 時間的にも設置出来る個数も限られる。だから、集団行動しない動物を狙うと考えられる。


 獲る獲物の指定は無かったなら、俺なら小型の草食動物を狙うが、挑発された奴がそんな獲物を狙うとは考え難い。


 となると、小型・単独の狩り・肉食、且つ、希少。4点揃った獣に狙いを定めるだろう。

 それに合致して、この森に棲息している獣となると…

 『隠れイタチ』か『影猫』。

 どちらも森の奥深くに潜み、夜行性。


 隠れイタチは、保護色を使い樹の幹等に擬態して待ち、樹の下を通り掛かった獲物に飛び掛かり狩りをする。

 昼間でも発見が難しい奴で、夜だとまず見つからない。

 こいつの毛皮は、加工すると光り輝くので高く売れる。


 影猫は、岩や木の影に溶込み、側を通った小型の獲物を音もなく引き摺り込む。

 こいつは夜しか活動しない。弱い魔獣に分類される奴だ。

 時折、運良く罠にかかる事がある。貴族達がペットに欲しがるので物凄く高値が付く。


 両方とも痕跡を残さないので、俺みたいな追跡が得意な狩人が苦手とする獣達だ。

 その上かなり凶暴で、大人でも油断すると重傷を負う。

 スランが俺を見返したいと考えているなら、こいつ等を狙うだろう。

 村に入る金額でいえば、俺の獲った大熊より高額だ。


 奴等は草原に近い所より、暗い森の奥に住む習性がある。

 となると…


 俺は、森の奥に続く道をじっくりと探した。


 「どうだ…?見えるか?」

 モーリスが訊いてくる。


 スランの足跡はある…。しかし、複数あった。

 昨日の狩りの時に歩いた他の奴の足跡とも混ざっていて、いつついた足跡か分からない。


 「多過ぎるな…。昨夜ついた物か、昨日の昼間ついた物かわからん…」

 「しょうがねぇ、もっと奥に進んでみよう」

 「そうだな…。おい、スランの足跡はあるが、はっきりしない。先に進んでみよう」

 俺は、もう一人の同行者に声を掛けた。

 奴は頷くと、無言でついて来た。



◆◆◆



 痕跡を辿りながら暫く進むと、ほとんど消えかけてはいたが、僅かながら鼻につく臭いがした。


 「…この臭いは…火薬か?」

 同行者も気付いた様だ。

 「そうだな…スランの奴も魔術は苦手だからな…。

 しかし臭いがかなり薄れている。ここで夜行性の草食獣を狩って、罠の為の餌に…というところか?」

 「何処かで一度処置して火薬臭を消すだろう…。この先の川か?」

 「多分。地面の跡から…血を瓶に溜めた様だし、処置した後で餌として使うつもりなのは間違い無いだろう。

 川の方向へ続いているこの足跡…、身長と体重もスランと一致する。

 スランがここに居たのは確実だな。合図を頼む」

 「分かった」


 ピィーーーー!

 同行者が笛を吹く。

 音に驚いて飛び出した小動物達が、樹の上に逃げた。



 「どうする?仲間を待つか?」

 モーリスが尋ねる。

 「石と木の枝でサインを残して…と。

 兄貴達がこれを見れば、勝手に後から追いかけて来るだろう」

 「よし、先に進むか。無事だと良いがな…」

 俺達は、3人で先を急いだ。



◆◆◆



 …嫌な空気だ。

 昨年の事を思い出す。


 「くそったれ!…スランの奴、この先に行きやがったな…」

 「ああ…ここか…。

 お前を見つけたのは、丁度この少し先の木の洞だったな」

 「この先に何かあるのか?」

 同行者の男はこの先の鏡沼の事を知らないらしい。


 「兄貴が…村長がしょっちゅう言っているだろう?鏡沼だよ」

 「鏡沼?この先なのか?本当にあるんだな…」

 「お前は参加しなかったか?あの時の捜索は大変だったんだぞ」

 モーリスが無精髭を撫でながら、あの時も今日みたいな夜だったなぁ…と呟いた。


 「怖い所だよ。もう近付きたくねぇな…」

 「そうなのか…。ナタンでも怖がる様な場所なんだな…」


 …俺を狩人頭に推したいらしいこの男は、情けない事を言う俺を軽蔑したか?軽蔑してくれて、推薦をやめてくれれば助かるがな…。


 「あの時は、まだ真夜中になる前だったな…。マズイな…スランの奴が鏡沼に行ってなければ良いが…」

 俺は追跡を早めた。

 同行者は、樹の幹や枝に印を付けて、俺の後を追いかけて来た。


 …何故か拭えぬ違和感があった。


 気付いている様な気がしたが、思考に蓋をしていた。

 俺は余計な事を考えまいと、追跡に専念した。



◆◆◆



 暫く進むと、虫の音が止んだ。

 動物達の動く時に発する葉が擦れる音は、少し前から全くしなくなっていた。


 「おい…ナタン。この辺りは、既に影猫や隠れイタチの縄張りからも離れているぞ…。本当にこっちか?」

 「嫌なことに間違い無いようだ。アイツ、暫く前から足跡に迷いが無くなってる。まるで鏡沼に惹き寄せられている様だ」


 俺は慎重に痕跡を視る。

 スランは、影猫の縄張り辺りで罠をいくつか仕掛けていた。

 俺達は罠を踏み抜かない様に慎重に歩きながら、足跡を追跡した。

 足跡は罠の辺りを越えて、更に森の奥に続いていた。

 丁度、鏡沼の方向に。


 途中までは、更に先に行くか、引き返すかを逡巡している動きだった。影猫が獲れなかった時の保険に隠れイタチも探していたのかも知れない。

 だが途中から、迷いなく進んでいる。


 「よりにもよって…スランの馬鹿野郎が…」

 「ナタン、なんで奴はこんなにも迷いなく進んでいるんだ?」

 「多分、鏡沼が呼ぶんだろうな、嫌な空気だ。…思い出しちまう…」


 周囲の空気が湿気を帯び始めた。

 昨年の事を思い出す。


 その時、先行していたモーリスが、こちらを見ながら大声で叫んだ。

 「おーい!ナタン!スランが居たぞ!」


 目を凝らすと、昨年俺が居た木の洞の中にスランが居た。

 昨年の俺の様に全身ずぶ濡れで、ガタガタと震えていた。


 「昨年、お前が居た場所を一応見てみたんだ。丁度、ひと一人隠れられる場所だからな」

 「そうか…。おい!スラン!大丈夫か!?」

 「なんで、こいつこんなに濡れているんだ?」

 「鏡沼から逃げて来たんだろうな。まるで去年の…のよ…う…?」


 その時、スランの奴がいきなりこちらに銃口を向けた。


 タァン!


 俺達は一斉にその場を飛び退いた。

 それぞれが近くの木の陰に飛び込んで、スランの銃口から身を隠した。


 「スラン!何しやがる!!」

 同行者の男が叫ぶ。


 「おい!俺だモーリスだ!獣でも化物でもないぞ!」

 モーリスが叫ぶ。


 「安心しろ!鏡沼の化物は居ない!光は止んでいる!」

 俺が落ち着かせようと叫ぶ。


 「う…あ…あ…あ…!光が…俺を…くう…からだが…われる…」

 「大丈夫だ!光は来てない!止んでいる!」


 タァン!


 スランの放った弾丸が、俺の耳を僅かに削った。


 「くそ!やべぇぞ、ナタン!完全に狂ってやがる!」

 「どうする!撃つか!?」

 「待て!撃つな!仲間だぞ!」

 3人で言い争うが、解決策は出ない。


 タァン!


 また発砲した。今度はモーリスの側の樹の幹を抉り取った。


 「今度はこっちか!?」

 「おい!怪我は無いか?」

 「あのヤロウ!目茶苦茶に撃ちまくってやがる!」


 幸いな事に、スランは木の洞から出る事を怖がり一切動かなかったので、俺達が銃弾を避ける為に逃げ回る必要は無かった。

 しかし銃の腕自体も悪くはないスラン。俺達は一切身動きが取れなくなっていた。


 その時、遠くからこちらを呼ぶ声と、複数の足音が聞こえてきた。

 「おーい!この銃声は何事だ!」

 「スランの奴は見つけたのか?」

 「これからそっちに行く!獲物と間違えて撃つなよ!」

 少し前に残した合図を読んで追跡してきた仲間達だ。

 兄貴の声も混ざっている。


 「待て!来るな!スランの奴が狂ってやがる!」

 「目茶苦茶に撃ちまくってやがる!近づくな!」

 「兄貴!危険だ!樹の影から出るな!」

 俺達は兄貴達が来ないように、簡単に事情を説明した。


 「くそ!一体スランに何があった!?」

 「恐らく鏡沼に入った様だ!」

 「鏡沼だと!?あれだけ近付くなと言ったのに…!」

 時折響く銃声の音。皆、樹の影から動けなくなった。


 俺達が膠着状態で動けないでいると、時間が経ち、我慢出来なくなった太陽が昇り始めた。

 太陽の明るい光が、丁度スランが隠れている木の洞を後ろ側から照らし出した。


 「ま…まずい!」

 俺はこの後の事を想像して戦慄した。


 「光!また!光が追ってきた!俺を呑み込む!く…喰われる!イヤだ!沼に戻りたくない!」

 自分の周囲を取り囲む太陽の朝日を、鏡沼の光と勘違いしたスランは、銃口を咥えた。


 「待て!!」


 タァン!


 スランは躊躇なく発砲した。


 銃声が止んだ後も、暫くの間、誰も身じろぎ出来なかった。


 初めに動き出したのはモーリスだった。

 怖々と近付き、木の洞を覗き込んだ。 

 「…馬鹿野郎が!」

 モーリスは吐き捨てる様に言った。


 俺はモーリスを押し退けて、スランの様子を確かめた。


 木の洞の中は脳漿と血が飛び散り、鉄と火薬の臭いが充満していた。

 狩猟で火薬と血に慣れている俺でも、流石に辛い光景だった。

 気分が悪くなった俺は、その場を離れてしゃがみ込んだ。


 少し遅れて、兄貴や他の連中も近付いてきた。

 皆は木の洞を覗き込み、驚愕した顔をしていた。


 「な…なんだ?これは…」

 「一体…?」


 皆は木の洞を見た後、木の周囲をウロウロとしだした。


 「?…皆、どうした…」

 皆はスランの死体のある洞の中ではなく、その周辺を捜索している。


 「おい…ナタン!スランの奴は何処に行った!」

 「………は?」


 兄貴の言っている意味が分からなかった。


 「さっき迄、ここで発砲していたスランは何処に行った!?」

 兄貴が俺の襟首を掴んで怒鳴る。


 「兄貴こそ何を?スランはそこに…」

 俺が、もう一度木の洞に目を向けると、そこには何も無かった。

 いや…正確には、土塊があった。

 丁度、人ひとり分に相当する量の土塊(つちくれ)が。


 「え…?な…?な…?」

 訳わからなくて声が出ない。


 「確かに、さっき迄ここに居て発砲して…え?」

 「そうそう、それに俺は自殺した死体も確認したぞ!」

 モーリス達も驚愕していた。


 「あ…?え?…スランは此処に居た…筈だ…」


 俺達は3人で顔を見合わせた。


 「おい!村長!スランの銃と弾丸は、ここに落ちてるぞ!」


 木の洞を調べていた仲間が、洞の奥から銃を見つけた。


 「一体…スランの奴は何処に…?」

 皆が首を傾げた。



 

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