鏡沼1
ハロウィン企画
主要キャラクターは出ません。
時系列は学校交流会出発直前。
本当は1話で終わらせようと思ったのですが、想定より長くなったので、複数話に分割します。
…ハロウィンは1週間続くのさ…(`・ω・´)
…俺は怖い。
「行ってらっしゃい。あなた」
「父ちゃん、頑張ってきてね」
顔立ちの整った身綺麗な妻と、綺麗な顔の息子。
この辺りでは見掛けないくらい美しい妻子。
しがない猟師の俺には勿体無いくらいの家族。
…だから、怖い。
黒の森に近い村外れに居を構える我が家。
猛獣や魔獣が出ても対処出来る様に、周囲に多種多様な罠を仕掛けてある。
妻は女性としては珍しいくらいに狩りが上手く、銃を扱う腕前はそこら辺の猟師にも劣らない。狼どころか熊をも撃退した事がある。
洗礼式も終えていない年齢の私の息子は、罠を仕掛けるのが上手い。
大人顔負けの罠を考案して仕掛け、狐をそこに誘い込み捕まえては晩飯の足しにしていた。
二人共、俺に比べて出来た狩人だ。
とても有能だ。
だから…安心だ…。
「鏡沼には近づくな」
昔から兄貴に言われ続けてきた言葉。
毎日二人に言い聞かせてきた。
「大丈夫よ。私達は森には入らないもの。貴方こそ気を付けてね」
大丈夫…二人は大丈夫。俺は…?
◆◆◆
「今度、教皇猊下直轄の首都の学校から貴族のお子供様達が、この村の街道を通って帝国様々へ向かう事になったとよ!
その為に、近郊に多数出没する狼や狐、熊などを出来る限り間引いておくようにと神父様を通して通達があってな!それでお前達に……」
村長が俺達猟師を集めて、理由を説明する。
よく分からんが、お偉いさん達の為に街道掃除をしておけ…との事だそうだ。
言葉から貴族嫌いと帝国嫌いが溢れている。
俺は別にどうとも思わんが、兄貴は村長という立場上、ストレスの溜まる事も多いらしいな…。
「どのみち、肉も毛皮も俺達の利益にもなるから言われんでもやるがな。討伐報奨金が出て村も潤うなら、ありがてぇ話じゃねぇか。なぁ?」
幼馴染みのモーリスが、横から俺に話し掛けてきた。
「…ああ…そうだな…」
「…?どうした?何か上の空だなぁ?」
「…ああ…、少しな…」
「大丈夫かぁ?しくじって、お前が狼のご馳走になるなよ?」
「…うっせぇ。俺が何年猟師やってると思ってんだ?」
「俺と同じ年月だなぁ」
そう言って、モーリスが俺に笑い掛けた。
その顔を見ると、不安が払拭されて自然と笑みが溢れた。
「おい!ナタン!聞いているか?」
突然村長に怒鳴られた。
「注意事項と、討伐報奨金の話だぞ!聞いてないならお前の手取りは俺が貰うからな!」
…ああ、うるせぇ…。
昔から兄貴はこうだ。
無駄に声がでかい。
横を見ると、さっき迄くっちゃべってたモーリスの奴は、離れて他の猟師に混じってやがる。
相変わらず要領のいい奴…。
「へぃへぃ。ちゃんと聞いてるよ。俺が何年猟師やってるか知ってるんだろ?注意事項なんて聞き飽きたわ…」
「…ふん!お前はこの頃、ボーッとしている事が多いからな!熊の餌になるんじゃねえぞ!」
「わーってるって!何度も同じ事を…」
「同じ事…?まぁ、分かってるなら良い」
…モーリスの奴が言った事は、狼の餌だったか…?
狼でも熊でも魔物でも構わん。俺がそこらの獣程度にやられるかっての!…魔物は獣ではないか…?
騎士団全滅させたって言うボガーダンの獣でも、俺にかかれば簡単に狩ってみせたのにな。
そうすりゃ、今頃俺は英雄ナタン様だったのに!
でもまぁ…こんな田舎の猟師に声なんて掛からんか…。
「いいか!お前達。狩りに夢中になり過ぎて『鏡沼』には近づくなよ!」
兄貴のいつもの注意で話の〆だ。
皆が一斉に動き出す。
「おう!ナタン!俺達と組まねえか?」
「いや、俺は一人でやる方が性に合うんでな」
「…そうか、気を付けろよ」
二人組、三人組作る奴らも居るが、俺は一人の方が都合が良い。
下手な奴が一緒だと、獣に気配を悟られるからな。
言うと角が立つから言わねぇが…。
「相変わらず、ボッチか?俺がついて行ってやろうか?」
モーリスが話し掛けてくるが無視して準備する。
一人の方が気楽なんだって、何度言っても理解しねえ奴だなぁ…。応えるのも面倒くせえ。
「いつからこんなに可愛気がなくなったのかねぇ?ああ、嫌だ嫌だ」
そう言いながら、モーリスは他の猟師達に混ざって行った。
◆◆◆
タァン!
火薬の臭いが鼻に付く。
正直言って、この臭いは苦手だ。
俺は魔道銃が上手く使えないから仕方ないがな。
教皇様は圧縮魔術式の使えない俺達猟師の為に、秘密裏に火薬弾を使う猟銃を卸してくれている。
雷管と火薬と弾が一体化していて撃ちやすい。
使用した弾丸の量は細かく報告をしなければいけないし、飛び出る薬莢は全て回収しないといけないのが面倒だが、魔道銃より簡単に撃てるのはとても良い。
その分、危険だからとか何とか言って、村の外の奴等には秘密だそうだ。
使いやすくて良い物なのに、何故危険なのか意味は分からないが、教皇様には深いお考えがあるのだろう。
そんな事を考えながら、淡々と弾の再装填をする。
タァン!
…えーっと、これで何匹目だっけかな?
困った…両手の指だと足りなくなってきた。
数とかいうのが分かれば指の数以上に数えられるぞって、兄貴が言ってたが、勉強は嫌いなんだ。
帰ったら兄貴に数えて貰えばいいか…。
殺した狼や狐の血抜きをしつつ、獣の太腿に自分の印を刻み込む。
枝に吊るして次の場所に向かう。
帰る時の為の良い目印にもなる。
「まだ日は高いか…もう少し狩れるな」
次の獲物はどこかな…?
歩きながら気配を探る。
ん…?あっちの繁みに何か居るな…?
自分の気配を消して、足音を立てずに忍び寄る。
猟銃はすぐに発射出来るよう準備はしてある。
予備に魔道銃もあるが、俺だと発射迄に時間が掛かるから、あくまで御守りでしかない。
ガサガサガサ…
俺の接近に気付いた獲物が隠れるのをやめて飛び出て来た。
…ほぅ…デカイ熊だ。
少し…厄介だな。
…俺にとっては少しだけどな。
熊は毛皮も骨も硬い。
額に当てても弾かれる事がある。
…だから、狙いは口か目だ。
こちらが猟銃を構えているのを見ると、熊は動きを止めた。
…ギリギリ射程外。良く分かってるじゃねぇか。
お互い微動だにせず、にらみ合う。
緊張した空気を感じて、虫も鳴かない。
熊を警戒した小動物達は、とっくに逃げ出している。
森の中を通り抜ける風が、冷たい針の様に肌に刺さる。
…夏なのに、空気が冷たく感じる程の緊張感か…こういうのは久しぶりだな。
これがあるから、この仕事は辞められない。
早く来い!口を開けて噛みついて来い!口でなければ目にぶち込んでやる!
冷静な興奮を感じながら、心の中で挑発する。
コンマ数秒の、外したら死ぬ事が決まる緊張感。
飛び掛かろうとする姿勢のまま、時間が止まったかのように動かない熊。
ズリ…
挑発を兼ねて、猟銃を構えたまま、すり足で近付く。
足半分の距離。
熊の緊張が空気に伝わり、俺に届く。
グオオオ!
我慢出来なくなった熊の叫びが空気を震わせる。
奴は、恐怖に抗えずに飛び掛かって来た。
タァン!
熊が一歩踏み出した瞬間に、引き金を引いて熊の口に弾を送り込んだ。
俺が身体を横にずらすと、その場所に熊は踏み出した勢いのまま、飛び込んで来て転がった。
熊は身体を横にした状態で、必死に空気を手足でかく。
走る姿勢で何度も空中で手足を動かした後、痙攣を起こし、地面をグルグルと転がった。
口から血を撒き散らし、地面に円い印を刻み込みながら、制御の効かない巨体は動き続けた。
俺は万が一を考えて、目を離さないまま再装填を終える。
暫くすると、小さい痙攣をしたまま仰向けになった。
タァン!
俺はすぐさま銃口を熊の口に突っ込んで、2発目を発射した。
止めの一撃を受けた熊は、口から大量の血を流しながら息絶えた。
「ふぅ…久方ぶりの大物だなぁ…しかし…どうやって持ち帰るかな…?取り敢えず、埋めておくか…」
俺は携帯シャベルを組み立てて、大きな穴を掘った。
「流石に全部は隠せないな…。ああ、こういう時にモーリスの奴が居ると助かったなぁ…。組んどけば良かったか?」
熊を、掘った穴に引き摺って入れたが、身体の半分も入らない。取り敢えず、臭い消しの葉を周囲に撒いて土をかける。
「…取りに来た時に半分も残っていれば良いが…」
そう独り言ちて、来た道を引き返した。




