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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
122/287

◆4-28 帝国首都にて

第三者視点




 テイルベリ帝国国境を越えてから3日、馬車の窓には発展した街並みが映し出されていた。


 地面の石畳は高度な技術によって造られているらしく、平らに切り揃えられた石畳と、そのつなぎ目の三和土(たたき)は数ミリの段差もなく平滑に整えられている。

 恐らく馬車の緩衝装置が無くても、ほとんど振動は感じないだろう。


 道は両端に向かって僅かに傾斜がつけられており、雨水が溜まらない様に考慮された丁寧な造りになっている。

 雨水の流れ込む側溝も、足や車輪が引っ掛からない様に雨水の流れ込む僅かな隙間だけ残して綺麗に石の蓋がされており、正確に石材を切断出来る高い技術があることが分かる。

 この精緻な造作を見るだけで、聖教国より進んだ石材加工技術がある事を示していた。


 周囲の建物は聖教国の首都アルカディアと同じ様な作りだが、一部に4階建て以上の高度な石組み建築物が見られ、建築技術でも聖教国の上をいっている事がわかる。

 ただ、造り自体は合理性を求める余りに無骨になりすぎて、面白味の欠ける建築となっている。


 「わぁ…高い建物ですねぇ…」

 リヘザレータが感嘆する。馬車の窓に顔を張り付けて珍しい高い建物を仰ぎ見ている。


 「確かに高いですけれど…、美しくありませんわね。装飾も無いし、窓も小さくて、まるで監獄みたい…」

 フローレンスは扇で口元を隠しながら、嫌な物を見る様な目で建物を睨みつけていた。


 「建物が高いのは、この土地には地震がほとんど無いからよ。王国や聖教国と違って火山が無いからね。

 高い建物に装飾が少ないのは、この国の法律で4階建て以上、若しくは軒下15メートル超の高層建築物は、戦時下に於いて軍に接収される事になってるから。

 帝国建築法令上、砦として使用できる様に造らないといけないらしいわね。

 砦様式で建築すると、綺麗に装飾しても無骨にならざるを得ないし、貴族が利用しない建物なら、あまりお金をかけたくないからでしょうね…」


 「お姉様、詳しいですのね…」

 「法律と世界情勢の授業を取ってるからね。ほら、逆に低い建物は聖教国の建物みたいに装飾の豪華な物も多いわよ」


 この国の成り立ち自体は聖教国と同じ位に古い。

 科学技術も建築技術も進んでいるし、文化も成熟している。

 魔導科学に関しては、数年前までは聖教国より進んでいた。


 宗教も女神マイアを中心としたマイア教。

 聖教国から輸入している化学肥料により、食料も豊富。

 北端都市や西側の黒の森隣接領地で、常時発生する魔物を狩る事で手に入る魔石を各国に輸出し、大量の外貨を稼いでいる。

 魔物狩り専門の軍隊を維持する費用を賄って利益が出る位に、非常に裕福な国だ。


 しかし、この国は平和的統治の問題でいつも揉めている。


 国の上層部では大公家統治にことごとく反発する侯爵や伯爵連中を抑え込まないといけないし、同じ大公家内ですら肉親同士の骨肉の争いはよくある事。


 外国との関係でも、ハダシュト王国とは侃々諤々(かんかんがくがく)しているし、南に隣接するハシュマリム教国のスパイが捕まる事も日常茶飯事。


 その為に、『平和』とは少し距離を置いている国だ。



 聖教国の様に、教皇が絶対君主でその下に国王が居る体制だと、宗教体系が崩れない限り国王は飾りだ。


 教皇は世襲は出来ない。

 教皇という身分自体も宗教法上(建前は)平民でも成れる。

 教皇は常に民衆に寄り添う(てい)をとる。

 国民のほぼ全てがマイア教信者。

 だから、民衆の不満もそれ程溜まらない。


 …教皇の選出は高位貴族達で占められた枢機卿か司教の中から選ばれるので、貴族支配の構造は変わってはいないのだが。



 対してこの国は、各地域を支配する公爵・侯爵・伯爵家の中から国の支配者を決めてきた。


 強い軍隊を利用して支配者に成った貴族家。

 多くの資産を利用して支配者に成った貴族家。

 高位貴族達の強い繋がりを利用して支配者に成った貴族家。

 聖教国との強い繋がりのみを利用して、多くの信者の助けを受けて支配者になった貴族家。


 強い軍隊を所持し独裁を極めた貴族家は、資金難からの軍隊の反乱で崩壊した。

 資金の流れを操作し独占し、独裁を極めた貴族家は、他の貴族達の一斉離反により孤立して崩壊した。

 貴族間のコネクションを利用して国を支配した貴族家は、派閥間の争いの激化により、内部崩壊した。


 バラバラになった国を、聖教国の援助により纏め上げたレヴォーグ大公家が現在の支配者となっている。


 当時のレヴォーグ公爵は、強い軍隊も、多くの資金も、強力な味方にも恵まれていなかった。

 派閥も中立でどちらにも加担していなかったが、逆に言うと、どちらからも必要とされていなかった。

 持っていたのは、古くから維持してきた高い身分と教皇との個人的な繋がりのみ。

 貴族達の争いで国が荒れてどうしようも無くなり、レヴォーグ公爵は最期の頼みとして教皇に助けを求めた。

 自国の統治に他国の力を借りるのは不本意ではあったが、背に腹は代えられない状況にまで追い込まれていたからだ。


 教皇の一声で、帝国内の信者がレヴォーグ家に協力した。


 各貴族家内で働く信者達が、各商家で働く信者達が、各地域に根を張る部族の信者達が、各貴族の無用な争いを鎮めた。

 各家の頭同士が喧嘩をしようとしても、手足が一切動かなければ何も出来ない。

 結果、レヴォーグ公爵は大公を名乗り、王帝となった。


 テイルベリ帝国の支配者が皇帝を名乗らないのは、教皇と信者達が禁止しているから。


 それまでの支配者達は皇帝を名乗り、聖教国を下に見ていた。

 科学技術も魔導技術も劣っている遅れた国として。


 だから支配者達は『皇帝』を名乗り『帝国』と名乗った。

 教()を超える『皇の帝(すめらぎのみかど)』だとして。

 その事をマイア教の信者達は内心苦々しく思っていた。


 教皇は、レヴォーグ家への協力の代償として、支配者の『皇帝』の自称を禁止した。

 レヴォーグ大公は、『王帝』を名乗り、『皇』の下になる事を約束し、国家法も書き換えた。

 聖教国の後ろ楯と、帝国各地に広がるマイア教信者の協力を得て、テイルベリ帝国は長い平和を実現した。


 「と、言うわけね。

 建物を砦として使う法律が未だに健在なのは、現在も地方領主の反乱や、ハシュマリムの領土侵略が度々起こるから。

 聖教国と違って、安定している国という訳ではないからね。

 聖教国と仲良くする事で、周囲の国や地方領主達への牽制にしたい思惑が、今回の学校交流会という名目の特別外交使節団にあると言う事よ」

 クラウディアの解説に、デミトリクスが拍手で応える。


 「思っていたより、内情はガタガタなのですね…。

 科学技術や文化は進んでいるのに…」

 リヘザレータが感想を漏らすと、

 「そんなガタガタなくせに、なんでハダシュト王国に手を出したのでしょうね…」

 フローレンスが、ムスッとした顔で呟いた。


 「教皇猊下も、その事ではレヴォーグ大公に警告を出しているし、リオネリウスや周囲の反応では、大公の意思では無かったらしいけれど…。実情は分からないわね…」


 コンコンコン…

 その時、馬車の壁を叩く音がした。

 御者からの、目的地到着の合図だ。


 「さて…やっと腰の痛みから解放されるわ…」

 「久しぶりにジェシカ様達に会えますわね」


 マリアンヌが口にした名前を聞いて、フローレンスが「うっ…」と呟き苦い顔をした。

 リヘザレータや他の女子生徒達も、困惑した顔になった。

 マリアンヌやマクスウェルは頭に『?』を浮かべて首を傾げた。



 「…大きいですわね…」

 フローレンスが口を開けたまま窓の外を眺めた。


 建物一棟は聖教国の有名ホテル、レギア・セプルクラムよりは小さいが、それが複数棟繋がっているので遥かに巨大なホテルとなっている。

 大きな門をくぐり、巨大な噴水のある前庭の馬車道をゆっくりと周る。

 大きく迂回する形になっている馬車道に沿って、それぞれの棟の独立した入口がある。

 その棟の一つ。

 中央にある最も立派な建物が生徒達の宿泊場所らしく、馬車はその建物の入口前で整列して停車した。

 入口の外では、支配人と従者達が整列してクラウディア達を出迎えた。

 50人近い従者の整列は、なかなかに壮観だった。


 馬車から降り立つ聖教国側の生徒達やその家族と従者達は、流石は貴族というところか、大勢の従者達の出迎えに臆する事も無く、背筋を伸ばして貴族然とした態度を保っていた。

 ただ、平民である料理人や下男達は、ビクビクしながら主人達の後ろで目立たない様に縮こまっていた。


 出迎えの整列の中から支配人が一歩前に出て、ビシッと背筋を伸ばして口を開いた。


 「当ホテルへ、ようこそいらっしゃいました。

 従者一同、皆様を歓迎致します」


 落ち着いた声音だがよく通る声で挨拶し、深々と頭を下げた。



 

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