◆4-23 エインセル
第三者視点
フローレンスのヴァネッサに対する堂々とした宣言後、馬車の中は休憩前のギスギスした空気が無くなり、和やかな雰囲気となった。
お陰で、全ての馬車から姦しいお喋りが響いた。
御者も、心持ち軽く馬を操作出来るようになり、馬も緊張感が緩んだのか少しスピードが上がった。
少しだけ席替えが行われ、一番前にクラウディアとデミトリクスが座り、向かいの席にヴァネッサとフローレンスが仲良く座った。
そのすぐ後ろをリヘザレータと友人達が並んで座り、一番後ろにマクスウェルとマリアンヌが座った。
「無口組は端に追いやられたか…」
クラウディアは、周りに聞こえない様に呟いた。
クラウディアとデミトリクスは相変わらずほとんど喋らないが、ヴァネッサを中心とした女の子達のお喋りで、馬車の中に花が咲いた。
ヴァネッサ自身も元々人恋しい性格だったので、フローレンスが友好的になり話を振ると、リヘザレータやその友人達ともすぐに仲良くなった。
「ヴァネッサ様の事を、噂だけを元に怖がっておりました。
謝罪致しますわ…」
リヘザレータ達は申し訳無さそうに眉尻を下げた。
意外な事に、マクスウェルも結構お喋り好きだった様で、女の子達の中に臆すること無く入って行った。
「我が妹は小さい頃から才女と名高く、道を通れば皆が振り返り、頬を染めながら噂をし…」
「お!お!…お兄様!?お…おぁやや…」
「幼児の頃より整ったその容貌は領内はもとより、近隣の…」
「おやめ下さい!」
「しかし残念な事に極度の人見知りの為、何度も過呼吸を起こしては倒れてしまい、病弱な令嬢という通称が…」
「やめて〜!やめろー!ばかー!」
…ただ、話の内容は妹の自慢話ばかりだった。
マリアンヌは耳まで真っ赤にしながら、マクスウェルを何度も叩いていた。
皆が楽しくお喋りしていると、突然、馬車全体が大きく跳ねた。
街道に落ちていた小石を、勢い良く踏んでしまったらしい。
この高級馬車には金属コイルスプリングによる防振機構がついている。
普段は、この防振機構のお陰で振動は小さく抑えられる。
しかし稀に、道が荒れ過ぎていると小さな振動が逆に大きくなる事がある。
「びっくりしましたわ…」
「舌を噛みそうになりました…」
「お嬢様方、大丈夫ですか?」
馬車が止まり、外から御者の慌てた声がした。
「問題無いわ。行って」
クラウディアが応えると、御者はホッとしたように返事をして、再び馬車を走らせた。
「デミトリクス様、大丈夫でしたか?」
フローレンスが尋ねると、デミトリクスの所から、
「何よ!何よ!頭を打ったわ!
真っ暗じゃないの!ここは何処よ!」
と、少女の甲高い声が聞こえた。
皆はギョッとしてデミトリクスを見た。
デミトリクスはクラウディアを見た。
クラウディアが自分の腰のポケットのボタンを外すと、中から小さな羽根の生えた、青い髪をした少女型の妖精が飛び出した。
「ちょっと!ココ何処よ?アンタ誰よ?ワタシをどうするつもりよ!?」
矢継ぎ早に甲高い声で質問するので、クラウディアはイラッとして苦虫を噛み潰したような顔をした。
「…五月蝿い。
私は、アンタが私達にイタズラをしたから捕まえた。
アンタを煮て食うか焼いて食うかは、アンタの態度次第よ」
クラウディアが伯爵令嬢とは思えない、静かでドスの効いた声を発したので、妖精も他の子供達も怯えて固まった。
「ちょっと…クラウ…小さい女の子を虐めるのは…」
ヴァネッサが窘める。
「そそそ…そーよ、そーよ!小さな可愛い女の子を虐めるのはニンゲンとしてドーカと思うわよ!」
妖精は、ヴァネッサの陰に隠れてクラウディアに威嚇した。
「そういう言い回しが出来る時点で、結構な歳だと分かるのよ?」
「結構な歳とはシツレイなニンゲンね!
これでもまだ二百年も生きてない美少女なのよ!えい!」
妖精が掛け声をかけると、いきなり馬車の中が街中の雑踏に変わった。
皆はギョッとして周囲を見渡した。
周囲を歩く人々は、突然道の真ん中に現れ座り込んでいる子供達を見て驚愕していた。
「何!?この子達!いきなり現れたわよ!」
「さっき迄居なかったよな!?」
「こんな綺麗なべべ着た子供達、居ればすぐ分かる!」
街の人達がザワつく。
「え!?何?なんで街に!?」
「何処ここ?馬車は?」
令嬢達も何が起きたか分からず、皆で顔を見合わせた。
街の人々がザワザワとしながら子供達を取り囲む。
子供達を中心にして大人達が見ている中、子供達はワタワタしながら、どうにか貴族としての体裁を整えようとしていた。
フローレンスが立ち上がって、背筋を伸ばして何を話そうか考えていたら、ヴァネッサが手を引っ張った。
「な…なんですの?」
フローレンスが、ヴァネッサに聞くと、
「いきなりどうしたの?馬車の中で立ち上がると危ないよ?」
と、ヴァネッサが返した。
クラウディアが、野次馬の人々の中に居た1人の男の首をいきなり掴み、ギュッと絞め上げた。
「キャー!」
男の口から少女の悲鳴が発せられた。
その途端、周囲の街の風景や集まった人々が揺らいで、形を崩した。
首を掴まれた男は消え去り、身体を拘束された妖精がクラウディアの手から顔だけ出して叫んでいた。
周囲の風景は、再び馬車の中に戻っていた。
「全く懲りてないわね。
よし!首をへし折ろう!」
「キャー!妖精ゴロシ!美少女ゴロシー!」
「待って、待って、一体どうしたの?」
ヴァネッサが、間一髪で止めに入った。
クラウディアの手に噛みついて抜け出した妖精は、ヴァネッサの髪の中に滑り込んだ。
「ヴァネッサ様…何ともありませんの?」
リヘザレータが尋ねると、ヴァネッサは首を傾げた。
「そ、そーよ、そーよ!何でアンタには効かないのよ!?」
「何でと言われても、何の事…?」
「…ヴァネッサは目が見えないから幻覚は効かないわよ」
見たもの全て、少女妖精の幻覚だったとクラウディアが解説した。
「あれが…幻覚?」
「肌の質感は生きている人間にしか見えませんでしたわ」
「喋り方まで本物としか…」
リヘザレータ達は興奮しながら感想を述べていた。
「聞こえた様に勘違いしたのよ。目と脳がね。
しかし、あの幻覚の中の人々の自然な動き…アンタ、かなり人間を研究している様ね」
「えへへ~。凄いっしょ?
私は色々な所でニンゲン達の事を研究しているのさ〜。
街に潜り込んですぐ隣を飛んでるのに、ニンゲン達は鈍くてトロくさいから全然私に気付かないのよ!
私の周りなら、指定したニンゲンにだけ幻覚を見せる事も出来るのよ!有能でしょ!」
胸を反らし自慢しながら馬車の中を飛び回る。
「凄いけれど、人間に害のある妖精なら処分しておかないとね」
「キャー!サツジンキー!…アンタみたいな奴をサツジンキって言うのよね?合ってる?」
「アンタみたいな奴を快楽犯と言うのかしら?痛くしないから、降りてらっしゃい」
「ウソツキの目をしてるー!信じられるか!」
妖精はクラウディアの手の届かない場所を逃げ回る。
「待って、クラウディア!可哀想じゃない!」
ヴァネッサが珍しく声を荒げた。
「そーよ!可哀想よ!そして私は可愛いのよ!」
そう言いながら、再びヴァネッサの髪の中に潜り込んだ。
「ん…?クンクン…。アンタ…随分と美味しい魔素しているじゃないの。
ワタシはエインセル!アンタはヴァネッサだっけ?
ワタシをあの悪魔みたいな奴から助けてくれるなら、御礼にワタシがアンタを護ってあげるわ!」
「えっ?」
ヴァネッサは驚いて声を上げた。
「遠慮しなくていいわ!代わりに1日5食…いや6食…魔素をいただくわ!」
「そんな…勝手に…」
「はぁ……ヴァネッサ、それの飼育を宜しく…」
クラウディアは、ヴァネッサにエインセルを押し付けた。
「クラウが拾って来たんじゃない…」
ヴァネッサは泣きそうになりながら呟いた。
ヴァネッサは、助けを求める様にフローレンス達を見たが、幻覚を見せられた子達は、そんなモノいらない、と無言で言って一斉に顔を逸らした。
「デミ…」
ヴァネッサが助けを求める様にデミトリクスを見ると、
「ヴァネッサは妖精の加護を受けられるのか…。凄いね…おめでとう」
ヴァネッサは褒めて欲しいのだろうと考えたデミトリクスは、淡々と感想と祝福を述べた。
「うっ…。あ、ありがとう…」
彼が心から凄いと思って自分の事を祝福してくれている事が分かるので、ヴァネッサはもう何も言えなくなってしまった。
「そーよ!妖精の加護を得られるニンゲンなんて、アンタが初めてじゃないかしら?
感謝感激して、ワタシを崇め奉りなさい!」
ウザ…
皆がヴァネッサとエインセルから目を逸らし、二人を仲間外れにしてお喋りを再開した。
マクスウェルとマリアンヌまでヴァネッサから目を逸らし、女の子達に混ざって楽しそうに話し始めた。
クラウディアは溜息をついて窓の外を黙って眺めていた。
涙目のヴァネッサを見て、嬉しくて泣いていると思ったデミトリクスは、彼女とエインセルを淡々と褒める。
褒められたエインセルは更に気を良くして、ヴァネッサの頭の上で自分の自慢話を始める。
それを頷きながら聞くデミトリクス。
ヴァネッサは、自分の頭の上で五月蝿く騒ぐエインセルを払い落とす事も出来ず、鬱々としながら涙目で俯いていた。
エインセル




