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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
116/287

◆4-22 己の価値

フローレンス視点




 食事の後、クラウディアとデミトリクスは調理に使ったナイフと調理用の板を洗いに行った。


 皆が彼女達の残した魚を取り合っている中、私は二人の後を追った。

 どうしても今言わなければ、謝らなければならないと思ってしまったから。

 素直な自分になっている今の内にやっておかないと、機を逃すと感じてしまったから。


 クラウディア達が小川の水で道具と手を洗っているのを見つけて、私は二人の隣に同じ様に座った。


 「先程は…ありがとうございます。

 あの時、私は道に迷ってましたの。…それをヴァネッサ様に助けて頂いて…」


 …恋敵であるヴァネッサ様に自分の失態を庇って貰った事を…いつもなら絶対に認めないのに…。今言っておかないといけない気がする…。


 「それと…あの、せっかくの旅行…私の我儘で空気を悪くしてごめんなさい…」


 私は小声で彼女達に謝った。

 何故か今迄、頑張っても出せなかった謝罪と感謝の言葉がすらすらと出てくる。

 胸のつかえが取れたような、清々しい気分。



 「ヴァネッサは恋敵であろうとも、誰かを放置して見殺しに出来るような娘じゃないからね…」

 クラウディアは、ナイフの刃と使った串に粉石鹸の入った小袋を擦り付けながら話し出した。


 「あの娘、貴女の前では強がったり挑発したりしている様だけれどね…。凄く臆病な娘なのよ。

 今回の貴女の計画を知って、アルドレダ先生に泣きついたらしいわね。

 高位貴族の身分もプライドも捨てて、先生の腰にしがみついて泣きべそかいて…。面白いでしょ?

 …だから、あまり虐めないでね」


 「…そうですわね。人の噂はあてになりませんわね…」


 私は、私を助けてくれたヴァネッサの行為を思い出して、これ迄の自分のやった事と比べて恥ずかしくなった。


 「それと私、クラウディア様達にも酷い嫌がらせを…」

 私は、彼女達の悪い噂を流した事を白状して謝罪した。


 クラウディアは首を傾げて「噂?」と呟いた。

 「ああ…そういえばマリアンヌが何か怒ってたわね…。

 私の悪口がどうのこうのと…」


 「貴族なのに、人の噂や評価が気にならないのですか!?」

 私は、彼女が自分の評価に対して無頓着な事に驚いた。


 「他人は他人。私は私でしょ?

 他人の噂も評価も私には何の意味も無いわ。

 私の本当の価値は私が決めるのよ」

 貴女も『人の噂はあてにならない』と、今言ったばかりじゃないの、と続けた。


 私は驚き、目を丸くした。


 「私はお父様やお母様から、貴族は他人の評価が全て…と、教わって参りました。

 洗礼式でも、お披露目でも失態は許されません。

 最高の学校に入り、良い成績を取る。

 身分の高い者達と付き合い、身分の低い者とは縁を切れ。

 自分の派閥を作れ。

 将来有望な伴侶を探して、我が家の利となれ。

 他者の評価が良ければ皆から敬われ、悪ければ排除される。

 人は、他人の評価を聞いて、私達の価値を測るのだ。

 中身がいかに聖人だろうが、他人から見えない物には価値はない。

 その様に教えられました…。

 そうではないと言われると…私は、何を基準に考えれば良いのかが分からないのです…」


 私は、これ迄積み上げた『価値観』を崩された気がした。


 「あれ?リヘザレータ様は…確か下位貴族じゃなかった?」

 「…あの娘は、私の大切な親友です。あの娘の友達も。確かにお父様達からは、付き合う意味はないと…言われましたけれど…」


 クラウディアは、フッと笑った。

 「ほら、身分の価値なんてその程度の物よ」


 「そんな『程度』なんて、言わないで!」

 私は思わず声を荒げてしまった。


 「ごめんなさいね。私は貴女を否定した訳ではないの。

 『身分』は貴族なら大切にするものよね。それは正しい。

 生まれ持った『身分』も『家名』も、他者の『評価』も間違い無く価値のある物よ」

 クラウディアは洗う手を止めて、何処か遠くを見つめながら話した。


 「それと同じ様に、生まれ持った『魔力の強さ』に価値をおく人も居る」

 私の事を似非貴族とか言う奴等がそれね…と呟く。


 「親から受け継いだ『頭脳』や『体格』、教わった『技術』、さっき貴女が言った『人脈』や『経歴』に価値を感じる人も居る。つまり、人それぞれ。

 私は、私の評判に価値を感じないだけなのよ」


 私は、学校には身分が低くても特定の分野には才能を発揮して、先生から特別扱いされている子が居る事を思い出した。

 周囲の娘達が、身分が低いからという理由でその子を虐めていたのを見た。

 私も、身分が低いのだから目立つ方が悪いのだ…と思ってた。


 私は、その時の自分を婉曲に非難されている気がして…クラウディアの事を、少し憎く感じてしまった。


 「…それなら、クラウディア様やデミトリクス様の基準としている価値とは、一体何ですか?

 私にも参考に出来る物ですか?」


 …綺麗事言ってないで、示してみなさいよ…。


 そんな事を考えてしまっている自分に気付いて、口に出した事を後悔した。

 しかし、彼女は気にも止めず、事も無げに話してくれた。


 「そうね…他人に理解出来る様な『見える物』ではないから、何て説明すれば良いのかしらね?

 …自分の『成すべき事』を理解し、そこへ向かう意思を忘れない。諦めない事。そして、その為に必要な『力』を身に付ける事。これ迄積み上げた知識や技術。

 それが、私にとっての『価値』であり、それを身に着けて来たこれ迄の自分自身が『価値の塊』。

 価値の重点が自分本位だから、知らない他人の入る余地が無いのよ」


 私には内容が抽象的過ぎて、よく分からなかった。

 煙に巻かれている様に感じた。

 理解出来なかった事が、少し悔しかった。

 苛々して、つい、彼女に訊きたいと思っていた事を直接言ってしまった。


 「なら何故、ヴァネッサ様と一緒にいらっしゃるのです?

 皆様本当は、彼女が侯爵家だから、『身分』の力が欲しいから彼女の派閥に入ってらっしゃるのではないのですか?

 侯爵家派閥に価値があるから、その一員である自分に価値があると思うから、一緒に居るのでは無いのですか?」


 言った後で、酷く嫌味な言い方になってしまった…と再び後悔した。


 クラウディアは、派閥?と怪訝な顔をした。

 そして、ああ…と呟き、クスッと笑った。


 「確かに貴族にとっては有力派閥に属する事も『価値』よね。頭となる貴族の力が強ければ強い程、他者には強烈な『価値』に見えるでしょうね…。

 でもね、私達には派閥なんて無いのよ。

 今迄ヴァネッサは、一度も派閥を作るなんて言った事は無いわ。自身の身分を振りかざした事も、それを利用した事もね…」


 「え…?でも、ジェシカ様がヴァネッサ様との先約があると言っては、私達だけでなく他の子達からの誘いも断って…」


 「ジェシカが…? ああ…そういう事…。

 あの娘は、面倒臭い事があると、ヴァネッサや私に押し付けるのよ。

 ヴァネッサの名前を出せば、面倒臭い勧誘や付き合いを避けられると考えたのね。侯爵家の名を利用しただけよ」


 「だ…男爵家が…?

 帝国の男爵家が、聖教国の侯爵家の名を利用…?

 理由が面倒臭いから…?」


 「あの娘は最強であり、天才だからね。無敵なのよ。

 たとえ教皇でも、あの娘は御せないわよ」

 クラウディアがクスクスと笑う。


 私は意味が解らなかった。頑張って理解しようと努力したが、やはり解らなかった………。

 私は、私の中の価値観が崩れ落ちる音を聞いた気がした。



 クラウディアは真面目な顔になり、ヴァネッサの事を教えてくれた。


 彼女は、侯爵家令嬢という自分の身分そのものに価値を感じてない。

 それどころか、自分自身に価値があるとは考えてない。

 自分は侯爵家のお荷物だと卑下している。

 障碍のせいか今迄の経験のせいか、それは分からないけれど…。


 だからこそ、貪欲なのだ。


 デミトリクスに愛される自分、認められる自分。

 そこに自分の価値を据えているから。

 彼女は、その為の努力ならいくらでも出来る。

 何もかも捨てて、アルドレダ先生に泣きつく事も躊躇(ためら)わない。


 「もし本当に彼女に勝ちたいなら、身分や派閥を超えた所にある『自分自身』という『価値』で勝負すると良いわ」


 私は目から鱗が落ちた。

 彼女の強さは、私とは別の処にあったのだと理解した。

 私より上の身分なのに、それを利用しようとしない彼女の心に尊敬の念を感じてしまった。


 デミトリクスを見ると、姉の言う通りだと言わんばかりに、コクリと頷いた。


 「ありがとう存じます。酷い考え違いをしていた様です。

 私、彼女との接し方を改めて考え直します。

 お話しして下さって感謝致しますわ」


 私は決心した。




◆◆◆




 私はクラウディア達と別れると、ヴァネッサのテーブルの所へ歩いていった。

 出来るだけ堂々と。正面から戦いを挑む決心を携えて。


 私がヴァネッサの前に行くと、私とヴァネッサの確執を知っている周囲の女生徒達は、一体何が起きるのだろうと緊張しながら見守っていた。


 私はヴァネッサに向けて頭を下げた。

 フローレンス派閥の子達は、信じられない物を見たと言わんばかりに口元を抑えた。


 「ヴァネッサ様、申し訳ありませんでした。

 これ迄の無礼を謝罪致しますわ」


 私が周囲に聞こえる声で謝罪したので、大人達は、何故私が謝罪しているのかが分からずに唖然として固まった。

 子供達は逆に、言っている意味が解って固まった。


 ヴァネッサは突然の公開謝罪に驚いて、口をパクパクさせていた。

 すぐに皆に注目されている事に気付き、慌てて「ちょっと、ちょっと、どうしたの?」と言って、ワタワタとしだした。


 そのすぐ後に、私はすっと背筋を伸ばし、彼女をじっと見つめた。


 「これまでの謝罪はいたしますけれど、これからの謝罪はいたしませんわ。貴女は私のライバルである事に変わりはありませんから。

 私は、デミトリクス様の横に立つ事は諦めません!

 身分は関係ありません。派閥の力も借りません。

 貴女と同じ舞台で、正々堂々と勝負致しますわ!」

 大きな声で、わざと周囲に聞こえる様に宣言した。

 そして、右手を差出した。


 伯爵家が侯爵家に喧嘩を売っている様に見えたのか、フローレンスの家族と使用人達が、泡を食っている。


 ヴァネッサは、私の言っている意味を即座に理解して顔を引き締めた。

 「私は負ける気も諦める気も、更々ありませんわ。」

 彼女も宣言して、私と握手をした。


 「今は()()()()先を行かれておりますが、すぐに追い付いて見せますわ!」

 そう言って、私は手に力を込める。


 「追いつく気が失せるくらいに、引き離して見せますわ!」

 そう言って、彼女も手に力を込める。


 周囲は、どの様に反応すれば良いのか分からず顔を見合わせていた。


 クラウディアだけが二人に拍手を送りながら、

 「美少女達に争奪戦をされるデミちゃん。流石!私の可愛い弟」

 と、一人だけズレた事で喜んでいた。


 デミトリクスは、二人が何をしているのかが良く分ってなかったらしく、腕を組んで首を傾げていた。




 

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