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神代の魔導具士 豊穣の女神  作者: 黒猫ミー助
ソルガ原書
106/287

◆4-12 食堂で英雄譚を広めるお仕事

第三者視点




 翌日、クラウディアは明け方に教会を発ち、夕刻前には首都に辿り着いた。

 パックを除いたルーナ達を自分達の部屋に呼び、エレノアとメンダクスの話し合いの内容を、ジェシカ、ルーナ、サリーに説明した。

 そして今後、学校行事として生徒達が帝国に行くイベントが開始されると告げた。


 「また…クラウの思いつきが大事に発展するのね…」

 「何時もの事です。諦めましょう、お嬢様」

 「せっかくだから、私はガーランド?ガーラント…だったかな?

 叔父さんに会いに行って、父ちゃんの子供の頃の話を聞いてきたいわ」


 クラウディアは少し不服そうに言い訳をした。

 「私は、ちょっと大きな外交行事になれば、晩餐会中はちょっと王宮を彷徨(うろつ)いても誰にも気付かれず、ちょっと王宮図書館にでも潜り込んで、ちょっと知識を補完しようとしただけなのよ?

 ついでに稀少本や魔導具本があったら、ちょっとだけお借りしたいな…と考えていただけよ?

 仕事を押し付けられて、一番目立つ場所に押し上げられる事になるなんて…疲れる晩餐会なんて出たくないわ…」


 「知ってる?返さない前提の場合、借りるとは言わないのよ?」

 ジェシカが冷静に突っ込みを入れる。


 「杞憂かも知れないけれど…かなり危ない立ち位置じゃないの?

 反王国派の貴族達から、言い掛かりついでに暗殺者を投げ込まれて来そうなんだけど…?」

 ルーナは頬に手を当てて心配事を口にした。


 「護衛として、あの蛇女を付けるという位なのだから…。

 メンダクスとか呼ばれている変態さんも、この娘の身は案じているのでしょう。

 もし私なら、暗殺対象の周囲にアレが居たら命令無視して逃げ出すわね。

 実行に移すのは、大した経験もない連中くらいね。

 クラウなら余裕で返り討ち出来るわ」


 「ジェシカでも、セルペンスには勝てないと…?」

 クラウディアが尋ねると、

 「自分が死ぬ姿しか想像が出来なかったわ」

 負ける事の悔しさも何も無く、淡々と事実として答えた。


 「アレと対峙する奴は不幸ね。

 手練れなら、生きて逃げ切れるかも…って位に強いわよ。

 あれ、人間じゃないでしょ?

 アゴラ達や父ちゃんとは別のベクトルの強さね。

 破壊される恐怖ではなくて、丸呑みされる恐怖…かな?

 気付いたら、拷問椅子に座らされていたっていう経験を味わえるんじゃないかな?

 それを使役するメンダクスとか言う奴も、恐らくは化け物よね…」


 「味方である事に感謝ね…あの性格を除けば…」

 クラウディアは無意識に頬を触った。

 セルペンスに頬を舐められた時の事を思い出し、鳥肌を立てて震えた。


 「エレノア様やノーラは普通に接していたけどね…。

 ああ…二人とも化け物だったわ。

 おや?オマリー様も素手で魔物を縊り殺す化け物じゃない?

 あれ?エレノア様の周囲って化け物しか居なくない?

 マトモなの私だけ!?」


 「「アンタ達姉弟も十分化け物だからね?自覚しようね?」」

 ルーナとジェシカの言葉が被った。


 「ところで、ヴァネッサ達には説明しないの?」

 ルーナは、マリアンヌとヴァネッサがこの場に居ない事が気になった様だ。


 クラウディアは腕組みをしながら理由を話した。


 先日のリオネリウスの依頼内容からして、レヴォーグ大公家の晩餐会にルーナとジェシカは絶対参加だとは考えられる。

 メンダクスの計画からしても、クラウディアかデミトリクスの参加も決定だろう。

 帝国王帝と王国貴族の間をエレノアが仲介して、仲良しアピールさせようとする可能性が考えられる。

 そうでなくとも、何かしらの進展があった様に見せる計画だろう。


 しかしヴァネッサは、晩餐会の出席を拒否される可能性が高い。

 帝国派閥の貴族を表立って拒否はしないだろうけれど、遠回しに忌避されるだろう。

 ならば、裏方に回されるだろうが、どの様な役目を与えられるかはエレノア次第となる。

 どの様な情報を与えるか、若しくは与えないかは、エレノアが決めるだろう。


 …何より、ヴァネッサはセルペンス(ルティアンナ)を怖がっている。

 セルペンスが行く事を事前に知ったら、学校交流会から逃げ出す可能性が高い。

 現地でエレノアの判断を仰ぐまでは、騙してでも同行させないといけない。


 そして、帝国の晩餐会に王国の下位貴族であるマリアンヌの出番は無いだろう。

 あるとすれば、ヴァネッサと同じく裏方になるだろう。

 ついでに、セルペンスの正体を知らせるのは出来るだけ後回しにしたい…という本音もある。


 「ならば、パックにも知らせない方が良いですね」

 サリーが、パックをどうやって騙すかをルーナと相談し始めた。


 「だから、事情説明はその時でいいかな…

 どうやって、穏便にあの化け物を紹介出来るかしら…」

 「ヴァネッサは、セルペンスが私達と同じ『笛』だと理解はしているよね?

 でも、全然遭わないのをいい事に、意図的に記憶から外しているのかしら?

 もし、その事を自覚したら、どんな行動にでるのかな…?」

 「面倒臭い事は二人に任せる!」

 「お嬢様の判断に従います…拘束する際はお任せ下さいませ」

 3人+1人が寄っても良い智慧は出なかった。

 文殊菩薩は裸足で逃げ出した。


 「恐らく、明日から学校側は準備に入るわよね。

 話合いと通知と許可取り、帝国側の準備…諸々上手くいっても…、ええと…早くて…ひと月は掛かるわよね?」

 ルーナが日数を指折り数える。


 「そうね…。

 私はその間に、色々と準備をしておこうかと思うのよ。

 だから、発表されたら暫く学校を留守にする予定よ」

 クラウディアも企み事を指折り数える。


 「また一人で隠し事?」

 ジェシカが拗ねる。


 「私は秘密の多い女なのよ。

 ジェシカは大好きなお父ちゃんと、帝国のイベントでの立ち回りについて相談しておきなさい。」


 『お父ちゃん』の言葉が出た途端に、ジェシカは表情を一変させて、嬉しそうにベッドの上を飛び跳ねた。


 「私は?準備はどうしよう?」

 「ルーナは、まずロッドフェル侯爵と相談しなさい。

 娘に頼られなくて、寂しがってたわよ…」

 「クラウは、いつの間にお父様と知り合いになってたの…」

 「ヒミツ♪」

 「…まずは、サリーと相談してみる…」「…お嬢様…」


 4人は、今後の予定を話し合って、夜が更ける前に解散した。




◆◆◆




 翌日には、朝早くからリオネリウスがホウエン校長先生に呼び出されたと、噂が流れて来た。


 「リオネリウス…何かやったな…」

 「遠征討伐作戦の時のアレかな…?アレは流石にやり過ぎだとは思ったよ…」

 「いや…村での傍若無人な態度じゃないか?きっと、村人から苦情が入ったんだよ…」

 「もしかして、カーティ教授の一件かも?」

 「とうとうやったか…。アイツ…あの奇人教授を殴ったか?」

 食堂では、マクスウェルとイルルカがコソコソと話している。

 その横でマリアンヌは、王子様に対して随分と気の置けない関係なんだなぁ、と感心して聞いていた。


 そんな中に、ブスッとした顔のリオネリウスが食堂にズカズカと入って来て、デミトリクスの横にドカッと乱暴に腰を下ろした。


 「また…問題起こしたの…?」

 デミトリクスが食事をしながら聞くと、

 「お前…何も聞いてねえのか…?」

 リオネリウスは意外だという態度で聞いた。

 「?」

 デミトリクスが首を傾げた。


 「後でクラウディアから聞いておけ。

 ハァ…確かに成果としては大きいが、予定が思いっきり狂った…。こっちには拒否権ねぇじゃねぇか…。まさかエレノア司教の力がここ迄とは…それを動かせるクラウディアも…」


 リオネリウスは、ブツブツと不満を漏らしていた。

 ヴァネッサをチラリと横目で見ながら、デミトリクスの食事をつまみ食いする。


 「あっ…!こら!」

 デミトリクスの反対側でそれを視ていたヴァネッサは、ムッとして立ち上がり、二人の間に椅子を持って割り込んだ。


 漆黒の髪の美少年を、美形王子様と美男子風美少女が奪い合う光景を、まるで尊い物を見るかの様に多くの女生徒達が頬を染めながら眺めていた。

 茶会室や廊下の窓にも女生徒達の顔が貼り付く。



 「あ、呼び出され王子じゃない。何してるの?」

 女生徒達の藪を掻き分けながら、ジェシカとルーナ達がやって来た。


 「ああ…お前のお友達のおかげで、英雄オマリー様は出席を快諾してくれた。家族枠としてお前も来るんだよな?」

 「父ちゃんが行く所なら、どこでも行くよー」


 ジェシカが軽く応えていると、マクスウェルが、英雄…?なんの事だ?と、訊いてきた。

 イルルカは、カーティ教授の部屋での話を思い出した。


 「まだ、それ程広まってないのか?」

 リオネリウスがジェシカに尋ねる。

 「どうなんだろ…?まだ、高位貴族にしか広まってないのかも…」


 「…オマリー様には帝国を代表して俺が礼を言っていたと伝えてくれ。出席の事と退治の事、両方のな。

 マクスウェル、英雄譚はジェシカに聞くといい。

 情報の収集が遅いと他の貴族達に馬鹿にされるぞ」

 周囲に聞こえる様に言うと、リオネリウスは足早に食堂を出て行った。


 リオネリウスが退室した後で、マクスウェルだけでなく周囲の下位貴族達も集まって来た。

 皆、興味津津(しんしん)でジェシカの話を待っていた。


 「まぁ…皆様、私のお父様のご活躍をお聞きになりたいのですね?」

 慣れない言葉遣いで、ジェシカは父親自慢を始めた。


 勿論、『トゥーバ・アポストロ』の件は一切絡ませず、アルドレダやクラウディア達によって創り上げられた、加工された話であった。

 オマリーの化け物の様な力業などは隠して、知識と技と魔導具と罠を使い、たった一人で、『一匹』の『ボガーダンの獣』を退治した話となっていた。

 なので、ほぼ完全に嘘の話になっていた。



 パエストゥム地方の主要貿易路を塞ぐ魔獣に困り果てた教皇猊下。

 司教以上の関係者達の集まりの席で、ポツリと愚痴る。

 『魔狼が貿易路を封鎖して、もう何年になる?

 誰か解決に導く者は居ないのだろうか?』

 そこで手を挙げるエレノア司教。

 自身の部下の有能さを喧伝して、『その仕事、私の部下が解決致しましょう』と大見得をきった。


 ジェシカは、オマリーの事をかなり美化して表現した。

 オマリーは、『人間離れした力』ではなく、『人間離れした知能』と『素晴らしい魔道銃の腕前』を持った英雄として表現されていた。


 『ボガーダンの獣』は、口から火と毒を吐く、巨大で凶悪な魔獣だったと表現されていた。

 勿論、ドゥーム・フェンリルの種族名も隠されていた。


 英雄オマリーは、(あらかじ)め魔狼の出現場所と行動パターンを調べ上げ、ミランドラ卿の協力の下、特別製の専用罠を創り上げた。

 そして、生態を調べ上げて、(おび)き出した。


 英雄オマリーと魔狼の戦いが始まった。

 オマリーの八艘飛(はっそうと)びに対する、魔狼の毒の息に火炎の息。

 周囲を炎、中を毒。

 閉じ込められる英雄オマリー!

 観客の居ない荒野で繰り広げられる死闘!


 毒に苦しむオマリーを、追い詰めようと迫る魔狼。

 追い詰められた振りをしていた智慧(ちえ)者オマリー。

 隙を見て、ミランドラ卿の魔導具を稼働!


 魔導具の効果を嫌い、その場を飛び退く魔狼。

 着地した先には、予め設置してあったもう一つの罠が!

 上手く嵌り、魔狼は動きを止める。


 英雄オマリーは、ゆっくり近付き銃を構える。

 好敵手を讃えるように、目に涙を浮かべながら。

 魔狼は諦めた様に一声鳴く。

 オマリーは、震える手で狙いを定めてトドメの一発…。

 魔狼の亡骸を丁寧に埋葬して帰路に就いた。


 そして話の最後は、パエストゥム地方で無垢な旅人や数十人の正義の騎士達を無惨に殺した凶悪な魔狼を退治し、帝国間の主要貿易路をたった一人で回復させた英雄の誕生として、締め括られていた。


 「詳しい話をお聞かせするのは皆様が初めてですわ。是非、お友達にも教えて差し上げて下さいませ」


 真実を知っている、ルーナ、ヴァネッサ、マリアンヌは、何とも言えない顔をしながら創作話を黙って聞いていた。


 それとは対照的に、マクスウェルと他男子生徒達は目を輝かせながらジェシカの話に聴き入っていた。


 「罠を使用する事には騎士として思う所はあるが、ミランドラ卿…という方の協力があったとはいえ、たった一人でその様な恐ろしい魔獣と対峙した事は称賛に値する…。素晴らしい…」

 マクスウェルは感動に打ち震えていた。


 「獣でなくて魔獣だったのか…!騎士団じゃ勝てない訳だ」

 「魔獣なんて軍隊が動く案件じゃないか…それをたった一人で…!?」

 「僕達みたいな下位貴族が噂を拡められるなんて…これはチャンス!」

 「まだ知らない高位貴族の奴等にマウント取れるぞ!」

 …感動に打ち震えていた…?


 英雄譚に感化された生徒の中には、いきなり、特訓してくる!と言って、友人達と飛び出して行く者も居たり、オマリー様を紹介してくれ!とジェシカに詰め寄る者も居た。


 しかし一部の生徒の中には、「話を盛っているな…」と言って呆れた顔をしていたり、「聞いた話と違くないか?」と言って顔を見合わせている生徒達も居た。

 イルルカも、「魔獣だっけ…?」と言いながら首を傾げていた。


 ヴァネッサ達の表情を見て姉の創った話だと解ったデミトリクスは、無表情に傍観していた。



 食堂に居た多くの貴族の令嬢、令息達によって、創作話はまたたく間に広まり、数日後には、首都アルカディアのスラム街にまで『オマリー英雄譚』が広がっていた。


 数少ない娯楽に代わり、子供達の間では英雄オマリーごっこが流行った。

 魔獣役をやらされた子供が泣いて帰る迄がセットだった為に問題となり、一部地域ではオマリーごっこ遊びが禁止されたりした。


 『オマリー英雄譚』のおかげで、親帝国派に対する風当たりが少し弱まり、親王国派の貴族議員達の声も小さくなった。


 更に、ジェシカの演説では無かった筈の『ボガーダンの獣』を退治する知識を上司のエレノアが授けた、という追加された噂も何処からか拡まった。


 人伝に補完された情報が自然と流れて来たらしい。

 その為、オマリーだけでなく上司のエレノア、更に、その上司のヘルメス枢機卿の評判まで上がっていった。


 反帝国派の議員達も、この3人の話題が出た時だけ声のトーンを落とす様になった。

 しかし相変わらず、浸礼契約事件を持ち出す者は一定数存在し、火が鎮火しない様に定期的に薪が足された。


 「ふむ…やはり個人の成果だけだと、少し弱いですね…」

 教皇庁の執務室で部下からの報告を聞いていた赤髪の男は、ポツリと呟いた。




 

リオネリウスはヴァネッサに参加してほしくなかった。

でも学校行事となると、ヴァネッサだけを参加拒否できなくなったので不貞腐れています。

デミトリクスにちょっかい掛けるのは、八つ当たり。

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