◆4-10 クラウディアの提案
エレノア視点
「…と言うわけで、もし本人達の許可が取れたら、一緒に帝国へ向かいたいのだけれど、出来る?」
いきなり、クラウディアが北方教会区の私の所に帰って来たと思ったら、執務室の司教補佐達を人払いさせて、一方的に話し出した。
「帝国の件で、緊急で、且つ、非常に重要な話があります!」
そう言って、珍しく真剣な表情を造って。
「緊急で重要な要件を聞いてないのだけれど?」
「帝国の図書館に入って、魔導具関連の本が読めるかも知れないというのは、非常に重要な話ではないかな?」
…この娘は昔からこうだ。
洗礼式前から、異常な程の魔導具狂い。
聞いた話では、4歳の頃には魔導具を分解して、回路構造を理解しようとしていたらしい。
父親が、魔力の少ない可哀想な子だと周囲から憐れまれた娘の将来の為に、その特殊な才能を伸ばしてあげようと『神代の魔導具』に触れさせた。
その頃から異常な頭の良さを発揮して、現代の魔導学者達すら未解明の『神代の魔導具』の構造の大部分を、洗礼式前には理解してしまったらしい。
「それで、許可してくれる?くれるよね?」
「はぁ…、許可できる訳ないでしょう。
…カーティ教授やオマリーは兎も角として…」
「え…!?なんで私だけ??」
「貴女、王国貴族で聖教国の暗部よ?
帝国からしたら垂涎の宝箱兼、良質の人質じゃないの」
「暗部の事はバレない様にするから大丈夫。
そして今は王国と帝国は停戦状態でしょ?
そんな時に人質なんて取らないって」
「貴女って…時々、凄く阿呆よね…」
「む…、なんかカーティ教授扱いされた気がする」
阿呆になっているクラウディアに説明した。
現在、帝国には2人の王子が居て、お互いに牽制し合っている状態だと言う事を。
「ああ、あのクソガキ王子もそんな事言ってたわ」
「リオネリウス王子と…普段から呼ぶ様に…」
上の二人の王子達の争いばかりが目立つけれど、実はリオネリウスも、結構、嫌がらせをされている。
「嫌がらせ?」
「遠征訓練の前だけれど、毒見係が倒れて側近の一人が秘密裏に処理されたわ。
昨年末、帝国で行われた冬祭りの最中、吹き矢が飛んできた事もあったらしいわ。
帝国からこちらに来る途中でも、護衛騎士が1人行方不明になってるわね…」
「わぁ…人望あるのね。
アイツの護衛騎士見習い達が殺気立っているのは、それも原因なのかな?」
「子供達の事情は知らないけれど、側近の件はホウエンが処理したそうよ。
毒見係もグルだった様なので、事前に毒見係の食事を入れ替えておいたらしいわ。丁度良いので纏めて始末したのね。
全く、帝国の問題をウチに持ち込むなっての…」
そういう問題を抱えている王子の誘いで帝国に行ったら、何に利用されるか分かったものではない。
暗部や王国貴族という身分を隠しても、王子と同じ学校の生徒というだけで、王子の評価を下げる目的で誘拐や殺人に巻き込まれる恐れがある。
「カーティ教授やオマリー様はいいの?」
「カーティ教授が外出する際は必ず護衛がつくわ。監視も兼ねてるけれどね。それは、外国でも同じ。
オマリーなら、相手がドラゴンや魔人で無い限り、全てぶち壊して帰ってくるわよ」
「あ…成程…確かに…」
「そして、貴女1人じゃジェシカにも勝てないでしょ?」
「え…?試合で負けた事ないよ?」
「殺し合いなら?」
「う…」
この娘は天才的な頭脳と達人級の体術を持っているけれど、いざという時の『殺意』がとても弱い。
ジェシカやデミトリクスと違い、相手を見捨てる感情に切り替えることが下手だ。
…デミトリクスは、そもそも助けるという感情を持ち込まないか…制御しないと一番合理的な行動をとってしまうからね。
それに対して、ジェシカは理解していて殺す。必要ならば躊躇しない。
「ジェシカは兎も角、いざという時リオネリウス程度は簡単に見放すか殺すか出来ないと、貴女が殺されるわよ」
「あ、それは大丈夫。すぐに見捨てられる自信はあるわ」
「そう言って、貴女、ヘレナすら見捨てられないじゃない」
「う…知ってたの…?」
「貴女の周りには常に監視が付いてるのよ」
「私が気付かないなんて…。
あ…なら、その監視員に警護もしてもらえば…?」
「その監視員達は外国に出られないのよ。
勝手に外国で護衛していて、向こうの諜報員に発見されたら国際問題になっちゃうじゃない。
かと言って、身分を晒して入国する訳にはいかないわ。
カーティ教授は外国にも契約している警護がいるから、秘密裏に庇護出来る。けれど、貴女は今から用意したのでは間に合わないわ」
クラウディアは、う〜ん…、と言いながら腕組みして考え込んでしまった。
「リオネリウスは要人を招きたい…私は帝国の図書館に行きたい…だから…」ブツブツと独り言ちる。
暫く考えた後、ポンっと手を打って、顔を上げた。
「それなら、聖教国と帝国主催で、外国の学校同士の交流会にしちゃえば?」
「え?」
クラウディアは、帝国王子の招きに応じた体をとり、教皇が後見しているサンクタム・レリジオの学校行事として、聖教国生徒達と帝国の何処かの学校との交流会としてしまえば良いのでは無いか?と、提案して来た。
「大々的なイベントとして提案して、リオネリウス個人主催ではなく、聖教国と帝国の特別外交にさせてしまうのよ。
そうすれば、私達に何かあれば帝国王帝の責任になるでしょう?
リオネリウスは学校の高位貴族の生徒達を纏めてひとすくい出来てラッキー、ホウエンさんやエレノア姉ちゃんは護衛の心配が少なくなってラッキー、私は功労者として図書館に行けてラッキー♪」
私は暫くの間、思考が止まった。
コイツは何を言っているんだ…?
ただ、図書館に入って、魔導具の本が読みたいが為に?
あの狸と王帝を利用しようと…?
いや…確かに…聖教国主催の大人数での外交となれば、堂々と正規軍の護衛を付けられる。少人数だと高位貴族以外は無理だけど。
サンクタム・レリジオの貴族生徒代表として晩餐会に出れるのは、ほとんどが高位貴族。
自分の後継者候補の子供達を護る為に、正規軍が同行する事に反対する貴族は居ないだろう。
トゥーバ・アポストロだけで、秘密裏に護らなくて良いのは助かる。外国に割ける人数にも限りがあるし。
カーティ教授も英雄となったオマリーも、聖教国正規軍が堂々と護る事が出来る。私達がコソコソしなくて良い。
それに、依頼する外国の諜報員達は信用度が足りないから、そこに対してやきもきしなくて済む…。
王帝の共同開催なら、あちらも馬鹿な兄弟喧嘩に聖教国の生徒達を巻き込めないから本気で護衛するだろう…。
数人のリオネリウス王子の友人だけなら、何かあった場合に帝国は『不幸な事故』としてリオネリウスごと処理をする可能性はある。
でも、王帝の責任となれば…帝国貴族のプライドに掛けて護るだろう…。
帝国貴族コルヌアルヴァのホーエンハイム領侵略で、ハダシュト王国とは一触即発の状態が何年も続いている。
聖教国のホーエンハイム領返還要求も色々と言い訳をして引き延ばしている為、聖教国貴族のコルヌアルヴァへの心象も、すこぶる悪い。
そして帝国自体も、カニス家の浸礼契約詐欺事件で、宗教を穢されたとした教皇との間にも亀裂が入った。
今ハダシュト王国がコルヌアルヴァに侵略してきたら、聖教国はだんまりを決め込むか、下手をすれば王国に協力するだろう。
帝国王帝と溝があっても、コルヌアルヴァは帝国貴族。
王帝が指を咥えて黙って見ていれば、帝国内の嫌聖教国貴族共が反乱を起こしかねない。
王国&聖教国vs帝国の戦争になる可能性が高い。
そもそも、帝国の王帝一族レヴォーグ大公家は、過去、教皇の後ろ楯で王帝に成れた一族。
どの外国よりも、教皇との関係を重視している。
カニス家の一件以来危機感を強くした帝国王帝は、今日迄、聖教国との関係を修復する事に腐心している。
ハダシュト王国への牽制としても国内の貴族達を安心させる為にも、現王帝は聖教国との仲が良い事を周囲に見せたいと考えている。
教皇としても、今ハダシュト王国に侵攻されるのは困る。
親王国派の貴族が勢いを増していて、止めるのに苦労している。
今、戦争になれば、勝手に暴走する貴族が出るかも知れない。
だからこそ、その抑えの為に私の枢機卿推薦を容認したのだし。
中央区で人気のある『私』に親王国派への牽制と帝国派の立て直し、それをさせるのが目的。
ヘルメスは、あくまで聖教国人。帝国寄りであろうとも。
いくら枢機卿でも、帝国人や帝国派閥からすると絶対的な信頼はないから。
帝国派閥貴族達が暴走しないように監視するのも、私の任務。
お父様は、こういう時の為に私を帝国人にしたのだから。
アビーがもっと使えれば、こんな面倒臭い事しなくて済んだのだけれどね。アイツ、腹芸が苦手で騙し通せないから…。
…私に全責任が乗ってくる…疲れるわぁ…
「どう?思考は纏まった?
教皇も、今はホーエンハイム領を主戦場にはしたくないでしょ?
ヘレナの話からして『あの魔導具』が停止しているみたいね。
エレノア姉ちゃん、隠してたみたいだけど?」
こいつ…!
この短時間で、ここまで考えての提案だったの?
「狸さんも、貉さんも、何処かで大々的に『仲良しアピール』しないといけないでしょ?
でも、本人達から提案すると、国内の反対派貴族達が不信感を持つわよね?
それを回避する為にもリオネリウスを利用して、『聖教国に留学に来ている帝国王子が提案してきたのだから、私は乗り気では無いけれど、仕方無いなぁ〜』って言えるんじゃない?
子供達の交流会に水を差す大人は嫌われるからねぇ…?
反帝国派の聖教国議員達も、嫌聖教国派の帝国議員達も、子供達のイベントに目くじら立てると評判に傷つくわよねぇ…?」
クラウディアはニヤニヤしながら、悪い顔で話す。
「…あんたって、本当に性格悪くなったわよね…」
「そこは、お姉ちゃんの背中を良く見て育ったと、褒めて頂けないかしら?」
「私は、あんた程性格悪くないわ」
「一応、自覚はしてたんだ?」
「それで?どうかな?お姉ちゃん。
これなら安全面はかなり改善するんじゃないの?」
「改善はするけれど貴女は出席出来ないわよ?」
「何でさ!?」
「学校行事なら、貴女、余計に身分を偽れないじゃない。
王国貴族として出席しなければならなくなるわ」
「ぐ…」
「貴女は一応、王国のヨーク伯爵令嬢なのよ?表向きは。
学校行事なら他の生徒達の目もあるから、尚更身分偽装出来なくなるわよ?」
「あああ…」
クラウディアが膝を付いて絶望した。
…あ、面白い。いい気味だ。
「お待ち下さい。エレノア嬢。
その提案、存外面白いかも知れません」
突然、執務室の部屋の隅から声がした。




