◆4-8 魔導具に関する本
クラウディア視点
「私はミランドラ卿はエレノア司教と関係があるんじゃないかと考えている」
カーティ教授の言葉を聞いて、私は動揺した。
表情には出さなかったが。
「エレノア様と…?」
「うん。…え?エレノア『様』?」
「あっ!そうか、クラウディアは教会勤めだったよね。
エレノア司教ってクラウディアの上司だっけ?」
「え!?そうなの?」
カーティ教授が、いきなり私と顔がくっつく位の距離まで近づいてきた。
…危ない。反射的に投げ飛ばしそうになったじゃない…。
「ミランドラ卿を見た事ない?
どんな人?若い?年寄り?男?女?
エレノア司教ってどんな人?
噂通りの聖女なの?それとも実は性悪女?
美人?美人?」
矢継ぎ早に、下らない事を聞いてくる。
訂正 ✕出来る女→◯駄目なオッサン
「…確かにエレノア様は私の直接の上司ですが…、ミランドラ卿と思われる人物に心当たりはありませんよ。
そもそも、何故いきなりエレノア様の名前が出るのですか?」
「え?…だって…」
関係があると考えた理由は、先日の魔導具士ギルドの乗っ取り未遂事件が公になる少し前に、エレノア司教が魔導具士ギルドに居たギルド員達にだけ公開した『魔導ランタン』が原因だった。
その時クラウディアは、魔導具士ギルドにセルペンスを侵入させる為、邪魔な多数のギルド員達を人払いする必要があった。
そこのギルド員達を、自然な形で魔導具士ギルドから追出す為に、エレノア司教が宿泊先のホテルで『魔導ランタン』を公開し人目を惹きつけた。
「私も直接見たかった!!」
凄く悔しそうに地団駄を踏むカーティ。
『魔導ランタン』を見たギルド員から話を伝え聞いて、直接見れなかった事がとても悔しかったらしい。
あれ程、滑らかに光量が変化する灯りは見た事が無い。
抵抗器を複数付けて、魔素の回路変更時の抵抗量変化で光量を変動させたのだとしても、灯り自体は段階的な変化になるだろう。
消える寸前の暗さでも、いきなり光が消えることが無く、幻想的な薄暗さまで表現出来るのは、今迄の魔導灯の回路では出来ない機構だ。
光を発するフィラメント自体、今迄に見た事が無い物を使用している様だった。どんな素材を使えば、あの光量が出せるのか想像もつかない。
何より、あれだけの機構を備えているのに、手持ちで運べる大きさと軽さ。
魔石に少量の魔力を充填するだけで長時間稼働する燃費の良さ。
どれもこれも、信じられない様な革新的な技術ばかりだった!!
「話していたギルド員が説明してくれた言葉そのままだよ…。
ああ!何故私を呼んで下さらなかったの!?エレノア様!」
凄く悔しそうに机を叩いた。
…呼ばなくて正解。
良かった…あの時コイツがギルドに居なくて…。
「あの…それだけだと、エレノア様とミランドラ卿を結び付ける理由にはならないと思うのですが…?」
私がそう言うと、項垂れて机に突っ伏していたカーティ教授がガバっと起き上がった。
「そんな事はない!!
ミランドラ卿は、初めて帝国よりも性能も品質も遥かに良い、いや!全く!素材も考え方も完全に別物!と言うべき素晴らしい魔素半導体や魔素抵抗器を開発した御仁だ。
魔導ランタンはそれの複合進化系と言っても良いだろう。
製作者は伏せられていたそうだが、皆、ミランドラ卿じゃないかと思ってる!
ああ…!是非ミランドラ様と三日三晩、語り合いたい!」
カーティのミランドラ崇拝が、少し気持ち悪いです。
狂信者イクナイ…。
「はぁ…しかし、エレノア様は魔導具に関しては素人ですよ?ミランドラ卿が付き合う相手とは思えませんが…」
カーティ教授は、チッチッチと指を振った。
「実はそれが偽装なんだよ。
私は、もしかしたらエレノア司教自身がミランドラ卿ではないのかとも考えている。
それなら正体を明かせない理由も解る。帝国人だからね。
帝国人で、且つ、高位貴族。
それなら王宮図書館も入館出来ただろう。
そこの閉架書庫にあると噂されている『ソルガ原書』。
それを読んで、画期的な魔素半導体を作製したのではないか?とね…」
…成程、そういう考え方もあるのか…でも…
「しかしそれなら、エレノア様は帝国で作品を発表するのではないですか?」
「…キミは帝国の内情を知らないのかい?
数年前から、あの国ではハシュマリム教が一部で拡がっているんだ。
…帝国の上層部の中に協力している奴が居るとか…。
だから、近年は聖教国に逃げてくる魔導具士も居るらしいよ。
きっと、彼女も帝国では魔導具士だと公表出来なかったんだよ。作品を発表してもハシュマリム信者に壊されるかもしれないしね。
だから、聖教国で発表したんだよ。教皇も利益になるから協力しているのさ」
…そもそも帝国のあらゆる施設では、今も魔導具を利用しているくせに…自分達に都合の悪い事は見て見ぬ振りして。
それを解っている大多数の民衆は教団信者達を白い目で見ているけれど、馬鹿な連中が公共の魔導具を叩き壊したりしている…。
全く関係無い魔導具士を異端扱いして晒し上げたりね…と、カーティ教授は爪を噛みながら憎々しげに呟いた。
カーティ教授は、ハシュマリム教国の現状も教えてくれた。
ハシュマリム教国は、マイアを初めとした神々を邪神としている。
神々の授けた『神代の魔導具』は『邪神の玩具』。
ハシュマリム教の教義では、『魔導具』は悪魔の道具。
連中の提供する『神授具』だけが正しい道具。
彼等の宗教神の御業が籠もった摩訶不思議な道具。
馬鹿馬鹿しいよね。中身は同じ物なのに。
それどころか、ミランドラ卿の魔導灯を『神授光』とか呼んで、自分達が神から授かった光だとか嘯いて…
魔力も魔素も魔導具にも無知な平民達には、神の奇跡に見えるらしい。
…愚者を洗脳するのに都合が良いからって、情けない…!
知識のある者達は投獄されたり殺されたり…
そう話して、彼女は悲しそうに項垂れた。
…そんな事になってたの…知らなかった。
そう言えばリオネリウスも、そんな事を言っていた様な…?
でもそのお陰で、教授がズレた方向に考え違いしてくれるのは助かるわ。今暫くは、そのまま思い込んで於いて欲しいわ。
…エレノアには悪いけれど。
「『ソルガ原書』と言うのが、教授が先程おっしゃっていた王宮図書館にある魔導具に関する本なのですか?」
「?…ああ…そうそう。その話だったね。話が逸れた。
そう言われてるよ。『ソルガ原書』若しくは、『アルダライア=ソルガの覚書』。
私は読んだ事がないのだけれど…それが悔しい!!」
最初期の魔導具士、または、太古の魔導具士と言われているアルダライア=ソルガ。
彼の書き遺した本が『ソルガ原書』と呼ばれている。
魔導も科学も、基本的に新しい理論ほど正しく効率的、効果的で進歩的と言う人が大多数だ。
しかし、それは『知らない』人達。
今より数千年進んだ魔導理論と科学技術が過去に存在していたが、今は失われている…というのが、『知っている』科学者や魔導具士達の間での常識だ。
その証拠が世界各地に遺る『神代の魔導具』。
神や女神達が人類救済の為に製造した、再現不可能な魔導遺物。
実は、『神代の魔導具』に接触出来る権限を持つ上位学者達は、『マイア神を含めた神々』は、太古の時代から知識を継承した『科学者や魔導学者達』だったのではないかと考えている。
だから我々は、再度、失われた時代に追い付く為に、魔導理論や科学の発展に寄与している。
それが、上位学者達の研究の最たる動機。
アルダライア=ソルガは、その神々が姿を消した後の世に現れ、且つ、彼等の知識を継承した魔導学者だったのではないか?
一部の魔導具士達の間で噂されている話。
彼の遺した本には、今では失われた理論や、素材の情報が記載されているのではないか?
これも、ただの噂話。
「…だからね、エレノア司教はソルガ原書を読んだんだよ!
それを元に数々の発明を発表したのさ!間違いない!」
…上位研究員しか知ってはいけない情報が多分に含まれてますけれど…、堂々と私やイルルカに話しちゃってるけど、良いのか?これ。
廊下で立ち聞きしている奴の耳にも入ったかなぁ?
言った方が良い?でも、私の特技がバレるのはやだなぁ…
アルダライアの逸話は知ってるけれど、彼の著作が残ってるなんて知らなかった…。帝国…か…
「エレノア様が読んだかどうかは知りませんが、そんな本があるならば、私も読んでみたいですね…」
「そうでしょ!
だからねー…お願いー!
エレノア司教にソルガ原書の内容を聞いて来て〜」
カーティ教授が私の身体に纏わり付く。
コイツが女でなければ殴り飛ばしている処だ。
人の髪の毛に顔を埋めるな…!
非常に鬱陶しい。
頭の良さは認めるが、なんだろうこの人…人付き合いの距離感が狂ってる。
それに、時々凄く阿呆だ。
これが、異端と呼ばれる所以か…?
「その本があるかどうかは知らないが、図書館の本が読みたいなら招待致しますよ?カーティ教授」
「ちょっ…ちょっと困ります王子!前のお客様のお話が済むまで、ロビーでお待ち下さい!」
突然、部屋の入口から声を掛けられた。
…居ることは知っていたけどね…
リオネリウスが側近達を引き連れて、教授の部屋に入って来た。
受付の令嬢が抑えようとしているが、止まらない。
…いつも一緒のセタンタが居ない?誰がこの馬鹿王子を抑えるの…?
「うん?…えーっと、キミ誰?」
「テイルベリ帝国の、リオネリウス=フラメア=レヴォーグ第3王子ですよ。教授」
私が耳打ちする。
「帝国の王子?王宮図書館…入って良いの?」
「許可が必要ですが、こちらの要望を聞いて頂ければ、恐らく可能でしょう」
「聞く聞く〜!早速行こうか!」
「…えっ!?」
リオネリウスだけでなく側近達まで、今、カーティ教授が何を言ったか分からなくて戸惑った。
「教授、教授…、まず話を聞いたらどうです?」
私がカーティ教授を抑えようとすると、
「取り敢えず、図書館入ってから聞くよ!」
…全く人の話を聞かない。
「いえ…あの…、条件を受け入れて頂けたら、入る許可を申請致しますよ…と、言いたいのですが…?」
流石のリオネリウスも、変人カーティの奇行に慌てている。
普段、悪ぶっている悪ガキ王子も本物の奇人変人には敵わないか…。
「お待ち下さい、王子。
まず貴女方、退室をお願い致します。
条件はその後でお話下さいませ」
リオネリウスの侍女が割り込んで来る。
「後から来た貴方達に遠慮して、私達が出て行けという事かしら?」
…ちょっと腹立たしくなり、嫌味を込めて話してしまった。
「そ…そういう訳では…」
侍女が慌てて言い訳をしようとすると、
「そう言っているのだ!早く退室しろ!」
リオネリウスの護衛騎士見習いが怒鳴る。
…相変わらず頭の悪い護衛をつけてるなぁ…
「待て待て待て!
勝手に話を進めるな!
私はクラウディア達にも用があるのだ!
お前達はロビーで待ってろ!」
リオネリウスが側近達を怒鳴りつけ、力ずくで部屋から追い出した。
側近達は、受付嬢に促されて、渋々とロビーの方へ歩いて行った。
「私は、別にアンタに用はないけれど?」
…ヘレナの事で話があったけど…なんか、後でいいや。
説明面倒臭いし。コイツにもヘレナにも借りは無いし。
「まぁ、そう言うな。
お騒がせして申し訳御座いません。カーティ教授」
「今研究中じゃないから、騒ぐのは構わないけれど?
もし研究中に騒いだら、王子でも殺すけどね」
…王子相手でもブレないなぁ。
リオネリウスも、こんな人間を相手にした事が無かったからか、どう対応すれば良いか戸惑っている。
「それで図書館行くの?すぐに出よう!
馬車で行く?馬で行く?テントと寝袋用意しなきゃ!」
「「まずは人の話を聞け!」」
私とリオネリウスの声が重なった。
今までの魔導灯→自動点灯式白熱灯または水銀灯
ランタン→LED
こんな感じで考えるとわかり易いかな?
…今の子でも白熱灯や水銀灯は知ってるよね…?(・・;)




