2.
13歳の頃に戻って2日。
結局この夢のような現実は醒めることなく、私はここに居続けている。
変化したことといえば、あの時止めなかった兄様の暴走によって、私とカインの婚約は保留ということになった。要は私とカインの婚約はお互い成長して、世界の視野が広がった時に互いを選ぶか否かに委ねるということらしい。もし別の良い人が見つかれば、その人と結婚しても良いという許可まできちんと取った。
前の世界では婚約者だったものがお互い、『婚約者候補』程度に格下げになったのだ。
そもそもこれは話を聞いていくうちに分かった事だが、元々はシャルルメイルとストレツヴェルクの関係性は今の状態でもそんなに悪いものではなかった。交易も盛んであり、何代か前にストレツヴェルクの王女がシャルルメイルの公爵家に嫁入りしていたこともあり、両国の王侯貴族間の関係性も良い。それ故に、この婚約は学生時代に親友と呼べるほどの関係性とまでなっていた私の父とカインの父の口約束程度だった。
要は元々双方の子供の気が合ったら、お互いにお互いのことを気に入れば――程度の話だったのだ。
前回の世界では私がカインに一目惚れして、ずっと付き纏っていたな~なんてことを思い出す。
実際、カインは#かなり__・__#不愛想で人に心を開かないかつ感情を表に出さないタイプの人間だ。現に私は、あの最後の瞬間になるまで『愛している』なんて言葉の類を言われた覚えは全くない。好意の言葉はいつでも私からだった。
それに実は出会った最初の頃は、どちらかというと嫌われていたことも知っている。何せ私は出会った当日からずっと『一目惚れです!』だの『好きです!産まれた時から貴方に決めてました』だの言って、彼に迫っていたのだ。これでは明らかにイカれた女だろう。どちらかというと冷めている部類に入る私の前回の婚約者は、私に困らされた故に、婚約も嫌々受け入れたという風に見えた。
現在では双方気に入れば婚約させようとしていたなどと言っていたが、きっとこれは前回の私が駄駄を捏ねた結果だったのだろう。なんて女だ!!我ながら自分勝手すぎるだなんてことを今更ながら思った。
でも……だからこそ何度も会いに行って、言葉を伝え続けて、婚約者だと彼の口から認めてもらえた時は嬉しかった。
(まあ、私と彼の関係性は結局、私が自分から動かなければ進展しないようなものだったから…………今後も安心かな)
なんて。そう、思っていたのだが。
「こちらが図書館です。シャルルメイル内で発行された書物は全て所蔵されています。滞在中は城の者に言い付けて頂ければ、いつでも使用できますよ」
「こちらは#画廊__ギャラリー__#です。ここでは絵画、彫刻、刀剣、宝石、楽器や国内で上演された劇の衣装などなど定期的に様々な芸術品を見ることができます。今の目玉はシャルルメイル出身の大魔導士にして画家のガルグ=ゴーランドが描いた動く魔導絵画ですかね」
「ここが明日の夜会が開かれる会場です。そしてあそこのバルコニーから見えるのがシャルルメイルの中でも美しい風景10選にも選ばれている庭園で、春は桜や#木蓮__マグノリア__#、水仙、チューリップが咲くのを見ることが出来ます。明るい時間には花に囲まれながらお茶会が開かれたり、夜は日によって魔法によるイルミネーションと共に一般開放されています。夏は――」
何故私は、カインにこの王宮の案内などしているのだろうか。
事の発端はカインの父であるストレツヴェルク王の発言だった。全快したことを伝えに父に会いに行って、カインとストレツヴェルク王が父と一緒に話しているところに遭遇してしまった時点で嫌な予感はしていた。
「そういえばハルツ、お前に一つ相談なのだが、実はカインは人見知りということもあり、同年代の友人というものが全くいなくてだな――」
彼が父に話を振っていた時からヤケにこちらをチラチラ見ているなとは思っていたのだ。
まさか王宮の案内だなんて、こんな面倒なことを押し付けられるとは思っていなかった。
前回は父にも言い付けられなかったから……否、前回はむしろこういうことは自分から引き受けに行っていたので、私自身が動かなければ彼との関りは出来ないと完全に油断していたのだ。
「というように、国内でも選りすぐりの庭師がデザインしてくれているお陰で、美しいながらも毎年違う顔を見せてくれるお庭を楽しむことが出来るんです」
王国のパンフレットに書かれていた文章を頭の中の本棚から引用する。
どの施設でも、自分の言葉を使いたくなかった。少しでも私の言葉が入ってしまうと、彼に対する思考がバレてしまいそうで――なんだか怖かったのだ。
「……これでご案内は全て終了しました。残りの滞在期間も楽しんでくださいね」
終わったから、これ以上貴方と一緒にいる義理はないから帰るぞという意味を込めた言葉。
カインも自己紹介の直後に気絶した女に長時間案内といいながら一緒に居さされて、私から会話を振る事もなかった故に、特に個人的な会話もすることがなかったということもあり、気まずかったのだろう。ずっとソワソワしているのが分かっていた。だから彼も私と同様、『やっと終わった』という安堵の態度をどこかしらに出すと思っていた。しかし返された反応は予想と全く違うものだった。
「っ帰る、のか?」
送るために、カイン達の泊まる客室に躊躇いなく向かおうとする私のドレスの袖を掴む彼。
その瞳はどことなく寂しそうだった。
「ええ。私が仰せつかっていたのは王宮の案内だけですので。それに慣れない場所をたくさん案内されて、カイン様もきっとお疲れでしょう?」
「疲れてなんかない!」
「えっと、はぁ、左様ですか」
「君、鈍いな。だから……その、俺は――」
そして彼が何をしたいのか最後まで察せなかった私は『鈍い!』と罵られながらも、何故か先程案内した庭園で彼と午後の優雅なティータイムを送ることとなっていた。