りんごほっぺのポーカーフェイス
モーニング文化が発達しているこの土地には、ウチの店みたいな喫茶店はたくさんある。
親から受け継いだ店には、昔からの常連さんも多くて土日の午前中は特に忙しい。
反対に、今みたいな時間帯ーーー
3時のお茶の奥様方がお帰りになった平日夕方の時間帯は、お客はまばらだ。
店内には、のんびりした空気が流れている。
とはいえ、働いている自分にはやるべき雑務がそれなりにあるわけだが…今はカウンターの内側で動けずにいる。
その理由は、さっき北風と一緒にドアベルを鳴らして入ってきた目の前のお客だ。
オレンジ色のランドセルがまだ大きく見えるくらいの体格のその女の子は、小さいがはっきりした声で
「ホットミルク、ください。」
と言ったっきり、口を真一文字に結んでカウンターの真ん中の席にちょこんと座っている。つまり、俺の目の前に。
その表情からは、女の子が何を考えているのか読み取ることは難しい。
ただ、りんごのような真っ赤なほっぺたが、彼女が寒い外から来たことを如実に物語っている。
まいったなぁ。
まいったなぁ、とは思うものの、ここで
「ひとり?おうちの人は?」
とか、
「学校帰りに寄り道したら良くないよ。」
とか、そういう言葉をかけるのは、なんというか、ちょっと違うような気がする。
いや、対応としては正解だろう。
でも、この子は今、そういう言葉はかけてほしくないのだろうと思う。
この子が今1番必要としているのは、ホットミルクと暖かい店内の空気なのだ。
お店のおじさんとのお喋りは、お客様の気が向けばホットミルクを飲み終わったあとに提供することにしよう。
そう決めると、俺は小さなお客様の為のホットミルクをいつも通りに作って、ソーサーにカップとともに小さな豆菓子の袋を乗せ、
「お待たせしました」
と、女の子の前にそっと置いた。
すると女の子はちょっと驚いたように顔を上げ、
「これも、食べていいの?」
と尋ねてくる。
「前にお父さんと来たとき、これはコーヒー飲める大人だけがもらえるおまけなんだよ、って言ってた。」
そう女の子が言い終わるか終わらないかというタイミングで、またドアベルが鳴った。
「美春!ここにいたのか!」
「…お父さん…。」
どうやらお迎えが来たらしい。
俺は、肩で息をしている男性に
「お連れ様、長くお待ちでしたよ。」
とだけ伝えると、カウンターから遠い所から順にテーブルを拭きにかかった。
親子の会話にホットコーヒーが必要なら、またお声がかかるだろう。




