鉱石ラジオ~黒い意思~
ター坊
オカマ先生
今日は夏休み前の大掃除。
伊勢海小学校に通うター坊(田母神隼太)は、カビ臭い古びた旧校舎倉庫の天日干しを任されていた。
倉庫から校庭へと行ったり来たりの重労働、そこでとびきり元気の有り余っている少年が抜擢されたというわけである。
「ゲッホ、ゲッホ……うへぇ、くっせ~な……」
少子化で合併し大きくなった歴史あるこの小学校だが、その分だけ積み重ねてきた古道具の山もある。
壊れていない限り、余程のことが無ければ捨てず、こうして旧校舎へと詰め込まれているのだ。
「よっと、こんなもんかな。 ふぃ~……って、あれ? まだ奥に何かあるじゃん」
棚に並べなれていた物をあらかた校庭へと出し終えたのだが、棚の壁に穴が空いていることに気が付く。
老朽化して割れた木壁の割れ目からは、わざと隠したように、チラリと箱のような物の角が見え隠れしていた。
「オカマ先生ぇ~! ちょっと来てくれよ!」
「なぁに、どうしたのター坊ちゃん」
少年が声を上げると、隣の倉庫で作業していた筋骨隆々の大男がやって来る。
これまた力仕事には適任な先生のようであり、ター坊の担任をしている仲でもあった。
優しい笑顔のオカマ先生(大釜堂馬)が着くや否や、ター坊は『コレ』と棚の割れ目を指差す。
「あらまぁ、なんでしょうね? 確認してみましょう。 ちょっとター坊ちゃんは下がっててね……セイヤッ!!」
オカマ先生が熊のように分厚い手を割れ目に突っ込むと、バリバリと思いっきり壁を剥いで隠されていた箱を暴き出す。
埃が煙幕のように舞う中、物怖じせずにむんずと箱を掴んで取り出した彼は、肺一杯の大きな一息で埃を散らしター坊の前へと見せてやる。
「うぉ~先生スッゲー!! なぁ、見せて見せて!!」
「いいわよ、はいどうぞ。 これは、オルゴールかしら……?」
手にしてみると異様に軽く、ブリキの缶詰のようにも見える。
鍵は無いのでパチリと留め具を外すと、中には『黒い石』と『簡素な装置』が入っていた。
「まぁ懐かしいわ! これ、『鉱石ラジオ』ね。 アタシの小さい頃に、理科の授業で作った覚えがあるわぁ」
「ラジオ……?」
「あぁ、そうね。 ター坊ちゃん達は、もうラジオなんて知らないわよね。 これはね、映像の無いテレビみたいな物よ。 電波を拾って、『音』だけを出すの」
「へぇ~、コレまだ動くかな?」
「そうねぇ、鉱石ラジオは電源がいらないから、電波さえ入れば動くけれど……何も聞こえないわね、ザンネン」
オカマ先生は箱に耳を当てて様子を見たが、ザーザーという砂嵐のように壊れた雑音が漏れるのみ。
流石に保存状態も悪く、箱内部の底面に据えられた木の板も黒ずんでおり、回路のどこかが腐っているのかもしれない。
そう合点を付けると、残念そうに首を振って蓋を閉めた。
「先生、待った! オレは聞こえたぜ!」
「え、本当なの?」
驚くオカマ先生の手から箱を取り上げると、ター坊は蓋を開けて耳を近づける。
しばらく耳を澄ませていたが、バッと顔を上げて楽しそうな無垢の笑顔を浮かべた。
「やっぱりだ! 何かボソボソ言ってる!」
「もしかしたら、モスキート音なのかしら」
「なんだそれ?」
「大人になると聞こえなくなっちゃう、すっごく高い音のことよ。 ター坊ちゃんはピチピチだもの、特別に聞こえちゃうのかも」
「特別かぁ~、へへへ!! なぁ先生ぇ~、これ貰ってもいい? ね、いいでしょ~?」
「うぅん、そうねぇ……」
担任している可愛いクラス生徒の頼み。
無下に断りたくはない。
大人には聞こえないということだし、壊れた物は処分するという決まりもあって、仕方がないと首を縦に振る。
「いいわよ、でも先生とお約束! もし少しでも変なことがあったらアタシに言うのよ?」
「は~い! 先生ありがとう!!」
倉庫干しという大変な作業の駄賃として、ター坊には特別にこの鉱石ラジオを手渡すことにした。
後日、ター坊は貰ったブリキの箱を大事そうに抱えて登校する姿を見せる。
微笑ましい光景だと笑っていたオカマ先生だったが、その日の抜き打ちテストで事件が起きた。
「んまぁ!? どうしたのよター坊ちゃん!! 小テスト満点だったわよ!?」
「にっしし! オカマ先生、これがオレの実力だって! ちょっと本気出せばこんなもんよ」
元気だけが取り柄、逆を言えば学業が壊滅的な成績だった問題児、それが一夜にして天才少年へと様変わりしていた。
目を剥いて驚くオカマ先生であったが、それでも生徒の頑張りを疑うことなく褒め称える。
「スゴイじゃないの! 先生、ター坊ちゃんこと惚れ直しちゃったわ! きゃ~カッコイイ~!!」
「にしししし! よせやい先生! オレだって先生の喜ぶところが見たかったんだからよ!」
「んまぁ~!! アタシ、教師生活していて、これほど感動した日は無いわ!!」
ホクホクと上機嫌なオカマ先生は、ター坊の頭をこれでもかと撫でまわしてから次の授業のために教室を出ていく。
それを見計らって、ター坊の隣の席の女生徒が耳打ちして、この事態を探って来た。
「ちょっとター坊、あんた本当に一体どうしたのよ? 勉強なんかこれっポッチもしてなかったじゃない」
「ん~……へへ、実はさ……」
もったいぶったように答えをじらし、ター坊はランドセルにしまっていたブリキの箱を取り出した。
そしてカパリと蓋を開けて、彼女にその中身を見せびらかす。
「コイツのおかげなんだな~これが」
「何よこれ? 下手くそな自由工作?」
「違う違う、鉱石ラジオ! 昨日さ、旧校舎で見つけたんだぜ」
「それで、これとテストに何の関係があるのよ」
「まぁまぁ、とりあえず耳を近づけてみろって」
「はぁ……?」
ター坊の言い分はまるで意味不明だが、女生徒は言われた通りに鉱石ラジオへ耳を当てる。
すると、微かに何か喋っている声が響いていた。
『次の授業は、先生が早退して自習……次の授業は、先生が早退して自習……』
「きゃっ!? なにこの不気味な声!?」
キーが異様に高く、裏声なのか金切り声なのか判別の付かない気味悪い声色。
ガラスを引っ掻くような、臓物のギュッと縮こまる囁きに驚き、女生徒はパッと耳を放してしまった。
「それに、次の授業は先生が早退って……」
「予言だよ予言! これがピタっと当たるんだぜ! さっきの抜き打ちテストだって、問題まで全部教えてくれたんだ」
「ウソでしょ……!?」
「じゃぁ、なんでオレが満点取れたと思う?」
「それは……そうね……」
納得感しかないター坊の言葉で押し黙ると、丁度教室の扉が開いて教員が顔を見せる。
「あー、キミ達。 先生が授業に来れなくなったので、大人しく自習しているように。 教室の外に出ちゃいかんよ、いいね?」
それだけ言うと、教員は慌ただしく去っていく。
どうも何かがあったらしい。
いつもの自習なら、代理の先生が生徒達を見てくれるはずなのだ。
「ほらみろ! この鉱石ラジオの言う通りになったろ?」
「本当だわ……本当に予言が当たった……!!」
女生徒はあんぐりと口を開けて、目の前の出来事に驚愕している。
それからは早かった。
ター坊の不思議な鉱石ラジオの話がクラス中に広まって、あれよあれよと彼はクラスのヒーローとして注目を集めていく。
「ター坊、何かオモロイネタが拾える場所教えてくれや」
「ター坊! 明日のバスケの試合、相手の情報とか何か言ってないか?」
「ター坊……!!」
「おいおい、お前ら順番に言えって。 いやーモテる男はツラいぜぇ!」
自習時間、もはや誰も勉強どころではなく、猫も杓子も不思議なラジオの予言を聞こうと人だかりが作られていた。
人気者気取りで調子に乗ったター坊は、ふんぞり返って偉そうにブリキの箱に耳を当てる。
「え~と、どれどれ……」
『ター坊は、屋上へ行く……ター坊は、屋上へ行く……』
「はぁ? なんだそれ」
いきなり自分のことを予言され、小首を傾げて席を立つター坊。
故障なのかと疑い、ブンブンと箱を振ってみるが、それでも予言は変わらない。
「おっかしぃな~?」
「ちょっと、ター坊! あんたドコに行く気よ? 先生が教室出るなって言ってたじゃない」
「何言ってんだ、オレはドコにも……れれれ!? あれぇ!? 脚が勝手に動くぞ!!」
隣の席にいた女生徒が彼を止めようと声を掛ける。
それでようやく、ター坊が自分が勝手に動き出していることを自覚した。
「ウソ……もしかして、予言のせい? 予言は絶対当たるってこういうことなの……!?」
「なにぃ!? ちょ、ちょっとまてよ! オレ、このままだとどうなっちまうんだぁ!?」
「分かんないわよ! とりあえず、私は先生呼んで来る!」
女生徒がター坊の腕を掴んで止めようとするも、まるで万力のような力で動くものだから止められない。
仕方が無いと諦めると、彼女は教室を飛び出し担任のオカマ先生を探しに行く。
だが、そうする今もター坊の脚は独りでに動き続け、着実に屋上へと彼を運んでいる。
『ター坊は、屋上のフェンスに登る……ター坊は、屋上のフェンスに登る……』
「うげげぇ!? 予言がどんどんマズイことなってんぞ!! これ、このまま悪化すると……ひぃぃ!!」
三階建ての校舎の屋上。
安全のために建てられた背の高いフェンスだが、ター坊の身体能力なら登れないことも無い。
しかし、その先にあるのは、真っ逆さまに落ちていく断崖絶壁の校舎の外。
もしも落ちればどうなるかなど、わざわざ想像しなくと直感で理解できてしまう。
そして、地獄の処刑台とも言える屋上扉がすぐ目の前に迫っていた。
「やだぁぁぁ!! オレ、まだ死にたくないよぉぉぉ!!」
どれだけ泣き叫んでも、助けてくれるものはいない。
それも予言の力が作用しているのだろうか。
青ざめた彼の顔を屋上の快晴が明るく照らす。
入道雲が遠くに伸びて、死んでしまうにはあまりにも惜しい好天気。
それがなおさら、ター坊の心をギュッと苦しめる。
『ター坊は、落ちて死ぬ……ター坊は、落ちて死ぬ……』
「ぎぃやぁぁ!! やっぱりそうなるのかよぉ!!」
そして、とうとう鉱石ラジオが死刑宣告を下してしまう。
それと同時に、彼の腕の感覚までもが奪われて、ガシリとフェンスを力強く握りしめた。
「そこまでよ!!」
「この声は……オカマ先生ぇ!!」
凛々しく野太い声が屋上に響き、バキリと扉の壊れる音がする。
動かない身体をなんとか捻り、ター坊が振り返ると、そこには頭から血を垂れ流すオカマ先生の姿があった。
「先生どうしたんだよ、その血!?」
「ちょっとトラックに付き飛ばされただけよ、それよりもぉ!!」
オカマ先生が100mを5秒フラットで走る勢いでター坊へと接近し、少年が抱えていたブリキの箱を奪い取って床に叩き付ける。
ガシャン、と情けないほどに軽い音が響くと、柔らかい金属は呆気なくクシャクシャにひしゃげてしまった。
そして、鳴り響いていたノイズ音がついに途絶え、最後の断末魔を上げる。
『無念……我が功績は、まだ足りぬ……若き肉体を得る機会、またも失った……』
「あら? まだ何か言ってるみたいだけど、生憎アタシには聞こえないのよね、フンッ!!」
トドメとばかりにオカマ先生の踵落としが決まると、中に入っていた黒い石がコロコロと転がり出て、今度こそ完全に沈黙。
それと同時に、金縛りにあっていたター坊の身体も開放された。
「せ、先生ぇ~!! あ゛り゛か゛と゛ぉ゛~!!!」
「いいのよ、ター坊ちゃん。 でも、今度先生との約束を破ったら、本気で怒るわねん」
「う゛う゛……ごめんなさいぃ……変なことがあったら、すぐ言うよぉ……」
泣きじゃくる生徒をなだめながら、オカマ先生は床に落ちた黒い鉱石を拾い上げる。
指で転がし観察すると、一部に文字のようなものが掘られていることに気が付いた。
「これ、もしかしてお墓の欠片かしら?」
「……ってことは、もしかて!? オレ、死人の言葉に操られてたのか!?」
「ふふ、そうかもね。 でも死人に口なし、あの世の人間の言葉なんて耳を貸しちゃダメよ」
「はぁい……」
「それにしても、この欠片は一部なのよね……」
「それがどうかしたのかよ先生?」
「もしかしたら、他にも鉱石ラジオが眠っているのかも……大本の電波を止めたわけじゃないんだもの」
「うへぇ!! 勘弁してくれよぉ!! ラジオはもうこりごりだってぇ!!」
『ジジ……明日の天気は……明日の天気は……』
『異世怪談~異世界がやって来た学校の怪談~』の番外編的作品です。
本編とは繋がりが無いですが、他にも怪談ホラーを書いているので、興味がありましたらチェックしてみてください。
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