31、心の処方箋
「聖羅? そういえば確かにここ最近、遅刻が続いてるみたいですね」
事務所に戻った俺は、相変わらずパソコンと睨めっこをしていた社長に聖羅のことを聞いていた。
「でも、ホントに最近のことなんで、注意とかはまだしてないんですよねー」
「他のメンバー、結構不満溜まってそうだったぞ」
俺の言葉に、社長は「うーん」と唸ってから言う。
「とはいえ、ここ最近は特にライブの評判が良いんですよね。集中力もめちゃくちゃ高いし、パフォーマンスもノッてるし。だから注意して聖羅のモチベーションを下げるかもって思うと、どうにも言いにくいなぁー……。『とめどなく純情』の稼ぎ頭は間違いなく聖羅ですし」
困った様子の社長に俺は言う。
「確かに、練習での集中力とパフォーマンスははたから見ても良かったと思う。にしても、遅刻はしてもモチベーション自体は高いってのは、なんだか妙だな……」
その二つが両立する原因があるとすれば……。
「男でもできたか?」
俺の言葉に、社長はハッとした表情を浮かべた。
「そういえば、確かにここ最近聖羅はテンション高かったし、彼氏に良いところを見せたくて頑張っていると考えられるし、遅刻するのも彼氏と少しでも長く一緒にいたいと考えているからかもしれないし……。でも、あれ?」
納得していた様子の社長は、突然俺を見てから不思議そうに首を傾げた。
「聖羅って、若の大ファンでしたよね?」
社長の言葉に、俺は苦笑して応える。
「夜の街で滅茶苦茶タチの悪いナンパをされてる聖羅を助けて、この会社でアイドルしないかって声をかけたことを、恩義に感じてるみたいだな」
「いや、でも聖羅は結構マジでしたって。若と会うたびに『彼女にしてよ~』『私は本気だけど、若は遊びでも良いから~』って。それを見るたび、僕は聖羅に一応表向きには恋愛禁止だからって注意したもんですよ」
社長は責めるような視線を俺に向けて言った。
いつも軽いノリで聖羅はそう言っていたなと思い出してから……今度は俺がハッとする番だった。
「……そういえば、今日は聖羅に『彼女にしてよ』って言われなかった」
俺の言葉に、「はい、決定~」と男子中学生みたいなテンションで、俺に向かって指をさしながら社長は言った。
「男かー……。上手くいってるウチは良いけど、ダメになった時がなぁ……。病んじゃう子も結構多いしさー、上手くいってる時でもSNSで匂わせとかして炎上とか、厄介なことも多いしなぁ」
それから彼は俺をちらちら見てから、言う。
「若がもうちょっと上手いこと恋愛感情を操ってくれてたら良かったんですけどねー」
「本音がキタネー大人すぎるぞ、社長」
俺は引き気味にそう言った。
社長は薄汚い笑みを浮かべながら「ウソウソ、冗談ですって~」と答えた。絶対冗談じゃなかったなと、そのにやけ面を見て思った。
「でも、大ごとになる前に気付けて良かったですよ。分かりやすい兆候があってよかった。男バレとトラブルがないように厳重注意をして、一旦様子を見てみますよ」
「おう。社長の注意だけで無理そうなら、俺も出来ることはさせてもらうぜ」
「それは心強い」
そう言ってから、社長はこれまでずっと無言だった、俺の隣に立つ鵜崎に向かって言う。
「と、言うわけで。君みたいな可愛い子なら、この機会に乗じてセンターの座も簡単に狙えるので、是非ウチでデビューしてみませんか?」
社長の言葉は冗談ぽかったが、半ば以上は本気で勧誘しているはずだ。
「……まぁ、検討してみるっす」
レッスンを見る前の鵜崎であれば、即断っていただろう。
しかし、聖羅を見て何か思うところがあったのか、これまでよりも前向きな回答をしていた。
意外と、やる気になってくれたのかもしれない。
「おお、うん! 早めに回答をくれるに越したことはないけど、大事なことだからちゃんと考えてみるのも悪くないよね! それじゃあ、これ名刺だから」
社長はそう言って、鵜崎に自分の名刺を渡す。
「いつでも連絡してね」
その言葉に、鵜崎は無言のまま、こくりと頷いた。
☆
それから、俺と鵜崎は事務所を出る。
楓が車を止めている駐車場まで向かう道すがら、俺は鵜崎に向かって問いかける。
「地下アイドル、どうだった? 興味出てきたか?」
俺の言葉に、鵜崎は視線を合わせないまま、口を開く。
「若に話があるっすけど……」
神妙な面持ちで言う鵜崎。
「何だよ、改まって」
「まず、約束してほしいっす」
「約束? 何をだ?」
「私の、身の安全を……っす」
思いもよらぬ一言に、俺は首を傾げる。
「身の安全? ……何を心配してるのか分からねぇけど、むやみに危険に晒すことはねぇ。安心しろ」
俺の言葉に、
「言質、取ったっす」
と強気な言葉な反面、縋るよな視線を向けながら彼女は言った。
「分かったから。その話っての、結局何なんだよ?」
俺が問いかけると、鵜崎はゆっくりと深呼吸をしてから、真っ直ぐに俺を見つめた。
「あたし、あの神峰聖羅って女知ってたっす」
「へぇ、俺が思ってた以上に有名だったんだな」
「違うっす」
即座に俺の言葉を否定した鵜崎は、続けて言う。
「あたしのお客さんだったっすよ」
鵜崎の言葉の意味が、一瞬だけ分からなかったが。
――すぐにとあることに思い至った。
俺の表情を見て、申し訳なさそうに彼女は言う。
「あの女にあたしは――覚醒剤を売ってたっす」
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