30,センター
「おっ、てか若じゃん。オッスオッス!」
遅刻したにもかかわらず、俺を見るや軽いノリでテンション高めにそう言葉をかけてきた、黒髪のツインテールに左右の瞳が紅と碧のオッドアイが特徴的な(もちろんカラコン)、可愛らしい女。
彼女こそ、この熱狂的なファンに支えられている地下アイドルグループ『とめどなく純情』の一番人気、不動のセンター神峰聖羅だ。
そのノリに対してか、ルックスに対してかは不明だが、隣に立っていた鵜崎も驚いた表情を浮かべていた。
「おう、久しぶりだな聖羅。なんだか……痩せたみたいだけど、ちゃんと食ってるか?」
「分かる―? ダイエットの成果、めっちゃ嬉しーんだけど!」
聖羅は元々細身ではなかったが、今は明らかに細くなっていた。
ダイエットとは言っても、急に体重を落としすぎではないだろうか。
「このグループは激しいダンスも持ち味なんだろ? 厳しすぎる食事制限なんかで、倒れたりすんなよ?」
「って言っても、ダイエット始めてからの方がめっちゃ動けるようになってるから、心配ご無用!」
聖羅はそう言ってサムズアップをして見せる。
「聖羅ー、遅刻は罰金千円だからー」
背後から、メンバーの一人が声を固くして聖羅に向かって言う。
「はいはい、分かってるってー。言われなくっても社長に罰金払っとくから」
悪びれた様子もなくヘラヘラ笑いながら、聖羅はそう返答した。
「罰金、払えば良いってものじゃないっしょ。最近あんたさ、遅刻多過ぎなんだよ。センターでファンも多いからって調子乗ってんの?」
どうやら聖羅は遅刻の常習犯のようだ。
それに対して、メンバーは憤りを覚えているようで、責めるように言った。
「調子には乗ってないけど、調子は良い! 明日の定例ライブ楽しみじゃーん」
ブイブイ、と調子よく……というか、一見煽っているように聖羅は言う。
聖羅的には悪気は何もないのだろうが、流石に空気が読めていない。
聖羅以外のメンバー4人は、聖羅の態度を見て表情を強張らせて……そのまま、言葉を呑みこんだ。
どうやら、グループ内には既に不和が生まれているようだった。
「はい、それじゃあ聖羅も来たようだし、休憩終わり! 練習、再開するよ!」
ぱんぱん、と手を叩きそう言ったのはレッスンコーチだった。
その言葉に従い、グループメンバーたちはダンスレッスンを再開した。
ライブで何曲歌って踊ってもパフォーマンスを落とさないために、激しい練習をこなしている彼女たち。
その中でも抜群の集中力を発揮している聖羅。
レッスンに途中参加のため、体力が余っているだけなのか。
それともセンターを張るに相応しい体力とセンスをもとから備えているためなのか。
今日のレッスンを見ただけでは、詳しくは分からない。
それでも、レッスンが始まる前はあれだけ聖羅に敵愾心を持っていたメンバーも、彼女の練習への取り組みに対しては一切文句を言っていない。
実力は認めているのだろう。
だからこそ、遅刻なんてせずに他のグループメンバーと歩調を合わせ、真剣になってほしいと考えているのだ。
『とめどなく純情』のグループメンバーは、基本的に俺が夜回り中に声をかけた女たちだ。
夜の店を紹介するには年齢がネックだが、ルックスは抜群で根性もありそうな奴らを、ここの社長に紹介した。
だから、こいつらの頑張りを俺は応援したいと思ってる。
……俺に何かできることはないか、社長に色々と事情を聞いてみよう。
「鵜崎、一旦社長のところに戻るか」
俺の言葉に無言で頷いた鵜崎の視線の先には、誰よりも楽しそうに踊る聖羅がいた。
 




