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25、悪魔の右腕(ブラソ・デレチャ・デル・ディアブロ)

 ファイティングポーズを取って、茶髪ピアスは臨戦態勢になった。

 構えはオーソドックススタイル。

 こうして対峙をするのは2度目だ。

 

「ぶん殴って気絶した後に喋らせるのは大変そうだから、今のうちに聞くけど。……どうして俺だって分かったんだ?」


「俺はてめぇの試合を見たことあったからな。高校6冠、アマチュアボクシング無敗の天才。ヘッドギアやグローブの制約が厳しいにもかかわらず、全試合KO勝ちをしている悪魔の右腕の持ち主。……そんな有名ボクサーが薬の売人の用心棒なんてやってたら、虚を突かれて良いもんもらっちまうのも仕方ねぇってもんよ」


「……お前には関係ないだろっ!」


 俺の挑発に、叫び声をあげる茶髪ピアス。

 彼はハッとした表情を浮かべてから、一度呼吸を整える。


「お前がただの陰キャじゃないことくらい、こうして対峙した今ならわかる。だけど……」


 最小の動きで、瞬時に俺との距離を詰めてきた。

 迎え撃つために俺が振るった拳は、いとも簡単に手のひらで叩き落された。


「俺の足元にも及ばねぇ」


 鳩尾を抉るようなボディブロー。

 耐え切れず身体をくの字に折り曲げる俺の顎を、的確に狙うアッパーカット。

 俺は咄嗟に腕でガードするが、それでも後ろにぶっ飛ばされる。


 膝をつき、ダメージを確認。

 脳震盪は起こっていないが、鈍く痛む腹、血の味が広がる口内が、決して軽いダメージではなかったことを告げている。

 しかし、それ以上に……。


「10カウントは必要か?」


 絶好の追撃のチャンスに、何もせずに余裕の表情を浮かべる茶髪ピアスに。

 俺のプライドは傷つけられた。


「必要ねぇよ」


 俺は立ち上がり、血を吐き出す。


「タフだな」


 冷静にそう言って構えた茶髪ピアス。

 まだ、底を見せてはいないのかもしれない。

 流石は日本ボクシング界の至宝、将来の世界チャンピオンと言われるだけはある。

 ……そんな茶髪ピアスに、俺は疑問をぶつける。

 

「お前、鬼道よりも強いくせに。なんでこんなことやってんだよ」


 鬼道の方が、体格体重に優れている。

 それでも、こいつの拳ならば体重差を物ともせずに鬼道をKOすることが出来るだろう。


 俺の言葉に、茶髪ピアスは歯噛みする。

 それから何かを叫ぼうとして……やめた。


「金のため、それだけだ」


 そう言ってから、がむしゃらに突っ込んできた。

 先ほどよりも精彩を欠いた動きだ。

 だからと言って見切れるわけではなく、俺は再度ボディブローを喰らう。

 だが、最初に喰らった一撃よりも、ずっと響かない。


 俺は茶髪ピアスの右拳を捕まえる。


「動揺し過ぎだろ」


 それから、俺は茶髪ピアスの鼻頭に思い切り頭突きを叩きこむ。

 衝撃を受けよろめく相手の足を踏みつけてから、お返しとばかりにボディブロー。

 たまらずクリンチをしてきた茶髪ピアスを、俺は力任せにぶん投げて、床にたたきつける。


「ぐぅっ!」


 呻き声を上げる茶髪ピアスに馬乗りになる。

 忌々し気に俺を睨む彼の顔面――のすぐ横を、俺は拳で打ち抜いた。


「はぁ?」


 気の抜けた茶髪ピアスの声。

 

「ボクシングの試合だったら、俺は万に一つもお前に勝てねぇ。だけど喧嘩なら……勝負にならねぇ」


「どういう意味だ」


「そもそもお前は、喧嘩なんてしたくねぇんだろ? そんな野郎相手に、喧嘩は成立しねぇ」


 俺の言葉に、茶髪ピアスは驚愕の表情を浮かべた。


「自分の鍛えた拳を、技を振るうのをお前は躊躇っている。最初からそうだったのは、もうとっくに気付いてる。なんでもありの喧嘩で倒れた相手に追い打ちをかけないのは……単に、そんなことをしたくないから」


 前回戦った時も、先ほど片膝をついた時も。

 こいつは追い打ちをかけることがなかった。


「お前が本気を出していたら、俺は最初のアッパーを防御できなかったと思う。そうならなかったのは……心のどっかで犯罪の片棒を担ぐのが嫌だったから」


 ボクサーとしてのプライドが、そうさせてたのかもしれない。

 もしくは――単に、優しい奴なのかもしれない。

 少なくともこいつは、薬物を売るのを手伝って、平気でいられるような性格じゃないってことだ。


「もう一度聞く。……なんでおめぇ、こんなことやってんだよ」


 俺の言葉に、茶髪ピアスは参ったように笑った。


「……少なくとも、最初のボディとアッパーは本気で殴った。それでも倒せなかったのは、お前がタフだったからだろ」


 それから、彼は続けて言う。


「俺がお前をいじってたのは、何となくムカつくから……ってわけじゃない。クラスに溶け込まない、無口で不愛想な陰キャ野郎。そのくせ、俺がこれまでリング上で向き合ってきた誰よりも――強そうだった。それが不気味で、怖かった。だからお前には、辛く当たってた」


 俺は自らの正体を隠そうとしていたが、こいつレベルの強者になると、嗅ぎ分けられるのかもしれない。 

 同じような、強者の臭いという奴を――。


「これまで、悪かった。簡単に許してもらえるとは思っていないが……それでも恥を承知で言わせてくれ」


 真剣な表情で、彼は言う。


「俺に手を貸してくれ」


 その言葉を聞いて、俺は立ち上がる。

 上体を起こした彼は、無言のまま俺を見つめている。

 俺は笑顔を浮かべて、彼に手を差し伸べながら言った。


「その言葉を待ってたぜ、竹虎拳たけとらけん

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