玉の輿を願う少女が、悪女として生きるまで。
メリアは貧乏なフォリス伯爵家の次女として育った。歳は16歳。
茶の髪を後ろ一つに縛り、アップにし、冴えない容姿のメリア。
姉のエリーザは、
「ああ、こんな家、早く出て玉の輿に乗りたいわ。」
が口癖で。エリーザはメリアと違って、とても華やかな美人だった。
歳は18歳。
とても仲の良い姉妹で、エリーザはメリアを可愛がってくれて。
「メリアももっとお洒落をしなければ駄目よ。二人で玉の輿に乗りましょうね。」
といつも言って、いかにお金をかけずにお洒落をするか、二人で色々と工夫したものだ。
安い生地を買ってきて、髪を飾るリボンを作ったり、古いドレスもちょっとしたレースをつけて、お洒落に見せたり。
楽しかった…幸せだった。
そんな姉が高位貴族のアーサー・レンティス公爵に見初められて、婚約を申し込まれたのには驚いた。
アーサー様と言えば、気の毒な方で。
最初の婚約者の令嬢が事故死、次の婚約者の令嬢は病死と、婚約者に恵まれておらず、歳が25歳なのに、いまだ独身で。
金の髪の華やかで美男なアーサーは夜会で人気者らしい。
貧乏フォリス伯爵家では、夜会に行けるだけの華やかなドレスを用意するお金もないのだ。
だから、美男で有名なアーサーから、エリーザ宛に婚約が申し込まれて、両親はもう舞い上がった。
「ああ、エリーザが、あんな高位貴族の家に嫁にいけるだなんて。」
「良かったわ。エリーザ。」
両親は大喜びで、勿論、エリーザも嬉しくてたまらないようで、
「嬉しいっ。美男で有名なアーサー様の婚約者になれるなんて、なんて幸せなのかしら。」
メリアも嬉しかった。姉が、玉の輿に乗って、幸せになれるのだ。
「お姉様。良かったですわ。」
「有難う。メリア。ドレスとかアクセサリーとか、色々とプレゼントして下さるそうよ。私が婚約者として恥ずかしくないように。私、頑張るわ。」
しばらくして、アーサーが挨拶に見えて、
「アーサー・レンティス公爵です。噂通りだ。美しいお嬢さん。エリーザ。ぜひとも私と婚約して欲しい。これは私からの贈り物だ。」
箱の中は華やかな桃色のドレスと、ルビーの首飾りが入っていて。
エリーザは歓声を上げ、
「こんな高価なドレスを…なんて嬉しい。有難うございます。アーサー様。」
その様子をメリアは見ていて、とても幸せを感じた。
自分も玉の輿、頑張るわーー。と思ったのだが…まさか、姉が…
エリーザが死ぬとは思わなかった。
姉が帰ってこない。とある日、アーサーから夜会に誘われて、桃色のドレスに身を包み出かけたエリーザが戻って来なかった。
「アーサー様のお屋敷に泊まっているのね。」
「そうだな。」
父と母は呑気にそう言っていた。今となっては呑気にとしか思えない。
その時、メリアも両親と同様に思っていたのだ。
しかし、翌日…
来客が来て、使用人が出て見れば、騎士団の人で。
「エリーザ・フェリス嬢らしき人物が、ラッテス川で遺体で発見されました。」
両親は真っ青になり、
「エリーザがっ?」
「すぐ行きます。」
メリアも両親と共に、ラッテス川へ向かったのだ。
王都中心を流れるラッテス川。
その川沿いの岩場で、桃色のドレスに身を包み、変わり果てた姿のエリーザを見て、両親は号泣した。
「エリーザっ。」
「どうしてどうしてっ?」
メリアも泣き叫んだ。
「お姉様っ。どうしてっ????」
幸せになるんじゃなかったの?どうして?こんな姿にっ????
その時、豪華な馬車が道端に止まって、アーサーが青い顔で降りて来て、
「昨日、先に帰ると言って…送ればよかった。まさか、こんな…」
メリアは叫ぶ。
「女性一人を何故?送ってくれなかったんです?送ってくれれば、お姉様はこんな姿には…どうして?どうしてっ?」
騎士団員達にメリアは止められた。
相手は高位貴族。あまり無礼な態度は許されないのだ。
結局、エリーザの死は事故と片付けられて、メリアは悲しみに沈むしかなかった。
玉の輿に乗って幸せになるのよ。幸せに…
嬉しそうに微笑んでいた姉のエリーザ。
どうして?どうして川に近づいたりしたの?それも一人で?どうして???
エリーザが亡くなって一月経った。
悲しい気持ちで、メリアは街を歩いていた。
エリーザが見つかった川へ向かい、摘んできた花を手向ける為に。
二人でよく花摘みをしたわね。
お姉様。
涙がこぼれる。
川面へ向かって、摘んだ花を投げ込むと背後から声をかけられた。
「メリア嬢…悔しくはないのか?」
「貴方は?」
黒髪の髭を生やした男性がにこやかにメリアに近づいて、
「私はマーク・カルディウスだ。まだ若かっただろうに…」
「マーク様。姉は殺されたのですか?悔しくはないかって…」
「当たり前だろう。アーサーの前の婚約者は事故死に病死…おかしいとは思わないのかね?皇帝陛下も役に立つ男だからと大目に見て来たが、さすがに三人目となるとね。」
「私、姉の敵を取りたいです。」
「だったら…私と婚姻するか?手伝ってくれる女が欲しかった所だ。私の仕事は皇帝陛下の闇の請負人だよ。ただし、この事を知ってしまった君は頷かない訳にはいかない。」
胸にナイフが押し当てられる。
「姉の後を追う事になる。断ればね。」
「断るとでも?私、姉の敵を取るためなら何だってします。貴方と結婚が必要なら結婚だって。」
「宜しい。それなら契約成立だ。」
ナイフが胸から離されて、メリアは安堵の息を吐いた。
そして、耳元で囁かれた。
「それではメリア。あの男を殺すとしようか…手伝いをよろしく頼むよ。」
メリアは化粧をする。姉に似せた化粧を。マークが紹介してくれた女性に手伝って貰って、
姉そっくりに姿を変える。桃色のドレスを着て、ルビーの首飾りをし。
そして、マークの手の者によって、アーサーの家の公爵家のテラスに忍び込んだ。
このテラスは二階にある。
窓の外から、寝室で寝ているであろうアーサーに向かって声をかける。
「アーサー様。私、寒いの…川の水は冷たくて。アーサー様ぁ。アーサー様ぁ。」
窓の外で大きな声で呟けば、真っ青な顔をしたアーサーが窓を開けて顔を覗かせた。
わざとドレスをびしょ濡れにして、髪もびしょ濡れにして。
「アーサー様…何で私を殺したの?」
アーサーはひっぃいいいいいいいっと悲鳴をあげた。
「許してくれ。エリーザっ。ま、まさか化けて出るとはっ。」
「許さないわ。何故?何故っ?」
真っ青な顔をしたアーサーは、
「お、おんなを殺すのは楽しいからだ…あの悲鳴を聞くのがっ快感で、だから殺した。ひぃいいいいいいっーーー許してくれ。」
マークが手の者達に向かって、
「この男を簀巻きにしろ。」
「はっ。」
アーサーは口に布を押し当てられ、簀巻きにされて…
そして、運び出される。
メリアはマークに向かって、
「彼はどうなるの?」
「後を追ってもらう。愛するエリーザ嬢の後を…遺書も用意してある。前の女性達を殺した事も、エリーザ嬢を殺した事も悔いていると遺書に書くつもりだ。」
「悔いてはいないのに?」
「自殺にしなければならないからな。」
悔しいけれども仕方がない。
それでも姉の敵は取れたのだ。
マークは無念を晴らさせてくれた。
ただ、黙って簀巻きにしてさらってもよかったのに、自分を関わらせてくれたのだ。
お姉様。敵は取れました。どうか、安らかに眠って下さいませね。
メリアはマークと後に結婚した。
皇帝の闇の仕事を引き受けて、メリア自身もマークに協力した。
色々と人を殺した。汚い事もやった。
心が凍りついて行くのが解る。
迷いが生じた時、ふと、思い出すのだ。
姉と玉の輿を願って、楽しく過ごした日々を。
そして、大好きな姉がなすすべも無く殺された悔しさを…
その時、使用人が手紙を持ってきた。
親友の公爵令嬢からだ。
- 親愛なるメリア。わたくしから、愛する人を盗った男爵令嬢にふさわしい娼館はないかしら。勿論、皇帝陛下も皇妃様もご存知の事です。ご紹介頂きたいわ。-
メリアは口端を引き上げて、にっこりと笑う。
もう、二度と、姉との幸せは戻らないのなら、心を深く深く凍り付かせよう。
それが自分の生き方なのだから。
お姉様…貴方は天国へ行ったのでしょうけれども、わたくしが行くのは地獄。
それでも後悔はないわ。
地獄の魔物を相手にこの手を血に染め続けましょう。