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【善き児童のための童話】美少女あつまれ! 超ハーレムアニメ映画、爆誕

「本日から新しい法律が施行されます。

 皆さんすでにご存じの通り、美女の基準が変わります。

 これからは、犬面いぬづらの女性こそが、美女です。美少女です。

 これは法律なので、皆さんくれぐれも、守ってね」


 * * * * *


 それは、ありがたい信託のようなものです。


 法律は絶対であり、遵守する者だけが正義なのです。


 正義の味方が好きなオクニガラなので、みんな、法律は守ろうとします。


 中には悪者ぶることを生きがいとする変わり者もいますが、ルールを守ったほうが人生楽しくなりますからね。その点はスポーツとまったく同じです。


 大統領だって、意地悪であんな法律を口にしたわけではありません。


 優しい政治家さんたちが同調したのですから、彼の考え方はそれはもう素晴らしいものだったのです。


 美女が嫌いな男などいませんよね?


 大統領の狙いはすべての犬の地位向上。美女を愛するように、全国民に犬を愛してもらいたかったのです。


 美女の基準が犬面になれば犬も美女のように愛してもらえると、賢い大統領はそう考えました。


 美男の基準を法律で定めなかったのは、彼が犬面ではなくハンサムだったから。


 ただそれだけの理由です。


 これまで美女だとされてきた女性たちには、ブサイクのレッテルが貼られました。美女が幅を利かせていた芸能界も、今となってはブサイクばかりです。


 人を見た目で評価しない、良い世の中になりました。


 何より、「俺は外見で女性を好きにならない。大切なのは中身だ!」と主張しやすくなったのは、大統領が意図しなかったこととはいえ、とても素晴らしいことですね。


 * * * * *


 さて、新しい世界の誕生により犬面の女性は生きやすくなりましたが、一方でとある業界の人たちは新しい法律にたいへん苦しめられました。


 その業界とは、アニメ業界です。


 新進気鋭のM監督は、美少女アニメの制作を任されていました。


 M監督にとって初めての劇場アニメとなる予定だったのですが、法の改定によりアニメの内容を大幅に修正しなければなりません。美少女アニメとして制作している以上、肝心の美少女を登場させる必要がありますから、ヒロインたちには急遽、整形手術が施されました。


 もちろんプチ整形などではなく、それは前代未聞の大手術となりました。


 法の改定を知らなかったのが悪いと言われてしまえば、彼も返す言葉はなかったでしょう。しかし彼の愚痴は止まりませんでした。


「犬面だけが美少女だって? あり得ないだろ! あんなのに大統領を任せていてはこの国はいつか沈むぞ!」


 普段政治に興味のない人間ほど、追い詰められたときに政治家の悪口ばかり言うものです。


 かたや愚痴を聞かされているキャラクターデザイナーのX氏は、とても冷静でした。ベテランの物腰で若い監督と対面しています。X氏が冷静でいなければ、アニメ制作が破綻していたでしょう。


「で? どうしますか、監督」


 X氏があご髭を撫でます。


「美少女アニメなのだから、ヒロインたちを今風の美少女にしなければならない。でなければ、法律違反で刑務所行きだ」


「具体的にはどのように?」


 大統領が犬を愛するように、あるいはそれ以上に、M監督は前時代の二次元美少女を愛していました。


 犬面が美少女だなんて、彼は認めたくありません。「みんな犬面にしてしまえ」なんて、そんな指示は出せません。それでも監督を引き受けたのだから、彼には美少女アニメを無事に完成させる責任があります。


「その、なんだ……ほら、わかるだろう? 目のくりっとした、走るのが速そうな女の子を描いてくれよぅ……」


 X氏はペンを手に取り、M監督の注文通りに女の子を描き始めました。


「いかがでしょうか」


 数分後、X氏が言われた通りの女の子を描き上げました。


 それはポニーテールで溌溂とした、体操着姿の女の子でした。


 短すぎるズボンが作り出す太腿との境界線がとてもエロティックで、M監督好みの少女です。いわゆる陸上部女子なのですが、ベタラン絵師が生み出した少女のなんと可愛らしいことか。


 でも、可愛らしい女の子の美少女アニメなんて、あってはいけません。今はそういう時代なのです。


「私だって、犬面の女の子なんて描きたくない」


 X氏は渋い顔で言いました。


 犬のしっぽより、馬のしっぽ。ポニーテールのキラキラと可愛らしい女の子が好きだから、この業界で長く絵を描き続けられたのです。


 M監督だって、一応は社会人です。同じアニメに携わるアニメーターや、何より自分の身の安全を第一に考えなければなりません。大人って、そうやって生きていくしかないんです。


 M監督はX氏に描き直しを命じました。


 X氏もとうの昔から大人なので、歯を食いしばりながら犬面の女の子を描いています。ペン先の動きは滑らかではありませんが、徐々に犬面の女の子が全貌をあらわにしていきます。


「モブキャラですね」


 ぽろりと本音がこぼれてしまいましたが、M監督も否定はしません。


「存在感のありすぎるモブキャラだな」


「まあ、ヒロインですからね。存在感はあったほうがいいんですけど……」


 イモくさい可愛らしさという概念は存在しますが、犬面はそれともちょっと性質が違います。


 完成した絵を見つめていると、その女の子がこの世にあってはならない存在のような気がしてきます。


 あるいは児童向けアニメであれば及第点なのでしょうが、美少女アニメの看板を負って立たせるには、やはり舌をだらしなく伸ばしているのが許せません。


「どうにかならないの?」


 X氏は首を横に振りました。


 * * * * *


 三人寄れば文殊の知恵と言います。


 M監督たちは文殊が菩薩だということを知りません。今は神も仏も菩薩も信じたくありません。そんな気分ではないのです。


 脚本家のA先生を呼び出して緊急会議が開かれました。


 議題は『前時代の美少女と新時代の美少女の折り合いをつけよう』です。


 まず頭脳明晰なA先生が手を上げました。


「我が国には、けもみみっ娘という文化的美少女がおりました!」


 M監督が頷きかけ、すかさずX氏はペンを握りました。


「これですよ! これこそが美少女です!」


 X氏は出来上がった女の子の絵を掲げて自画自賛しました。


 そこには犬耳を生やした伝統的な萌えキャラがいましたが、今は波瀾の時代です。伝統的萌えキャラなんて、法律相手では頭も上がりません。女の子は武装して銃をぶっ放していますが、法は銃より強いのです。


「けもみみっ娘ってつい撫でたくなるような可愛らしさがあるんだけど、正直言って動物らしい顔つきじゃないんだよね。耳としっぽ以外のパーツは、普通の女の子と変わらないし」


 そう言って監督が却下します。


 次に手を上げたのも、やはりA先生でした。


「亜人種というのもありますよ」


「あまり好きじゃあないんだよな。顔を犬にしたら、それはもう女の子ではないんだよ。僕はあれを美少女だとは思えない」


 好みの範疇にない女の子にはとても冷たい。差別的発言を躊躇しないからこそ、M監督は若くしてアニメ業界の中心に立てたのです。


「困りましたな……」


 さすがのA先生もお手上げです。A先生は降参のポーズを取りました。


 X氏とA先生が無言を貫いている今、難破しかかっている船のかじを取れるのはM監督しかいません。納期のことを考えると、もうこれ以上時間を費やすわけにはいかないでしょう。


 時計の針がカチコチと音を響かせています。


 決断の時が迫っていました。


 * * * * *


 クリスマスから一月近く経過した雪降るさなかに、その美少女アニメ映画は公開されました。


 映画館前に飾られているポスターには、満員御礼の字が躍っています。


 自分自身の嗜好もあり、これまでオタクばかりをターゲットにしてきたM監督は、その映画でかつてないほどの大成功を収めました。


 彼に匹敵するアニメ監督など、もうこの世界にいようはずもありません。


 上映が終わると、たくさんの家族がシアターから流れでてきます。両親と手を繋ぐ子供たちは、ほくほくと頬を紅潮させ、にこやかな笑顔を浮かべています。


 恋あり。笑いあり。感動あり。


 監督が目指した萌えるアニメ映画は、見事に子供たちの心を掴みました。


 犬の亜人種を四足歩行にすればとても愛くるしい。


 監督の決断は、正しかったのです。


 美少女たちの服を全部脱がしてしまう、スケベエな判断も功を奏しました。美少女たちのなまめかしい姿態が満天下にさらされたというのに、まったくイヤらしさが感じられないのです。


 メインヒロインの他に100人のサブヒロインが登場する型破りのハーレム映画は、世界中でも大人気となり、大統領が夢みた犬の地位向上にこの上なく貢献してくれたのです!


名作映画が誕生しました!


最後まで読んでいただき、本当に申し訳ございませんでした。

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