聞かせられない話
「むぅ……」
私は、訪問者のエルフとハーフエルフを背に、精一杯威嚇してみる。見た目が小さな子供だから、睨みを利かせてもたいして怖くはないと思うけど……
それでも、意思を訴えるのは充分だろう。
「レーア……しかしだな」
「ダメ!」
先ほど冷たい表情を浮かべていたダーネスさんが、困惑した表情になる。さすがに村の子供に抵抗されては思うところがあるらしい。
もしも力付くで事を進められたらどうしようかと思ったけど、その心配はなさそうだ。
「……ありがとう、でもいいの」
「え……」
だけど、後ろから聞こえてきたのは……ラニーニさんの、諦めにも似た言葉だった。
振り返ると、そこには無理やり笑顔を作った顔があって……
「今まで、同じように村を訪ねて……追い返されてきました。でも、あなたのように、こうしてダメだと言ってくれる人はいなかった。そんな子がいたんだというだけで、私は……」
「ラニーニさん……」
「でも……どうかこの子だけは、安全に暮らさせてあげたい」
そう言ってラニーニさんが撫でるのは、サニラちゃんだ。頭を、髪を、愛しそうに撫でている。
自分はどうなっても、子供だけは安全に暮らさせてあげたい。それは、親として当然の思いなのだろう。私は親になったことはないし、大人になる前に死んじゃったけど。
「ねぇ、悪い人じゃなさそうだよ」
「いや、だがな……」
「人間が嫌いなら、それでもいい……けど、だからってこの人たちまで拒絶するのは、変だよ!」
私の訴えに、ダーネスさん含めみんな困惑している様子だ。もしかしたら、こういうことを言う人自体がいなかったのかもしれない。
人間と関係を持った、人間の血を引いている……前者はまだ理由を聞かないとわからないけれど、後者は当人にはまったく非がないではないか。
「……わかった、話を聞こう」
「ダーネスさん!」
「確かに、なにもわからないのに決めつけるのはよくない、な」
他の村人は驚いているが、ダーネスさんは観念したようだ。やった、やっぱり必死に訴えれば、わかってくれるんだ!
私は、振り向いて後ろにいた二人に、ピースをした。
「……へ?」
そしてあれよあれよと、ラニーニさんとサニラちゃんはダーネスさんの家に案内された。その場に同席するのは私と数名の大人、そしてなぜかダンお兄ちゃんがいた。
「なんでお兄ちゃんが?」
「お前が変なことしないか見張るためにだよ」
そう言っていたが、用は子供たちの中での代表として、ということらしい。
さてラニーニさんは、同族とはいえこのような扱いに慣れていないのか、そわそわしている。サニラちゃんは、窓の外から入ってきた蝶々を目で追っている。
私と同い年くらいかと思っていたけど、実はもっと子供っぽいのかもしれない。
「で、あんたはどこから来たんだ?」
ダーネスさんが取り仕切り、ラニーニさんへの質問。ラニーニさんが言うには、ここから遥か北にあるエルフの集落で暮らしていたらしい。贅沢ではなかったが。平和な生活だった。だが、ある時からその生活が一変した。
「あの、ここから子供たちには聞かせたくないんですが……」
ということで、いいところで別室に移動させられてしまった私とダンお兄ちゃん、おしてサニラちゃん。結局のところ、聞かせたくない話をしている最中、サニラちゃんの相手をしていてくれという意味で私とダンお兄ちゃんがここに連れてこられたようだ。
これじゃ会話は聞けない。だけど私は、諦めない。
「なんだよ、ったく……ってレーア、なにしてるんだ?」
「ダンお兄ちゃんはサニラちゃんの相手をしてて」
「なに……いてて引っ張るな!」
私は扉に耳を当て、向こうの会話を盗み聞きすることに。その間、サニラちゃんの相手は、髪を引っ張られているダンお兄ちゃんにお願いしよう。
元々私は耳がいいのだ。よって、扉一枚隔てたところでたいした障害はない。耳を澄ませばなんのその。
さて、会話を聞くところによると……ある日、村に人間の訪問者があった。村人は人間だからと彼を受け入れなかったが、ラニーニさんは彼に水を、食事を与えた。親切にした。数日家に泊めさえしたらしい。しかし、そんな優しいラニーニさんへ、男は関係を迫った。
ラニーニさんにその気はなく、ただ優しかっただけだ。やんわりを断った。だが、逆上したその人間の男に襲われ、何度も何度も乱暴された。気を失うまで。目を覚ました時に男はおらず、ビリビリに破れた服と汚された体が現実を物語っていた。
被害を訴えようにも男はおらず、人間の男に優しくしていたラニーニさんに村人さえも冷たく……その上、彼女は妊娠していた。その男との子供だ。ラニーニさんは悩んだ挙句、一人でその子……サニラちゃんうぃ生んだ。子供には、なんの罪もないからと。
だけど、それがまずかった。人間と関係を持ち、人間との子を生んだ……その事実を村人から激しく非難され、追い出される形で村を飛び出た。日々なんとか食いつなぎながら、いろんな村を訪ねて……
「ここに来た、と」
エルフが人間を嫌うように、人間だってエルフを嫌っているかもしれない。人里には行けない。なにより、また人間と接し、あのような目に遭うと思ったら人里に近づく覚悟すらなく、誰とも関わらないよう旅を続けてきたという。
なんだ、やっぱりラニーニさん、悪くないじゃん。それに、これは確かに……子供には、聞かせられない話だ。