突然の侵入者
……その日、この村では事件が起きた。
「おい、誰かが森の中に入ってきたぞ! 警戒体勢!」
いつものように遊んでいたが、その日は怒号のような野太い声が響いた。これは、村人の青年のものだ。ダーネスさん……だったか、村の若者のリーダー的存在。
普段温厚な彼が、ここまで声を荒げることなんて見たことがない。それは、森の中に誰かが来たこと……つまり侵入者が訪れた、ということだ。
「……? なんだろ」
一緒に遊んでいた子供の一人が、小首を傾げる。その気持ちは、私も同じだ。誰が来たのか、普通に外に出ていた村人ではないのか……ダーネスさんの様子から、そうでもないらしい。
そうでないにしても、どうして相手が侵入者だとわかるのだろうか。そもそも森の中に誰か入ってきたなんて、どうやってわかるんだろう。それが、警戒すべき相手だということも。
「みんな、こっちに集まって!」
そこへ、誰かのお母さんが子供たちを集める。なにかあってもバラバラになっているよりも、一ヶ所に集まっていた方が安心なのはわかる。
「なにか、あったの? 誰かって?」
「わからないわ。でも、村の誰か、でないのは確かみたい。ダーネスは、森の中に村人以外の誰かが入ってきたらわかるの。特別な目を持っているのよ」
ほほぉ、どうして侵入者が来たのかわかったのは、ダーネスさんがなんかそういう能力を持っている、ということらしい。そんな離れたところまで見れるなんて……いわゆる千里眼みたいなものだろうか。
問題は、誰が……もしくはなにが、入ってきたのかだ。もしかしたらこの世界には、ファンタジー世界特有のモンスターってやつがいて、それが入ってきたのか。
ただ、それにしてはみんな、めちゃくちゃ警戒してるのが……ちょっと、気になる。狂暴なモンスター? それとも……
「ダーネス、いったいなにが……」
「……入ってきたのは、ここの村にはいないエルフだ。子供と、一緒にな」
別の若者が、ダーネスさんに聞く。どうやら森に入ってきたのは、ここには住んでいないエルフのようだ。相手はモンスターでなければ、人間族でもない。
同じ種族だ。ならばなぜ、こうも警戒する必要があるのだろうか?
「エルフ? なら……」
「……あの子供は、おそらくハーフエルフだ」
「!」
エルフである相手に警戒する必要性……同じく疑問に思った若者が首をかしげるが、続くダーネスさんの言葉に目を見開く。
ハーフエルフ……その言葉をこの世界で聞くのは初めてだが、知識ならばある。ハーフのエルフ……要は、エルフと別の種族に生まれた存在のこと。そしてその多くは、エルフと人間の子供だ。
その知識が間違いでないとして、ハーフエルフという単語に大人たちの雰囲気が変わったのは、なぜだろう。
「ハーフエルフ……?」
「なにそれ」
「……とても、怖い存在ってことよ」
子供たちが、近くの大人に聞く。それに対して返ってきた答えは……私の、想像もしていないものだった。
ハーフエルフが、怖い……? いや、あの表情から察するに、怖いとはまた違った感情を抱いていそうだ。子供たちに、わかりやすい表現として怖いと言っただけなのだろう。
だとしても、決していい感情ではない。いったいなぜ……
「……来るぞ」
と、ダーネスさんが言う。この森は大きく、さらに似たような木々がそこらに生えているため、簡単には道がわからず結構迷う。ここで育った私だって、一人じゃ容易に移動できない。
なのに、侵入してきたエルフというのは、迷いなくこの場を目指しているのだという。もしかしたら、大勢の同族がいる場所、というのがわかって、そこを目指しているのかもしれない。
いずれにしろ、もうそう遠くは……
「っ……あ……」
ガサガサと木々が揺れ、そこから人影が現れる。そこに現れたのは、美しい金髪を肩辺りまで伸ばした、儚げな女性。そして、その側にくっついて離れない、私と同い年くらいの子供だ。女の子かな?
一目見て、わかった。あの子は、普通のエルフとは違う、と。あれがハーフエルフなのだと、本能からわかった。
「あれが……」
初めて見る、この村以外のエルフ。しかも、片方はハーフエルフだ。自然と、目を奪われる。
二人とも、美人とかわいいがそれぞれにある。けど、容姿は整っていても……その身に纏う服は汚れ、ボロボロだった。
まるで、どこかから逃げてきたかのように。
「あ、あの……突然、申し訳ありません。私、ラニーニと申します。この子は、サニラ……どうか同族のよしみで、私たちをこの村に置いてもらえないでしょうか」
よほど焦っているのか、女性……ラニーニと名乗った彼女は、自分と子供を、ここに置いてくれと言う。やはり、どこかから逃げてきたのか?
いきなりの訪問者だが、この森は広いし、私たちが暮らせるスペースもまだ充分ある。エルフ二人くらい、受け入れる余裕は……
「断る。すまないが、他を当たってくれ」
ある……はずなのに。
断ると、短くそう答えたダーネスさんの声は、とても冷たかった。