少女の憎しみ
…………燃えている。ゴォゴォと激しい音を立てて、メラメラパチパチと勇ましい音を立てて、燃えている。真っ黒な夜空が赤く染まるほど、赤々と大きく燃えている。
燃えている、燃えている、燃えている。森が、燃えている。私の育った森が、私を育ててくれた森が、私たちの故郷で、住んでいた場所が……燃えている。
巨大な森を覆い尽くすほどに勢いづく炎、それが私の瞳に焼き付いていた。ただ、流れる涙も拭えないほどに体が動いてくれないのは、悲しみが大きいせいだ。胸にぽっかり、穴が空いてしまったかのよう。
「レーア、走るぞ! 頼む、立ってくれ!」
燃えている、燃えている、燃えている……燃えていくのは、森だけではない。そこに住まう人々も、そこで育んできた思い出も、なにもかもが……心の中にあった、大切なものが、燃えてなくなっていく。
膝をつき、おしりをつき、動けなかった私に話しかける人は、焦れったく思ったのか、私を持ち上げる。その人はそのまま私を担ぎ、走っていく。燃えている森とは、逆方向へ。炎から、遠ざかるように。
待ってと、たったそれだけの声も出ない。手を伸ばしても、遠退いていく森には届かない。私が育った場所が、なくなっていく……私と笑いあってくれた人たちが、共に燃えていく。
伸ばした手には、なにも掴めない。空を掴むだけの手は、小さく、なんの力もない。ただ、なにもできないことが悔しくて、悲しくて。
「……っ」
聞こえるのは、炎の音、だけではない。聞こうとしていなかっただけだ。燃えていく人々の叫び声が、阿鼻叫喚が、聞こえる。聞こえてしまう。
嫌だ、嫌だ嫌だ。森がなくなるのも、みんなが死んじゃうのも……けれど、暴れても降りることさえできなくて。なんの力もない自分が、憎らしくさえあった。
この世界に生まれ、不安で仕方なかった私を、笑って迎えてくれたみんな。みんなが、いたからここまで生きてこられたのに……そのすべてが、消えていく。
「ぅ、あぁ……」
耳障りな声。それは、自分の泣き声だ。森が離れていき、そこでようやく、声が出る。今までなにかに抑えつけられていたかのような声が、ここにきて溢れ出してきた。
ただ泣くしかできない自分が情けなくて。虚しさが、わいてくる。同時に、わき上がってくるものがある……これは、この気持ちは……
「すまない、レーア、すまない……!」
私を担ぎ走りながら、その人『お兄ちゃん』が言う。お兄ちゃんとはいっても、血は繋がっていない。私がそう、慕っていただけだ。
お兄ちゃんが謝る必要なんてないのに、お兄ちゃんだって泣く権利があるのに。故郷を、友達を、親を奪われて。いや、泣いてはいる。私にバレないように、感情を圧し殺している。それが、わかってしまう。
だからだろうか……わき上がってくる気持ちは、だんだんどろどろとした形に変わっていく。わき上がってくるのは、悲しみだと思っていた。けれど、違う。
この気持ち……久しく忘れていたこの気持ちは、怒りだ。それも、怒りよりももっと強い……憎しみだ。
森に火を『つけた』連中……奴らの顔は、忘れない。故郷を、友達を、親を……燃やしたあいつらを、私は許さない。
「う、うぅ……!」
この世界に生まれて、『二度目の人生』を謳歌するつもりだった。『転生』した私は、ここでみんなと、最高の人生を送るはずだった。それなのに……
奪われた、奪われた、奪われた! 私はすべてを奪われた。残ったのはお兄ちゃんだけ……これで本当にひとりぼっちだったら、耐えられなかっただろう。
今の私には、なにもできない。だけど、私は……このまま泣き寝入りすることなんて、できない!
だから、誓おう……私から、奪ったあいつらに……必ず、復讐、してやると……!