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      ○○○○


「やめてくれ……」

 先輩のかすれた声が聞こえた。けれど私は気にせず、冷蔵庫に手をつっこんで私の首を手にとった。

 冷たい。そして、重い。きんきんに冷えたスイカを持っているような感じだった。けれどそのスイカには耳があり、鼻があり、髪がある。閉ざされたまぶたや鼻から流れた血は乾いてこびりつき、青ざめた顔を汚している。保存状態がよかったのか、他のパーツのように腐りかけてはいなかった。

 私の膝に乗った袋から、ピースたちがこぼれていく。それは、細切れにされたミクリヤユイの身体。カラスや猫がくわえていたのは指先や手首の一部で、集めたピースでかろうじて手首と思われるものを作ることができた。

 集めたピースのほんの一部分で、どこのものかもわからない肉片や臓物のほうが圧倒的に多い。燃えるゴミとして処分されようとしていた生ゴミたちは、腐りかけたものが多く、半ば溶け出しているものもあった。それがフローリングの上にべちゃべちゃと落ちて、ひどい臭いが鼻をつく。

 むき出しになった骨が、床に落ちるときにこつんと音をたてた。私は気にせず、核のピースを食い入るように見つめていた。

 そうか、だから私のことが誰も見えなかったんだ。

 耳たぶにふれた指先から、生首が持つ記憶が伝わってくる。触れた指先はこの上なく熱く、大量に押し寄せてくる情報にめまいがする。それでも取り落とすまいと、私はしっかりとピースを抱きしめた。

 ピースが――私の首が教えてくれる。私がこうなる前のことを。私がどうしてこうなってしまったかを。

 私はアルバイトを辞めるつもりだった。バイトは好きだったけど、続けることが精神的に苦痛だったからだ。

『ユイちゃん』

 そう私に甘い声で囁く先輩。私は彼と恋人同士でもなんでもなかった。

 先輩から一方的に言い寄られていた。しつこくメールが来て、電話が何度も鳴って、家の前で待ち伏せされた。同じシフトにばかりはいって、しつこく遊びに誘われた。無理やりキスされそうになったことだってある。

 たえられなくなって、私はバイトを辞め、先輩との接点を断つことにした。でもバイトを辞めたところで先輩がおとなしくなるとも思えず、きっぱりと言う事に決めた。

 けれど、一人で乗り込んだのはさすがにばかだった。

『ユイちゃんは僕のものだ!』

 もともとストーカーの気があった人だ。私はあっという間に部屋に連れ込まれ、襲われそうになり、押し倒されて頭をしこたまどこかに打ちつけた。

 どこに打ったのかはさっぱりわからない。私はそれで死んでしまったのだから。

 先輩は私が死んだことで我に返ったらしく、罪に問われることを恐れて死体をどうするか考えた。

 そして作り出したのが、私のパズルだ。

 つい先日まで一緒に働いていた女の子の身体を切り刻み、こま切りにしてゴミと一緒に捨てた。人の身体なんてわからないぐらいばらばらにして、私は生ゴミになった。

 捨てられるごみにも限度があったのか、トイレに流したりもした。今も私のピースたちは、地下を流れ続けているのだろう。きっとカラスのお腹の中にだっているに違いない。

 すこしずつ時間をかけて解体して、すこしずつ処分した。私は死んだ瞬間、想い人から、処分に困ったゴミになったようだった。

 そして最後に残った私のピース――首だけが、処分に困って部屋に残されていた。

 私が死の間際に見たものは、先輩に押し倒され、頭を打ちつける寸前の、自分の投げ出された脚だった。

「……先輩」

 めまいのおちついた私が発した声は、生前出したことがないだろうと思われるほどに低く、ぞっとした声だった。

「私の身体は、どこ……?」

 首から流れる血ですらなくなった自分の顔を抱き、私は腰を抜かして動けない先輩を振り向く。肩越しに振り返ったはずなのに、視界を邪魔するはずの肩は透き通ってふるえる先輩の膝を見せていた。

 私は幽霊だった。

 集めていたのは自分の体だった。

 できあがるはずの私の死体は、もう、散り散りになってしまって完成しない。

「ねぇ、先輩?」

 立ち上がると、膝の上に残っていたピースが散らばり、体液が流れ出た。皮膚に刻まれた毛穴はわかるけど、やはりどの部分の肉かはさっぱりわからなかった。

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