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集めたピースはニュースをきっかけに、私に少しずつ記憶を与えてくれるようになった。
ミクリヤユイ。それが私の名前だ。
私は一週間ぐらい前に、バイトに行くために家を出た。行ってきますと家族に言ったのは覚えているけど、残念ながらその後の、失踪したという記憶はまだ戻っていない。
失踪前の記憶もまだ曖昧で、ぼんやりと霧がかかって見えないところがたくさんある。わかることといえば、今まで私が歩いてきたところは、以前から歩きなれた道だということだった。
ゴミ箱でピースを拾ったコンビニ。あそこが私のアルバイト先。高校の同級生や、大学生の先輩たちと仲良くなって、時給が安いながらも毎日一生懸命働いていた。
バイトを通じて友達が増えて、さらに楽しくなった学校生活。べつにクラスでいじめがあったわけでもないし、バイトに行きたくないという理由で失踪するようにも思えない。自分で考えてみても、私が失踪するような要因は思い当たらない。
私は商店街を去って、またあてもなくさまよっていた。
ピースの共鳴はすっかりなくなってしまっていた。ごくまれに騒ぐこともあるけど、見つけられないことのほうが多くて、そのうち消えてしまう。一体ピースはどこに隠されているんだろう。
ミクリヤユイという私は、普通の女子高生で。特別問題があるわけでもなく、ごくごく普通の女子高生で。進路に頭を悩ませテストの結果に肩を落としながらも、友達と仲良く遊んだりアルバイトにいそしんだりして、青春を謳歌していたはずだ。
歩きに歩いて、大学の近くに来た。来年、私もあの大学を受験する予定だ。バイト先の先輩も、同じ大学に通って近くのアパートに住んでいた。
ゴミの収集看板を見つけるなり、再びピースがやかましく騒ぎ始めた。やはりピースはゴミの中に隠されていることのほうが多い。学生ばかりでマナーがなっていないという収集地区は、燃えるゴミの回収が終わっても、ゴミ袋がいくつも無造作に捨てられていた。
ピースを拾うと、まためまいで目の前が暗くなる。地面に膝をつく私の脳裏に、ひとつの映像が流れた。
部屋の一室、真っ暗なパソコンの画面。フローリングに投げ出された白い脚。
自分の部屋だろうか、と思って、まだそのあたりの記憶がないことを知る。本当にこのパズルは穴だらけで、与えてくれる記憶も断片的でつながりやしない。
集めたピースをまたあわせて、私はようやくひとつ、大きなパーツを完成させた。誰もが目にしたことある、身近なもの。それはわかるけど、はたしてこれは誰のだったろう。
できあがったパーツを手にもち、私は首をかしげる。どこかで見たことのある形。
形になったピースたちは、また私に失踪前のことを教えてくれた。
一緒に遊びに行かない? 新しい映画、面白そうだよね。私を誘ってくれる優しい声。
ケータイのメール。かかってくる電話。夜遅くなると、送ってくれる人。途切れ途切れに、パズルの欠片はそれを教えてくれる。
「私……」
私は、失踪する前、誰かと約束していた。
そしてその人に、何か言おうとしていたのに。とても大事なことを言うつもりだったのに。肝心なところをこのピースたちは教えてくれない。悔しくて唇を噛んだ。
――ユイちゃん。
突然、パーツが大きく振動した。私は驚いて取り落とてしまい、アスファルトの上でパーツがふるえている。まるで私になにかを伝えるように、今までにない強い共鳴だった。
集めたピース同士が、強く呼び合っている。
強いめまいがする。部屋の一室、パソコンの画面。投げ出された私の脚、夕暮れの暑い西日。
ユイちゃん。私を呼ぶ声。
甘く、囁くような声。ゆいちゃん、ゆいちゃん。耳元で囁かれて、誰かが私に覆いかぶさっている。
『ユイちゃんが好きなんだ』
声が蘇る。聞いたことのある声。
私はピースを抱えて立ち上がる。腕の中で、結合したパーツが私に教えてくれる。この声は誰のもの。そして私のこと。
「……先輩だ」
コンビニの、先輩。よく同じシフトにはいる、大学に通う先輩。やさしくて、頼りがいがあって、いろんなことを教えてくれる先輩。
映画に行こう。ご飯を食べに行こう。勉強がわからないところは教えてあげるよ。
――ユイちゃんのことが好きだ。