異世界転移してねーだろうが!
目が覚めると知らない部屋だった。
部屋は全体として石造りで、寝かされていたベッドは何だかごつごつしている。
昨夜は普通に自室で寝たはずだ。何が起きている?
「目が覚めたであるか。異世界の勇者殿。」
突然声をかけられた。
慌てて起き上がり、声のした方を見ると、四十代くらいのおっさんがいた。何故か西洋風の全身鎧のようなものを着ている。
それよりも気になるキーワードがあった。異世界だぁ?
俺はおっさんを無視して、そのわきにあった扉に飛びつく。そしてそのまま部屋の外へ出た。
「なんだ、ここは!?」
目の前に広がるのは鬱蒼と生い茂る木々。そして……
「ここは異世界、ヴォケーショナルトレイニング。勇者殿は異世界にやって来たのである。」
「おい!」
「そしてこの場所は、勇者殿にこの世界に慣れてもらい、その秘められた能力を開放するための施設なのである。」
「ちょっと待て!」
「現在この世界は平和なので、戦闘技能よりも生産スキルの方がおすすめなのである。」
「そんなことより、あれは何だ!」
強引に話を進めようとするおっさんを制して、俺はその背後を指さした。
「あれは我が世界が誇る霊峰、フジーサーンである。」
それは霊峰と呼ぶにふさわしい、高く美しい円錐形の独立峰……
「いや、外国語っぽく言っても無駄だから。どう見てもあれは富士山だろうが!」
すると、ここは青木ヶ原樹海か。
「実は隠す気ねーだろー?」
富士山がばっちり見える場所で異世界んなて、少なくとも日本人には通用しないだろう。
しかし、こいつの目的はなんだ? 俺を誘拐したって身代金なんて出てこないぞ。
「いずれにしても、研修を受けてもらわなければここから出られないのである。勇者殿にはここで何らかのスキルを習得してもらうのである。」
まだ続けるのかよ、それ。
いや、待てよ。その言い方だと、俺が研修を受けてスキルを習得することが目的のような……ハッ!
「まさか、これはニート特法の強制執行か!?」
若年無業者に対する特別措置法、通称ニート特法。それは近年社会問題と化しているニートに対して、強制的に職業訓練を受けさせ無理やり就職させることを認める、かなり乱暴な法律である。
場合によっては職業選択の自由などに抵触し、人権侵害になりかねないとして議題に上がった当初は根強い反対意見があったはずなのだが、時流に乗ってあっさりと成立してしまったものだ。
また、ニート=ヲタクという偏見が強く、ヲタクを標的にした法律であると思い込んでいる人が多数いる。
そのせいか、『働かないヲタクを異世界に送り込んでいる』と言う冗談のような都市伝説が流布されていたのするのだが……
「それが、異世界ロールプレイングだったとは……」
異世界に行けばヲタクなニートも働くとでも思ったか?
よく見れば、石造りに見えた建物は普通のプレハブの表面に石造りの模様を張り付けたかのようで、妙に薄っぺらと言うか安っぽい。
おっさんの着こんでいる全身鎧に見える衣装も、動いてもジャラジャラとした金属音はしないし、なんだか軽そうだった。
「富士山の見える立地もそうだけど、Vocational trainingって英語で職業訓練のことじゃないか。本当に隠す気ないな。」
ついでに言えば、おっさんも顔は日本人にしか見えない。全身鎧なのに兜は被っていなくて顔がむき出しだから良く分かる。
まあ、実際に職業訓練が始まってしまったら隠し通せるものでもないか。
「ハッハッハッ、勇者殿は英語が堪能なようであるな。そちら方面の技能を磨きますかな?」
「やらねーよ! そもそも、俺はニートじゃないし。」
「ニートは皆そう言うのである。自称売れない小説家と言うのは仕事のうちに入らないのである。」
――グサグサッ!
おや、どこかで誰かの心にダメージが入った気がしたが、まあ俺には関係無い。
「ちゃんと所得税も収めているぞ。国の事業なんだろ、そのあたり調べていないのか?」
「……そこは個人情報なので無理なのである。しかし、勇者殿が自宅に籠って仕事に出ていないことは確認済みなのである。」
「おいおい、それじゃ直木賞作家とかをニート扱いしかねないぞ。」
国会じゃあ、「間違いが起こらないように、運用には細心の注意を払って」とか言っていたのに、杜撰だな。
「勇者殿、もしや本当にプロの作家なのであるか?」
「いや、違うが。」
誰もそんなことは言っていない。
「クラウドソーシングって知っているか? 俺は不特定の企業などから依頼を受けてプログラムやWebシステムを開発している。ネットワーク経由で家にいながら世界を相手に仕事しているわけだ。」
今時、自宅にいながらできる仕事なんていくらでもある。
「ちなみに、去年の年収はだいたい三百万。」
「三百万円であるか。確かにその年代の平均年収くらいあるならニートとは呼べないであるが……」
「いや、ドル。」
「はぁ?」
「だから三百万円じゃなくて三百万ドル。言っただろ、世界を相手に仕事をしているって。ソフトウエアに関しては、質の良いものを作れば海外の方が金払いは良いんだよな。」
「え? えええ!?」
「日本円にすると三億ちょっとかな、このところ円高傾向が続いたから。半分くらいい税金で持っていかれて納税が大変だったけどな。」
「し、しかし、ご両親の話では確かに無職無収入だと……」
よほど慌てたのか口調が変わっている。こっちの方が素なのだろう。
「あー、やっぱりうちの親の話を鵜呑みにしたのか。」
親の話だけ聞いてろくに裏も取らずに実行しちゃったんだろうなー。やっぱりこの法律は穴が大き過ぎる。いや、運用が杜撰すぎるのか。
「言いたかないが、俺の親は両親揃って駄目人間だ。」
「それはいったいどういうことであるか?」
あ、口調が戻った。
「金の管理ができず、あればあるだけ使ってしまう。そして息子の金と自分の金の区別ができない。」
嫌な思い出が甦って来る。俺は今相当に渋い顔をしているだろう。
「子供の頃は祖父母からもらったお年玉や入学祝を親に勝手に使われた。高校に入ってバイトを始めたら、俺の財布を親が勝手に漁るようになった。」
祖父母はどちらもまともな金銭感覚を持っていて、子供(俺)用の金を使い込んで問題を起こす両親を見かねて色々と俺に支援してくれた。でも現金を渡されると親に持っていかれたんだよな。
「大学は奨学金とバイトで稼いだ金で通った。学費に手を出されないように通帳と印鑑は別々に保管し片方は常に持ち歩くようになったのがこのの頃だ。」
一応この辺りから自衛ができるようになった、と思ったんだがなぁ。
「決定的な問題は、俺が就職してから起こった。俺の給料を当てにして親が借金をしていたことが判明した。」
初任給で親にプレゼントとかはよく聞くが、親の借金の返済に充てるというのはちょっと情けない。
「しかも、勤め先の業種の平均給与を調べて、控除前の金額で両親別々に借金していやがった。」
つまり、ささやかな初任給の手取りでは返済しきれない額の借金をダブルで抱えていたわけだ。
「その時は初任給全額叩きつけて後は面倒見ない宣言したんだが、その後もなんだかんだ理由を付けて俺の給料やボーナスを当てにして借金を止めることはなかった。」
借金の残高を気にせずに、次の俺の給料日に返せばよいと気楽に借りてしまう。全く前向き過ぎるのも考え物だ。
「同じ時期にたまたま祖父が他界して遺産が入ったことで返済できたんだが、結局俺が働いている限りうちの親は借金を続けることが分かった。だから俺は会社を辞めるしかなかった。」
本当はあの時一度破産しておけばよかったのだと思う。一度痛い目を見なければ何度でも同じことを繰り返すだろう。
「そんなわけで、俺は自分の両親に働いていることも収入があることも知られるわけにはいかないんだ。親に聞いただけでニートと決めつけたお前たちのミスだ。」
「……」
「分かったらさっさと帰してくれ。これでも複数の案件を抱えていて忙しいんだ。」
「……残念ながら、この施設に来たら技能訓練を行わなければ帰れない決まりなのである。このまま帰すわけにはいかないのである。」
「そっちの都合など知らん。俺の仕事に支障が出たら損害賠償を要求するぞ。」
「うっ……」
「そもそも俺がニートでない以上、この法律の対象外だ。つまりお前たちの行為はただの拉致監禁。帰ったら刑事告発も辞さない。」
「そ、それは困るのである。」
「だからそっちの都合など知らん。ちなみに、俺が不慮の事故等で帰れないと、今度はうちの両親が訴訟を起こすぞ。」
まあ、悪の秘密組織ではなく仮にも国家事業なのだから、さすがに俺の口を封じて問題隠蔽とかしないだろうが、やったらやったで騒ぎになる。
俺の両親は金遣いが荒い分、交友関係は広い。身内から吸い上げた金を、他人に対しては奢ったりプレゼントしたりと景気良くばらまくのだ。
中にはろくに事情も知らないくせに、俺に働けとか説教してきた父の友人とかいう奴もいたな。
「俺が億単位で稼いでいると知ったら、単純に五十年分くらい掛け算して凄い金額を請求してくるだろうなぁ。」
うちの親は金の管理ができないだけでがめついわけではないんだが、俺の金を回収する分には遠慮も容赦もないからなぁ。
まあ、一括してもらったら億単位の金でも数年かからず使い果たしそうで怖いのだが。
俺は固まったままのおっさんの肩にポンと手を置いた。……あ、この鎧段ボール製だ。
「いずれにしても、法的に許されていない相手に強制執行してしまった時点でこの事業はおしまいだ。
余計な心配などせずにさっさと俺を家に帰せ。さあ、さあ!」
何かで聞いた話ですが、某有名テーマパークが浦安に建設される前には、富士の樹海の辺りも候補地として挙がっていたそうです。候補から外れた理由は、「富士山が見えるから」だそうです。
せっかく夢の国を演出しているのに富士山が見えたら現実に引き戻されてしまう、という点が問題になったとか。
ということで、異世界に行ったはずなのに富士山が見えたらどんな気分になるかな、という発想で書いてみました。
この後主人公は、「引きこもりのニートだと思って家を追い出した息子は、実は年収三億稼ぐ超優秀だった。戻って来いと言われても今更遅いと取り付く島もない。」みたいな展開になります。
なお、主人公の両親にモデルはいません。自分の親はまともで良かったです。




