部屋が寒いときはいっそ外に出ると吉という話
寒さに間借りした、風が吹き抜けるワンルーム。建付けの悪い窓の内枠を掴んで押し込み、風が自力で開けてしまえるような施錠をしておく。2歩戻って、布団を被り直す。
「うう…、それにしても寒い。寒すぎるでしょ。」
とうに寒さには慣れたつもりでいたが、今夜はとにかく冷える。中々温まってくれない布団の中で寝付けずに震えているところだった。
昼間はすっかり暖かくなって、天気も良く、春の訪れを肌で感じられるようになった。
だが、その春がぼくを焦らせる。
いつまでも寒い、こんなところにいるべきではないと、頭の中でグチャグチャと考えてしまう。
とはいえ昼間は昼間で、起きているからと言って何をするわけでもない。粗末な食事と、何もしていないのだから当然と、少しの疲労も蓄えない身体を横たえに休ませる行為を繰り返すだけだ。
それなのに、現状への不安や焦燥は有り余る体力をみるみる奪っていく。
「明日も面接だ…。」
部屋の隅に掛けられた正装と、書類の束。
朝になったらまた内容を改める。
何度も何度も、何枚もの履歴書を書いたあとだった。
この部屋に住み始めて半年が経った。
ここに来る前の部屋は同じくらい小さかったが、暖かった。
湖の反対側にある中級区の会社をクビになってしまい、最初は必死になって再就職先を探したが、次第にその活動を行うための貯金の底も見え始め、中級区にこだわって家賃を支払い続けるよりも、ボロアパート、下級区へ引っ越す方がよっぽど現実的だった。
戦略的撤退だ。そう息巻いてはいたが
結局の所、なにも為さずに半年が過ぎた。
下級区にやってきたおかげでお金はほとんど使っていないのが、せめてもの救いだった。
とはいえ、無駄遣いをしないよう節制に努めるぼくはいつでも空腹だった。
ガタガタと、窓に隙間ができる。
外に押し込められていた空気が逃げ口にびゅう、と駆け込んできた。
「ん?なんの匂いだ?」
鼻をくすぐる、冷たさと、違和感。
木の焚ける匂いだ。誰かがこんな夜中にキャンプでも敢行したのか、近くに屋台でも出てるのか。はたまた、どこかで火事だろうか。
下級区とはいっても、このあたりの治安は悪くない。たまに、ガラの悪い連中を見かけるけど、これみよがしに絡まれることはなかった。
この部屋には昨年の夏の終りに越してきて半年経つ、特に冬は寒さが堪えた。
とにかく、この部屋は寒い。
一度、寒さに耐えきれず部屋の中で焚き火をしたことがある。
思えば、普通はしないことだが
会社をクビになったこと、自分が下級区民となったこと。当時はすべてに絶望していた。
自暴自棄だったのだ。
結果から言うと、壁一面が黒焦げになった。
隅に転がる埃たちが急激に乾き、端から次々に引火すると、ちょうどいま風にのってやってきたこの匂いになったのだ。
これは火の匂いだ。つまり、その匂いの発生源は温かい。
今も、自暴自棄なのは変わらない。
「ふぅ…腹は減ってないけど、もし屋台が出てるなら…」
寒くて寝れないよりはいい。
一思いに布団から飛び出して、上着に袖を通す。窓の外の風が、中に入れろと叩いている。鍵を突破されるのは時間の問題だろう。戻ってきたときにはどれだけ寒いことか。
まあ、いいか。
いつものことだし。
ドアノブを左に回し、身体を前傾させ体重で開ける。左足から先に外に出す。
このドアには鍵はない。開け方にコツがあるし、中に入っても盗めるものはない。
「外のがあったかいじゃん」
南西に向かって下り坂が続く街を見下ろして、今夜は野宿もいいかも、とかそんなことを考えていた。