聖女じゃないと追い出されましたがその通りです!
伯爵のガルト家には、二人の娘がいる。
一人は聖女の母を持つ私ターニャと、もう一人はガルト家当主の愛人の娘のリーンだ。
しかし、私は聖女の力を一切使えない。悲しい事に毛すら一本も生えさせる事すらできない。それなのに、リーンは家系ではないのになぜか聖女の力が使えた。
だから、私はガルト家の忌子と呼ばれて、リーンは愛し子と呼ばれていた。
私からしてみれば「アホくさ」以外の何物でもないれけど。
努力したところで無駄な事は無駄でしかない。男はどれだけ頑張ったって子供なんて産めないし、人形が願ったところで人にはなれないのだから。
無意味な事に努力する必要はないと私は思っている。
私は元々、両親から可愛がられていなかったけれど、母親が亡くなって愛人が家に来てから扱いが余計にひどくなったような気がする。
「お姉さま、このブローチ。私にくださらない」
「これは、お母様からの唯一のプレゼントなの、あげられないわ」
「酷いわ!お姉さま。私達はずっと、お姉さまとそのお母様からお父様を奪われてきたのに……。このブローチが少しでも私の心の傷を慰めてくれるとは思わないのですか?」
いや、全く思わないけど……。
生まれた日が数日違いの妹は、いかにも自分が被害者だと言うけれど、娘の立場からしてみれば予定日数日違いで愛人の子供を仕込むなど、父親の人間性が、終了している。
なんというか、とりあえず亡くなった母に土下座して頭を踏みつけにされたほうがいい。お前の土下座になんの価値もないと切り捨てられてほしいし、今すぐ金だけ残して死ねばいいのに。
「意味がわからないけれど」
「酷いわ!お姉さま!」
リーンはそう言い出して、両目に涙を溜めて泣き出し始めた。
キーキーと喚き声が猿のようでうるさい。頭が凹むまで殴ってやりたくなる。
勢いよく殴ったらゴーンといい音が鳴って、すっからかんの頭の中身がチョロチョロと出てくるだろう。
きっと、頭の中身は腐ったバナナだ。
「何をしているの?」
そこへ、父親と愛人のローサがやってきた。
「お父様!お母様!お姉さまが酷いのです。私、お母様の瞳と同じ色のアメジストのブローチをくださいと言ったら嫌だと言われて」
「なんだと?それくらいあげればいいだろう?わがままを言うな」
父親は、私と同じ瞳の色のブローチをリーンに渡せと言い出す。
「これは、お母様からの唯一のプレゼントなのであげられません」
「それがなんだと言うんだ」
父親は事の重大さを全くもって理解していない。
リーンを増長させたとしても、この家にとってなんの意味もない。
市井で生活するならマナーなどなくてもいいかもしれないが、物を盗むのは犯罪者だ。
「嫌がっているのに、無理やり取るなんて泥棒ですね」
「酷いっ!私を泥棒だなんて」
「お前はなぜそんな事を言うんだ!だから、お前には聖女の力が宿らなかったんだ」
父親は傷つけるつもりでそう言うけれど、私からしてみれば「だからどうした」という気分にしかならなかった。
私の人間性と聖女の力の有無に因果関係はない。
「血の繋がりはないけれどリーンはとても可愛いな。お前とは違って、早く渡せ」
「どうぞ!この、泥棒」
そう言われて、どうでもいい気分になって私はリーンにブローチを投げてよこした。
ブローチは、リーンの頭に命中して「痛い!」と涙目になった。
ザマァ見ろ。
「酷い!」と、リーンは泣き喚きだした。
「お前!」
泣き出すリーンを見て父親が怒りに任せて私の顔を殴りだした。
私は後方に吹っ飛びそのまま後頭部をぶつける。頬は腫れ上がり、唇の端からは血が滲み出た。
べつに痛みは感じない。慣れてしまったからだ。
「金だけ残してさっさと死ねばいいのに」
私の呟きに、また、父親が怒りだして私の顔を殴りだした。
リーンとローサはその光景をニヤニヤと笑って見ていた。
殴られようと心底どうでもよかった。ただ、コイツらに不愉快な思いをさせてやりたい。それだけのために私は生きている。
ただ、この砂の城で作り上げた家族ごっこもそう遠くない未来に崩れるのだろう。と、漠然と考えていた。
こんな私でも立場上はガルド家の娘なので婚約者がいる。
彼は私の立場をよく理解しているので、家畜以下の役に立たない存在だと思っているようだけれど。
「お前は、いつも、地味でつまらない」
いつも仕方なくやるお茶会に来ると、必ず私を貶めるのだ。
「レオナルド様ぁ」
そして、リーンはさも当然のように、私達のお茶会を邪魔しにやってくる。
「リーン嬢。変わらずお綺麗ですね」
「まぁ」
レオナルドは、私には絶対に言わない言葉でリーンを褒め出す。
見た目合い二人は頬を染め出す。まるで、私の存在など目にも入らないかのように。
勝手に世界に浸ってろ。
「……」
どれだけ時間が経過したのだろう。ずっと見つめあって何が楽しいのか私には理解ができない。
はいはい。私はおじゃま虫ですよ。
「私、気分が悪いので帰りますね」
「おい!」
レオナルドの制止を無視して私は部屋帰ろうとした。
その時だった。
「レオナルド君。大切な話があるので聞いてほしい」
書類を持った父親とローサが余裕のある微笑みを浮かべて私たちの前にやってきた。
「なんでしょうか?」
レオナルドは、不思議そうに首を傾けて問いかける。
「ターニャとの婚約を破棄してリーンと婚約してほしい」
あまりにも突然の申し出に私は絶句する。
この婚約は、レオナルドの家からの打診があって決まったのだ。それなのに、勝手に破棄などできるわけがない。
「お父様、何を言っているのですか?」
「先程、神殿にターニャとの親子鑑定を頼んできた。もちろんリーンとのもだ」
「どういうことでしょうか?」
「私と、ターニャの母親とは白い結婚だった。そして、リーンの母親と私はその時から愛し合っていたのだ」
つまり、父親は、私との血縁関係がないと言いたいのだろう。
「ずっと、血の繋がらない親子。と話していたが、私とリーンは親子なんだよ」
「まあ、そんな。嬉しいわ」
リーンは、父親の言葉に感極まったように涙を浮かべる。
「お父様。お言葉ですが、私は正真正銘。貴方の娘です」
私はこの吐き気を催すような存在の娘だ。それだけは、はっきりと分かっている。
「まだ言うか!お前が娘じゃないと分かったら、家から追い出してやる!」
しかし、父親は私の言葉を信じていないようだ。
「旦那様。娘ではないとわかっておりますもの、その必要はありませんわ」
ローサは、すでに結果が決まっている。と、言わんばかりに微笑みを浮かべた。
まあ、血の繋がりのない子供でも情が芽生えるものよね。いつも、そう言い切るのだから、それなら勝手にしていればいいわ。
「そうだな。早く追い出してやろう。コイツを連れて行け」
そう言うと、もとから控えていたのだろう。騎士が私の髪の毛ごと頭を掴んで床に叩きつけた。
あまりの頭に顔を顰めながら、私は最後に忠告をする。
「……。私は貴方の正真正銘の娘です。ですが、もう、どうでもいいです」
「お前など死ねばいい。死人の森に連れて行け」
「はい」
「レオナルド君、もちろん、妹のリーンと婚約してくれるだろう?」
「家族と相談します。お返事は……そうですね。たぶん」
レオナルドは、曖昧な微笑みを浮かべて私のことなどすでに目に入っていない様子で父親に返事をした。
「これ、早く捨てていこうぜ」
騎士は私を縛りつけたまま、馬車から降ろすと、さっさといなくなってしまった。
「ソイプロテイン」
魔法の言葉と共に、私の筋肉に力が宿っていく。そして、縛り付けられた両腕と、両足のローブはすぐさま引きちぎられた。
圧倒的に聖女としての資質が欠如していたけれど、何かしら人の役に立たないだろうかと考えた結果。肉体強化の魔法が使えるようになっていた。
治りもしない病気を聖魔法で治そうとする努力をするよりも、身体の構造を把握して強化する方が私にとっては圧倒的に意味のある事だと思う。
「……」
「誰?」
聞こえてきたのは呻き声だ。しかし、不明瞭で聞き取りにくい。
ここに捨てられるのは死体が出てきて欲しいような、やんごとない身分の人間が多い。
魔物はいるけれど、所持品が盗まれたら、誰か把握できないからだ。
私同様に気の毒な人。
助けられそうなら助けてあげたい。私はそちらに向かって歩き出す。
そこにいたのは、四肢を切断されて、身動きが取れなくなっていた青年だった。
「グロっ」
血塗れで手足が転がっているのを見ると、少しだけ気分が悪くなる。病気に侵された体もそうだが「死」を間近で感じさせる物は目を向けるだけでこちらの命が削られそうで怖い。
見捨てるつもりはないけれど。
「……!」
青年は必死に何かを訴えかけている。おそらく助けてくれ。だろうか。
「助けてほしいのね?」
しかし、青年は何故か首を振って私を遠ざけようとする。
「怖くないわよ。私、大丈夫」
そう言って、私はとりあえず青年の右腕をくっつけてあげた。
「っつ!?」
「残念だけど私は聖女じゃないから。回復魔法は使えない。くっつけられるだけよ。神経はくっつけられると思うけど動かせるまでは時間がかかるわ」
言いながら、間違えて右肩に左腕をくっつけていた事に気がつくけれど、すぐに元に戻した。
辺りをキョロキョロと見回すとすぐに舌を見つけた。
「とりあえず。この森から出ましょうか」
私は青年をおぶってこの森から逃げ出した。
青年が喋られるようになり、意思疎通ができるようになったら。どうやら、隣国の貴族だったようで。私はその国でとても歓迎された。
そして、かつての婚約者が私を追って修羅場が繰り広げられたが。これは、べつの話。
死人の森で、ターニャの死体はすぐに見つかった。獣に食い散らかされて、無残な状態だった。と聞いて私は笑いが止まらなかった。
血のつながらない。あの邪魔者が消えた。
そして、今日、もう一つの念願を達成することができる。
神殿の鑑定が今日届いたのだ。
「なんだと……?」
私はリーンと親子関係を否定された書類を手に持って思わずつぶやいた。
ローサが私を裏切っていたなんて、そんな事信じられなかった。
「私は、たしかにリーンを産みました!貴方以外の男に身体など許しておりません」
ローサの必死の弁明は嘘ではないように思えた。そして、アレと私の親子鑑定に目を通した。
そこに記されていたのは……。
「なぜ、アレと私が親子に!?」
「お父様、どうかなさいましたか?」
リーンの胸に輝くアメジストのブローチ。その色はローサとターニャの瞳の色と同じだった。
考えてみれば、ターニャとその母親とは共通点が何一つないのに、ローサとは瞳の色は同じだし、聖女の力が使えない。
リーンはターニャの母親同様に聖女の力が使える。
「まさか……」
「お父様?」
私はリーンの胸についたブローチをひったくる形で取り上げた。その中には小さな文字が書かれてあった。
リーンはそこに尻餅をついたけれど、そんなことどうでもよかった。
「きゃっ!」
ターニャ。ごめんなさい。貴女は私の娘ではありません。自分の本当の娘を幸せにするためには、貴女達を入れ替えるしかなかったのです。
そう記されてあった。
ターニャが乱雑にブローチを投げつけた理由がわかった。血の繋がりのある私などどうでもよかったのだろう。
考えてみればリーンが生まれた時、顔を確認する間もなくすぐに引き離された。その時に、取り替えようとしようと思えばすることはできたはずだ。
じゃあ、私は、ローサは今まで血の繋がらない。あの、憎い女の娘を育てていた事になる……。
「お父様。あの女が死んだ事を早くレオナルド様に伝えて、私がこの家の正式な娘だということを証明しましょう」
リーンは、無邪気に笑っている。
「血の繋がりがなくても可愛い」私がターニャに吐いた暴言が頭の中でこだまし続けた。
もう、何もかも全てが遅い。そして、リーンを愛することもできそうになかった。