牛とゴリラ
人族大陸の大国の一つウルティア王国との交渉は勇者であるセレネのお陰でスムーズに話しが進んだ。
まさかセレネが普通に喋れるとは……予想外だった。
問題となるのは残り二つの大国である。
何よりなんのツテもない。
まぁ、ダメ元で正面から行ってみるだけなんだが。
来たのはウルド王国と呼ばれる国である。
俺が魔大陸以外で初めて来た場所であり精霊大陸の元女王ティターニアと知り合った国でもある。
飯も不味かったし、ぶっちゃげ良い思い出がない。
「パパ、ウルティア王国とあまり違いはないですねー」
「同じ人族大陸の国だからな。帝国は城壁が凄いが王国二つはそこまで大きくは違わないな。名前も似てるし」
「何言ってんの。ウルティアの方が凄いし素晴らしいに決まってんじゃない。もう、何言ってんのよー」
おお、アホなセレネにも愛国心なる物はあるようだ。
ここでも勇者で顔パスだったら楽なんだけど、期待は出来んよなぁー。
俺達はウルド王国を一望出来る丘の上で休憩がてら昼食をとっていた。
以前ピクニック気分で出掛けた時に魔術で作ったテーブルとイスを空間収納から取り出し、空間収納に入れてあった出来たてのドラゴンサンドバーガーと揚げたてのフライドポテト、キンキンに冷えた果実水を用意してみんなで食べている。
「パパ、これ凄い美味しー」
それはそうだろ、エマ。
なんたってドラゴンサンドバーガーだからな。
文字通り最強の食べ物だ。
ほっぺにソースを付けたままガッツいている姿が実に可愛らしい。
「あううー、おかあいあうおー?」
お前は食べてから喋れ!
というか、エマよりソースがついとるぞ。
俺は空間収納からホットドッグをいくつか取り出してセレネに渡した。
「あいあおー」
飲み込んでから喋れっつーのに。
ん?
不意に気配を感じで丘の下を見るとデカイ牛とデカイゴリラがこちらを見ていた。
デカイゴリラがめちゃくちゃこっち向かって手を振っている。
というかかなり距離があるのにどんな視力をしているのだろうか。
こういう時は無視だ、いや、錯覚だろう、そうだ、そんな物はいなかった、気のせいだった。以上だ、よし。
何も見なかったことにしておかわりを繰り返し賑やかに食事を楽しんだ。
「「ご馳走様でした」」
俺はテーブルやイスを空間収納へと片付けると布を取り出してエマの顔を優しく拭いてあげた。
一生懸命食べる子供の姿は可愛らしくて癒やされるもんだな。
「わたしはー」
ポイッと布だけ渡した。
自分で拭けとゆーんだ。自分で。
「なんでよーわたしも拭いてよー」
一生懸命食べる大人の姿は可愛らしくはない。
ただ口の周りが汚れているだけだぞ、汚らしい。
一切癒やされん。
「ちょっとぉーん、わたしの事を無視しないでよー」
ん!セレネの声ではない。当然エマの声でもない。
明らかに野太い声……、一度聞いたら忘れるはずもない……、ヤ、ヤツだ!
急いで逃げなくては!
咄嗟に頭にそう浮かんだ。
この世界に来て一番の危機が俺に襲いかかろうとしている。
「あー、エリザベートちゃーん。久しぶりー」
なぜにセレネが反応する。
というかヤツはエリザベートと言うのか……。
「お久しぶりね。お客さまぁん。ってセレネちゃんもいたのね」
「何よあたしに会いに来てくれたんじゃないのー」
いまだにヤツの姿を視界に入れる事が出来ないが、やはり王国にあったあのクソ甘い店でフリフリの衣装を着ていた漢の娘店員か。
つーか、こいつら知り合いなのかよ。
「なんであたしがあんたみたいな幸薄そうな女に会いに来ないといけないのよ。それよりもこちらの素敵なお客様を紹介してよぉーん」
いかん、やはり目的は俺か。
完全に逃げ遅れてしまった。
振り返るな、振り返るとヤヴァイ。
目をあわすとかなりヤヴァイ事になる。
とはいえ背中がゾワゾワする。
「パパー、どうしたの?」
「パパって言った?今、そこの子供、お客様のことをパパって言った?」
ナイスだエマ。
これは逃げのびるチャンスだな。
「だ、誰かと思えば以前行った店にいた店員か。悪いが今は家族旅行中なんだ」
「か、家族旅行……」
「紹介するねー、私のダンナさまだよー、こっちは私達の娘」
「この女狐がぁー!俺の男とりやがったなぁー!」
何故にブチギレている。
いつ俺がお前の男になったんだ。
つーか完全に口調が男に戻っとるやないか。
「何言ってんのよー。私のよ。私のダンナさま」
「キサマ調子にのるんじゃねーぞ、このアマがっ!」
「違うもん!エマのだもん!エマのパパとらないでっ!」
「「うっ……」」
さすがエマさん。
このモンスターどもを一撃で黙らせた。
素晴らしい口撃だ。
「今は昼食をとっていただけで俺達は遊びに来ているわけじゃないんだ。この国の王に用があってな。急いでるんだ」
「えっ、なによー、ダラムちゃんに用があるの?」
ダラムちゃん?って誰?
「いくらエリザベートでも王様を『ちゃん』呼ばわりはダメでしょ」
あー、ダラムって王様なのね。
「固いこと言わないでよね、セレネ。弟の事をなんと呼ぼうと姉の自由でしょ」
ん、なんつった?
「ダメでしょ。家族とはいえ、相手は王様なんだから」
「ふーん、だ」
まじか、まさか王の兄とは。
渡りに船なんだが、乗っていいものかどうか。
あまりにも気が乗らない。
「一つ聞くがそのダラムとやらを紹介出来るか?」
「あら、出来るけど、その代わり私も連れて行ってね」
「お前も同席するのか?」
「ダメかしら?」
うふーん、って効果音がなりそうなポーズをとられても只々気持ち悪いだけだ。
普段なら速攻で却下だ。
でも手っ取り早く会えるならそれが一番か。
くそ、悩む。
「パパー、早く王様に会えるならそれのほうが良いんじゃないの?」
エマさん言う通りだ。
問題はなさそうだが、ここまで気が乗らないとは。
くそ!
「じゃー、悪いが頼む」
「わかったわぁーん、ちょっと捕まえた牛を下に置いてるからついてきて頂戴」
さっきやたら遠くに見えた牛とゴリラの正体はこれだったのか。
あの時にしっかり確認して早目に逃げておくべきだった。
いや、王を紹介してもらえるなら良かったのか。
……良かったのかぁ?
ひとまずゴリラについていくと、木に括られた牛の姿があった。
完全に涙目である。
人が生きていく為だ、可哀相ではあるが仕方のないことだ。
残念ながらこの漢の娘に捕まったのが運のツキだ。
……なんだこの特大ブーメランは。
俺も既にこの牛と同じ状況なのではなかろうか。
助けなくてはいけない。
何故だが変な使命感を感じた。
俺は魔術を使い牛を縛りあげていた縄を解いた。
一気に縄から抜けると牛は猛ダッシュして逃げだした。
「いやぁーん、結び目が緩んでいたのぉ?でも、一度捕まえた獲物をわたしが逃がすわけないでしょーー」
すかさず牛を追いかける漢の娘。
ヤヴァイ、あいつめちゃくちゃ足が早い。
世界陸上なんかで見るようなフォームだ。
早く逃げるんだ牛、お前が助かるには今しかないんだぞ、とにかく走れ牛!
ダメだ、差がどんどん縮まっていく。
ヤヴァイ、このままでは牛が捕まってしまう。
俺は魔術で漢の娘の足元の地面を小さく隆起させた。
つんのめる漢の娘。
「こなクソーー!!」
強引に体制を整えようとしたが次の足場を魔術で軽く凹ませた。
足場が数センチ無くなったせいで踏ん張る事が出来なくなった漢の娘は盛大にコケた。
転がる漢の娘、その隙に逃げる牛。
「なんでアルスが牛を助けるのよ?」
「なんのことだ?」
「ふふ、パパ、優しい」
バレバレだったがしらばっくれた。
明日は我が身か……。
よし、逃げよう。
「セレネ、エマ、行くぞ」
「エリザベートちゃんは連れて行かないの?」
「俺の安全の為だ。あいつは置いていく。とにかく行くぞ」
「「はーい」」
俺は転移して王都にある城へと向かった。
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