第一部 見知らぬ同居人(8)
「昨晩、貴下から見えていた光は今でこそ消えています。ですが、あの夜、貴下の手は輝いていた。いえ、靴も光っていました。だから貴下が天使かと聞いたのです」
つられて自分の手や足を見るが、そこに光など何一つない。けれど、相手は本気の顔をしておりそれが間違いではないと思わせる。
「暗がりが必要です。待っていて下さい」
男はそう言うと部屋のカーテンを閉めていく。遮光カーテンは真昼の太陽さえも遮り部屋には暗がりは広がる筈だった。
「あ?」
けれど、部屋に闇はやってこない。
青白い光が点々と見える。俺の靴の裏、床に三つ、例えば机に三つ、ドアのノブに一つ。それはあの夜見た光と酷似していた。
「燐光……。蛍光塗料だ」
「それはここで呼ばれる『天使』と関係がありやがりますか?」
「ねぇな。人の知恵だ」
その光を見ながら昨晩の事を思い出す。部屋の中に浮かぶあの青白い光は燐光で、人間が散布した物とはいえ動いていたのはなんだろうと頭を働かせる。
「その光の部分に触れるとどうなる?」
「押すと仕掛けが起動し発砲されます。ですが、実験をされていなかったのか標準はぶれています。おそらく銃の反動計算をされていません。中には発砲と同時に壊れている部品もありましたし、不発の物もありました」
「この家に入る前に犬の死骸があった。犬を殺したのはお前か?」
俺はそう言いながら男の腰にぶら下げた細身の剣を見る。七つの宝石がはめ込まれた高級品。燐光を反射する剣を持ちながら、男は肯定した。
俺が昨晩追いかけられたのは燐光が足に付着した犬なのだろう。何かを言っているのではなく吠えている、追いかけているのではなくじゃれている、人間より足の速く背の低いその周辺に存在していた生き物と考えると納得はいく。
「怪しいからって殺すなよ」
「何故? 僅かでしたが、あれには天使の残香がありました」
だから内臓が飛び出る程に強烈な一太刀を浴びせたのだろう。
「ザンコウ? まあいい、これは俺の依頼だが、お前にやるつもりはねぇぞ」
そう言えば男は素直に頷き、窓の方に寄るとカーテンを一気に開けた。暗闇にいたせいで、太陽光が目に痛い。
「私はここに興味がありません。なので帰ります。私は窓から来ました」
「ここはベランダのない二階だぞ? それに、そこら中銃がある。動くと死ぬぞ」
「いいえ。私はここから来ることができました」
男が頑なに動こうとしないので、用心しながら男に近づき窓の外を見る。
梯子でもかけているのかと思ったが、そこには大量の蔦が壁を這うように伸びていた。どうやらこれを登ってきたらしい。このドレスのような格好で? と俺は笑いそうになったがそれをこらえる。
「待て。もう少し俺に協力しろ。お前は詳しそうだ」
俺がそう言うと、男は気だるげに振り返った。興味を失ったからなのか無表情の割にはやる気がない事はしっかりと伝わってくる。
「私は壊す事しか能がありません。散々言われました。謎を解く賢い脳も、誰かから情報を得る口も私にはありません」
「だが、光の原因解明は出来た。一人より二人の方が解決する時間は早い筈だ。それに、俺は中央区の支配人と知り合いだ。話くらいつけといてやるよ」
そう言われてか、ようやく男は俺の方に向き直った。そして「よろしくお願いします」とでも言いたげに頭を下げた。