第一部 見知らぬ同居人(7)
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階段を上っていて気が付いた事がある。
二階にある窓の一つが開いている。風で遮光カーテンが優雅に揺れている。それがあまりにもこの状況に似合わない程優雅だったので余計目についた。そして、もう一つ不思議な事に二階に上がればそれ以上銃が顔を覗かせる事はなかった。
「なんだってんだ、一体……」
呼吸を整えながらこれ以上家を刺激しないよう動くのをやめる。いつスイッチを押すか分からない、そしてどこから鉛玉が飛んでくるかわからない。
手に痛みが走り見れば手すりに触れた際に仕掛けを起動させ手を切ったらしい。掌には一直線に血が滲んている。
再び銃声が響き身を伏せる。しかし、俺が装置を起動させた訳ではなさそうだ。音は隣の部屋から聞こえる。もしかしたらこの家の主か二日前から帰ってこない警官なのかもしれない。そいつがうっかり罠を起動させてしまって……。
「おい、大丈夫か? 俺は中央区から調べに来た何でも屋だ」
相手の反応を待つ。けれど、反応はない。撃たれて死んだのだろうか、それとも何かやましい気持ちがあって返事をする事が出来ないのか。
暫く黙って様子を伺っていたが、それでももう限界だ。銃を取り出し、怒鳴りながらその扉を開けた。
そこにいたのは首を傾げたまま壁を見るいつぞや見た女装男だった。白いマフラーを首に巻き、青い色をしたドレスを改造しコートのように着ている。
「おい! ここで何してんだ?」
再度、問いかけると男はようやく振り返った。赤ぶち眼鏡にそれと同じ紅い目。死人のように白い肌が不気味に思わせる。
「お前、昨日の夜に会ったな。ここはお前の家なのか?」
男は無表情のまま「いいえ」と答える。
「どうしてここにいるんだ?」
「どうして? 依頼を受けました」
「誰から?」
「中央区の支配人から。『中央区で働きたいのならば成果が必要だ』と、言いやがったので」
口は悪いが穏やかな話し方をする。恐らく話し方を知らないのだろう、どこかたどたどしく思わせるその口振りは、その容姿に合わせて益々怪しいと思わせた。
「来たばかりなのか?」
「はい。天使降臨の話を聞いたので来ました。ここに天使はいやがりません」
「そりゃそうだ。あいつらは北区にしかいない」
「ならここに用はありません」
男はそう言ってちらりと壁の方を見た。
「この壁からは嫌な臭いがします。私はこの臭いを酷く嫌悪します」
「銃を知らねぇのか?」
「知りません。いえ、数回は見ましたし、使いました」
けれど、と男はそう言いながら小さなテーブルを指差す。
「私の知っている銃は引く所がありました。引くと鉛玉が出やがります。ですが、ここにある銃は持ち運びも出来ません。引き金は無く、代わりにここの光を押さなければいけません」
「光? 俺は光なんて一度も……。待て、この家について詳しいのか?」
俺の質問に男は再度首を傾げた。
「貴下は一度ここに来て、そして引き金に触れやがりました。そうでしょう?」
「質問を質問で返すんじゃねぇよ。俺は引き金になんて触れてねぇ。この家に入ったのも今日が初めてだ」
男は益々困惑したような雰囲気をみせる。
表情は先程から変わっていないのに困っているという雰囲気はしっかり伝わってくるのが不思議な話だ。そして、ためらいもなく俺の前に進むとあの夜と同じように俺の手に触れようとした。反射的に俺は手を引っ込める。