第一部 見知らぬ同居人(4)
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「それで? ビビッて逃げて来たってのか?」
翌朝。俺の店に遊びに来ていたアンヘルが笑いながら俺が作った飯を勝手に食べている。アンヘルの盗み食いに関してもはや気にすることもないのだが、それでも「うるせぇ」と言わなければ気が済まない。
この北区メインの情報屋は、他の区の情報を俺に寄越す代わりに食料をたかる。一回の情報量と食材を天秤にかけると食材の方がはるかに安い。それに、ジャンクフードしか摂取しないアンヘルと、料理が得意な俺にとってその条件はとても好都合だった。
「確かに青白い光は見えた。幾つもな。それと動いている光もある」
「じゃあ、情報屋として改めて依頼を提供しよう」
アンヘルはそう言ってポケットからサイン入りの依頼書を取り出す。
「問題の家の両隣の家族からだ。金はそこそこ。まず前金」
けれど、アンヘルから渡された札束はあまりにも量が少ない。ジロリと睨めば、アンヘルは全く気にしていない様子で朝食に手を付けている。
「家賃代だ。悪く思うな。それで? 二階の同居人と顔は合わせたか?」
「いいや。会ってもねぇし、挨拶もしてねぇ」
昨晩、帰宅しそのまま就寝したが二階に誰かが上がるような物音すら聞こえなかった。太陽が昇ってから会う人間はアンヘルが初めてとなる。
「ふうん。思った以上に常識に欠ける奴だな。俺も見たが変わり者だ。『天使殺しのみ引き受ける』と依頼を断りまくってるらしい。俺の依頼も断りやがった」
「スーリと話が合うかもな。あいつは天使が嫌いだ」
「奴の方が変わり者だぞ。それに、いつここに寄るのか分からんだろうが」
スーリと呼ばれるその武器屋は確かに風変わりだった。
髪色や瞳の色をしょっちゅう変える。変えるといっても基本的に桃色の髪か白髪のどちらかだ。天使と発狂者が嫌いで女でありながら武器屋になったとは聞いているが、それもそれですごい決断力だ。
「じゃあ、単にお前の信用不足だ。酒でも飲みながら接客したのか?」
俺はそう茶化しながら書類を引き出しに戻す。
「再調査だ。行ってくる。皿は洗うから流しに置いとけ」
「おう、あんがとよ」
アンヘルは再び俺の料理に手を付けながらヒラヒラと手を振る。
俺は可能な限り速足で今回の依頼先へ向かった。
道中「あれを買ったのか?」「元々変だと思ったが、『そっち』だとは思わなかったぜ」などと言う浮浪者の言葉が気になったが、わざわざ絡みに行く必要はない。相手をするだけ無駄だ。
中央区と違い整備された場所、西区。
その中の一軒、中央区の住人から見れば立派な住まいがある。
昼間だからかあの光はもう見る事はない。やはり幽霊は夜に現れる者なのだろうかと庭に入ろうとしてやめた。庭の前に何かが転がっている。
周囲を警戒しながらそれに近づけば、そこに転がっていたのは犬の死骸だった。しかも、ただの死骸ではない。腹を一太刀。皮も肉もすっぱり切れている。
臓器が周囲に転がっているのは、おそらくカラスにでも啄まれたのだろう。痛々しいその姿は、どう考えても今回の依頼と関係しているだろう。