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Angel Laugh  作者: 和鏥
第一部 ハジマリ
4/143

第一部 見知らぬ同居人(3)

 2


 夜。

 塗料材の放置ゴミ撤去という子供にも出来そうな仕事を終え、暗い道を歩く。

 次の依頼場所は、今朝情報屋が言っていた南区寄りの西区だ。

 高級住宅街に近い事もあってその付近の景観はいい。

 中央区とは違ってきつい体臭の人間が道路で寝転がっている事も、全裸に近い女が建物の隙間から誘ってくる事もない。ゴミもなければ、それを漁るガキの姿もない。明かりの点いた洒落た電灯が均等に並んでいる。


「ここで本当に幽霊騒ぎか?」


 人の気配が周囲に無いのは、今が夜中の三時だからだ。家の灯りはついておらず、虫さえ鳴いていない。

 そんな中、二つの光が見えた。青白い発行体は俺の前方をピョンピョンと跳ねながら動き何かを言っている。奇妙な光の位置は低く丁度俺の足首より数センチ上といったところだろうか。その二つの光は、交互に動き跳ねるように遠ざかり始める。


「待て!」


 『それ』は変わらず元気に跳ねながら素早い動きで遠ざかっていく。俺は恐れも忘れてただひたすら追いかけた。

 人間よりも移動速度のある『それ』は、しかし軽快な足音が聞こえる為、重さのある物体という事が理解できた。

 しばらくその光を追っていたが、捕まえることは出来なかった。

 走るスピードを徐々に落とし、ゼェゼェと肩で息をする。それ程までに全力で長い間走ったのだ。心臓は五月蠅く、額には大粒の汗が浮かぶ。

 彼は不思議な光景に一瞬呼吸するのを忘れた。

 目の前には一つの家がある。

 他と比べてやや小さめの家はそれでも金持ち特有のシンプルさと上品さを持ち合わせている。庭も広く白いペンキで塗装されたガーデンフェンスもある。しかし、問題は中身だ。その家には青白い光が幾つも存在している。

 先程追いかけていた物と同じ光を放つそれは同じ光に思えたが、しかし動く事はない。


「あれは何だ?」


 俺は天使降臨を見ていない。なのでその時放たれた光がどういった物か分からない。もし、これがその光だったとしたらここでも天使降臨の儀式を図っている人間がいるという事だろうか。

 煌々と輝きを放つ青白い光はその光を弱める事も動く事もない、ただそこに存在し不気味さを一層に演出していた。俺は光から目をそらす事すら出来ないまま、問題の家に近寄ろうと進行の妨げとなるガーデンフェンスに触れた。

 瞬間、指に鋭い痛みが走った。反射的にフェンスから手を離し、痛みを放つ指を見れば血が流れている。

 トゲが刺さった訳ではない、かといってこの血の量は少しだけ切ったとはいえない。まるでナイフを使ったかのように皮膚が切れていた。

 傷はそこまで深くはなかったようで指が落ちる事も骨が見える事もない。しかし、天使降臨にすっかり怯えた俺をさらに恐怖の底へと突き落とすには十分だった。

 犯人を捜そうと辺りを見るが、声も人影も気配すらない。家の中の青白い発光体は消える事もなく今もなおそこに存在している。

 不意に背後から荒い息遣いと唸り声が聞こえた。

 反射的にナイフを構えたが、そこにあったのは家の中と全く同じ青白い光が二つ。それはこちらを見定めるかのように忙しなく動き――……。


「やっぱり夜に来るもんじゃねぇな!」


 そう叫んで『それ』に背を向けて走り出した。

 青白い光は追いかけてくる事はなかった、あれは家を守る何かだろうかと思ったが、それよりも謎の光を見てしまったせいで幻覚を見ているのではないかいう不安の方が強かった。


 西区を抜け中央区に戻る。

 西区とは違って中央区には四六時中客寄せする為の品のない光がある。道路には不良者が段ボールを被って眠っている。建物の暗がりには娼婦がたむろし、何でも屋が取引をしていたり、前科者が相変わらず恐喝紛いな事をしている。

 いつもの最低な光景を見て何でもないと思えた事に、俺はひとつも狂っていないと自分を落ち着かせた。そうして家に戻ろうと速足で細道を抜ける。

 ここの通路は何でも屋が多く住まう場所であり、不良者は何か特殊な事情がない限りここでは眠る事が出来ない。翌朝目が覚めたら脳天に銃弾がめりこんでいるいるなんて事は誰だって避けたいものだ。

 その中でコツコツと場に合わない音が響いた。


「貴下は『天使』ですか?」


 向かい側から誰かが来る。声的には男だろう。しかし、現れたのは不思議な男だった。青いおかしなコートを着ている、まるでそれはドレスだ。白髪、髪と同じ色をした長いマフラー、赤ぶちの眼鏡、そして音の原因であるヒール。それは恐らく、女装なのだろうか。


「貴下は(そら)から来やがりましたか?」

「ちげぇよ」


 しつこい質問にそう答えた。長い間はここで働いているが、このような奇妙な恰好の者は見た事がない。


「輝いています」


 男はそう言いながら近寄ってわざわざ俺の手をとろうとするので、それを払いのける。


「触んな。俺は()()()()()()()()()はしてねぇ。中央区の何でも屋だ。……お前は誰だ? 見かけない顔だな」


 拒絶された男はショックを受ける事もなく相変わらず無表情のまま小さく首を傾げた。理解出来ていない、それだけが読み取れる情報だろう。


「中央区の新人だろうが、北区には行くなよ」


 親切に声をかけてやったつもりだった。しかし、再度男の方を見ればその姿は既になかった。

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