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贖罪と感謝

 椋原騎手が意識を取り戻したというニュースが入ってきたのは、原西騎手からの自白を聞いた翌日の朝だった。



 柴村は、椋原騎手が入院している病院の面会時間をホームページで確認し、比較的面会希望者が少ないであろう夜の時間に病室を訪れた。



 幸いなことに、ベッドの周りには誰も居らず、椋原騎手と2人きりになることができた。



「全部俺の責任ですよ。因果応報ですね」


 柴村から、原西騎手が告白した内容を聞いた椋原騎手は、仰向けで天井を見つめたまま、ぼやくように言った。椋原騎手の身体からはチューブやらコードやらが幾つも伸び、手足は厳重に包帯で固定されていたが、今は意識は完全にはっきりしているようだ。


 有馬記念の日に原西騎手が行った悪事に関し、柴村の口から椋原騎手にそっくりそのまま話して欲しい、というのが、原西騎手の希望だった。


 原西騎手を刑事告発するかどうか、椋原騎手の判断に委ねて欲しい、とのことだった。



「昨年の皐月賞を見て、俺は純粋に羨ましいな、って思ったんですよ。ジョッキーとして、どうしてもレースでクレイメルタに跨りたいと思ったんです。ダービーが獲れるかどうかは二の次で、単に乗りたかっただけなんですよ。クレイメルタはそれくらいの馬だったんですよ。それで魔が差してしまったんです」


 クレイメルタを極めて高く評価していることは、椋原騎手も原西騎手もあまり変わらないようだった。



「卓には本当に悪いことをしてしまいました。俺が彼にしたことは、俺の競馬人生を失わせるにふさわしいくらいの重罪だったんです。だから、俺は、卓を責める気にはなりません。むしろ、今すぐ謝罪したい気持ちです。引退も撤回するように言っておいてください」


 椋原騎手が原西騎手を免罪するのであれば、第三者に過ぎない柴村がわざわざ原西騎手を刑事告発するつもりなど毛頭なかった。今回の件で記事を書けば週刊誌に高く売れるだろうが、そんな気にもなれなかった。椋原騎手と原西騎手とのクレイメルタをめぐる一件は、このまま闇に葬ってしまうことが一番に思えた。



「椋原騎手、これは僕の単なる好奇心で聞くだけなのですが、一つ質問しても良いですか?」


「なんですか?」


「睡眠薬のことです。ダービーの前日、椋原騎手が原西騎手に飲ませた睡眠薬は、遅効性のものですか?」


「遅効性……? そんなことないと思いますよ。飲むとそれなりにすぐ眠気が襲ってくるやつです。その場で倒れる、とまではいきませんが。ダービーの前日の夜も、卓は飲んですぐに眠くなったみたいで、うつらうつらしながら寮の部屋に向かってましたし」


 椋原騎手が原西騎手に飲ませた睡眠薬が遅効性のものでないとすれば、原西騎手が椋原騎手に飲ませた睡眠薬も遅効性ではないということになる。原西騎手のロッカーに薬を入れた何者かは、その二つが同一のものである、と言っていたのだから。


 しかし、有馬記念の日、原西騎手が椋原騎手に睡眠薬を飲ませた後も、椋原騎手にはすぐに効果が表れず、睡眠薬を飲んだ後も、3時間もの間、椋原騎手は普通にレースをこなしていたのである。これは矛盾しているように思える。


 もっとも、この一件を闇に葬る以上は、そんな矛盾はもはやどうでもいいことである。薬の効果の出方には個人差がある、という程度の話かもしれない。



「ありがとうございました。お大事にどうぞ」


 柴村が病室を辞去しようとすると、椋原騎手は、「あっ」と何かを思い出したかのように声を上げた。



「どうしましたか?」


「姫野さんにお礼を伝えてもらってもいいですか?」


「うちの姫野瑠花ですか?」


「ええ。有馬記念のレースが始まる前、僕はベンチの上で横になって寝てしまっていたんです。ひと昔前に関係者用の売店があったところにポツンと置かれたベンチなのですが、全くと言っていいほど人が通らないので、穴場の休憩室としてよく使っていたベンチなんです」


 椋原騎手はレース前一人になるために誰もいない場所を探して篭るクセがある、と原西騎手も話していた。



「ですので、俺を起こしてくれる人は誰もいなかったんです。ですが、たまたま通りかかった姫野さんが有馬記念のレース直前に俺が寝ていることに気付いて、起こしてくれたんです。俺が有馬記念に出れたのは、姫野さんのおかげなんですよ。まあ、俺の力不足と集中力不足のせいで、あんなレースになってしまったんですけどね」


 次回最終話です。

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