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過去

 刑事として不可解な殺人事件の捜査を任されて、はや三ヶ月。彼の捜査にはなんの進展もない。


 些末な案件にどれだけ手こずっているのだと叱責を受けるかと思えば、より花形の案件を任された連中にも大した進展はないらしい。


 大昔の人類の社会には、わからないことが多すぎるのだ。


 第一、なぜ同じ生物なのにこうも使う言語が地域によって違うのか。民族によって使う言語も異なることは知られていたが、特殊技術によって単一言語化された我々には検討もつかない。


 そして我々はリフレッシュ機能で生まれ変わるときに自分の意思で選べる「性」というものが、昔の人類にとっては重大な関心事になった時代があったようだということも聞いた。男性として生まれながら女性として生きたいと願う人間の苦悩が記された日記が見つかっている。その苦悩も我々には想像できない。


 やれやれ、と男は言った。次の古代の日記のアーカイブにパラパラと目を通す。


「……ん?」


 なぜそこのページに惹かれたのかわからなかったが、男は読み進める。


「自分が他と比較されているようでつらい」


「みんなができることが出来なくてしんどい」


 読み上げてみて、わかる、と呟きそうになる自分がいた。あわててその言葉を飲み込む。すべての能力値の合計が一定になるよう設計された電子人類には、元来劣等感という感情が組み込まれていない。


「あー、古代人類の劣等感問題ですか? 昔のヒトも難儀なことッスね」


 同情するふりをして嘲笑っている部下の言葉を背に受けて、ああそうだなと気だるげに返す。昔の俺はきちんとプログラミングされなかったのかと不安になることにはもう慣れた。


 手慰みに担当案件の現場をざっと思い返す。


「白い衣服を被り後頭部を獣に噛みきられた死体。後頭部にしか傷のないきれいな死体。強盗目的とは思えない、金目のものが残された室内。強盗が荒らしたと言われたら納得する倒れた家具……」


 ぶつぶつと独り言を言う私は通りすがりの若い女性に気持ち悪そうにチラ見された。


「……白い衣服だと?」


 そういえば、今朝のニュースでなにか聞いたような気がする。


「この先人が着ている白い衣服は白衣と呼ばれ、危険な薬品や大気から身を守るためのものだったようです」


 太古の人類の風俗を調べる研究チームの成果だったか。


 そのとき示された写真と、被害者の着ていたそれを照合する。……似ているような、似ていないような、奇妙な感触だ。


 男が見た衣服は身体全体を隠すようなもので下半身を覆うズボンタイプのものも付属していた。顔を覆うフードもあり、目の前だけ視界の確保のためだろうか、透明なフィルムが付けられていた。


「……違う、白衣じゃない」


 だが、似た目的のものだろう。太古の人類は、ある色一色の衣服には何らかの意味を持たせる。黒一色なら死や不吉なこと、白一色なら結婚や清廉。その白の意味に何かを忌避する意味もあったとすると、あの被害者が着ていた衣服は、何かから身を守るためのものだったと見ていい。


 白い服を着た被害者のことをもっと調べたい、と思った私は、再び暗黒時代のざらついたデータに身を晒した。


 何度経験しても、慣れることのないこの感覚。古代の人間は分子によって構成されていたらしいが、私を構成するのは1と0の電子データである。その電子データを一旦バラバラにして、分子世界と呼ばれる世界との整合性を持たせる処理をする。


 何人かの人間が、この過程で電子データを破損され、いわゆる植物状態になったと聞いた。身体の根底が破損してしまっては、現代の医学では生命維持装置をつけるだけで精一杯だった。


 ブォ……と靄がかかったような「世界」が私の目前に現れる。


「……?」


 嫌な予感がした。確かにあの現場に座標を設定したはずなのに、目前に広がるのは見慣れぬ風景。


 奇妙な形の建物が、そこにはあった。



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