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ドラゴンナイト・サーガ  作者: マオ
8/19

2・共に、逃れ・3

 だが、その勝利感も短いもので終わった。彼は姫を救った少年剣士のことを完全に無視していたのだ。

 名も知れぬ剣士など、城には入れてはもらえまい。まさかリラが変な意地を張り、王子エオスがその剣士を招き入れるなどとは考えてもいなかった。

 所詮、庶民。そうとしか考えていなかったのである。

 刺客を次々と斬り捨て、ラディがこの階に到着したときグローネスの短い成功は終わりを告げた。

「はあぁあっ!」

 音もなく距離を詰めた少年の裂帛れっぱくの気合と共に、グローネスの背後にいた刺客の首が飛んだ。

「!?」

 グローネスが振り返ったときには、もう一人が切り倒されている。

 公爵はうろたえ、リラは希望を見出した。ラディがグローネスを倒してくれたら、とりあえずの危機は去る。

 小さな剣士の勝利を今は心から祈った。この剣士が負けてしまえば、リラの未来は真っ暗だ。絶望しかない。

 だが、心配する必要はなかった。

 この子、本当に……強いわ。

 刺客と切り結ぶラディを見て、リラはしみじみそう思った。

 グローネスは十人近くの刺客を連れていた。そのほとんどが一太刀で切り捨てられている。

 子供の姿を見て動揺した一瞬の隙、その一瞬で少年剣士には充分すぎるのだろう。状況に気がつき、あわてて剣を向けた者も、向けたその瞬間に斬られている。

 あっという目にグローネスだけが残された。

 勝った。リラは安堵する。これでこの男の花嫁になるという最悪の未来は回避された。

「……おまえが黒幕みたいだな」

 ラディが剣を突きつける。グローネスの顔は赤から青に変化しつつある。

 勝利の紅潮から敗北の蒼白へ。そしてこんな子供にしてやられたというショック。高すぎるプライドをこれでもかといわんばかりに傷つけられたようだ。

 ラディの背丈はグローネスの肩までもない。年頃もグローネスの成人している息子たちよりずっと幼い少年だ。

 それほど幼い少年だというのに、恐ろしいほど強い。ありえないくらいに。

 声も出せずにグローネスはラディを睨みつける。少年は意にも介さない。涼しい顔で受け流している。

 グローネスから視線は外さず、リラに問いかけた。

「どーする? 親玉だろ、このおっさん。今斬ったらいろいろマズいよな?」

 殺さないまでもどこか斬って戦闘力を奪うべきだろうかと、ラディは迷っていた。

 見た感じ、このオジサンはたいして強くない。オジサンの後ろにいた連中のほうがまだ強かっただろうが、そいつらは床に倒れて呻いている。

 数人はもう息をしていない。首を飛ばしたのはちょっとやりすぎたかとラディも反省している。ここにつくまでに何人も殺されているのを見て、腹が立っていたのだ。

 武器を持ってもいないようなおばさんまで殺されていた。おそらくは無抵抗に殺さないでと命乞いしただろう相手まで、無残に殺されていたのを見て、いい気分などしない。

 まだまだ未熟だなぁ、おれも。

 たった十歳の子供はそう思いながら、グローネスを見ている。

 呪い殺してやるといわんばかりに睨みつけられているが、全然怖くない。

「ヒメサマ、どーする? 斬ってほしいならザックリやるけど」

 興味なさげに言ってやる。反乱の大罪人ならちゃんと捕まえて、これからややこしい取調べとかいろいろあるのだろう。そのくらいの予想はできるが、具体的にどうなるのかは知らないし興味がない。

 この騒動が終わって、夜が明けたらラディは何が何でもここを出て行くつもりでいた。

「……そうねぇ……」

 リラは少々考えた。

 ラディの剣技を見てグローネスはすっかり怯えきっている。自身も帯剣しているが、使う気もなかったのか、連れていた刺客をよほど頼りにしていたのか、その剣は抜かれもしていない。

 それでも武器を持たせているのはまずいかもしれない。

 いつ逆上して暴れだすか分からないからだ。子供のラディにやられたということにかなりショックを受けているようだし、無理もない。

 リラとて最初にラディを見たとき、自分の目を疑ったのだから。

 今はもう慣れたが……そう言えば、ラディの言葉遣いがかなり無礼なものに戻っていた。

 さすがに三回も助けられると、すぐに文句も言えない。そういう状況でもないので、文句は後にして考える。

 爆発騒ぎが収まれば、誰かがこちらに来るだろう。騎士たちが来たときにすぐ引き渡せるようにグローネスは縛り付けるなり何なりしておいたほうがいい。

「何かない? 縛るようなもの。拘束しておいたほうがいいと思うわ。反逆の大罪人なのだから」

 侍女にそう促す。姫の寝室内にそれらしいものはないので、二人ほどが隣の部屋に探しに行った。

 それを見送って、リラは息をつく。視界内にはグローネスがいるが、ラディもいるので安心できた。

「……下はひどいの?」

 少年剣士にそう聞いてみる。階下はまだ騒がしい。かなりおおごとになっているようだ。上階におわす姫君に心配をかけないように、皆駆け回っているのだろう。

「けっこうひどいよ。ここに来るまでに何人も斬られてたし」

 ラディの答えにリラは眉を寄せた。

「……セリアはどうしたのかしら」

 護衛の女性騎士が心配になった。真っ先に顔を見せてもおかしくないのに彼女はやってこない。怪我をしていたのでなおさら心配だ。

「あ、大丈夫。おねーさんなら途中で会った。ケガ人だから無理しないで隠れてろって言ってここに来たんだ」

「無事なのね?」

「うん」

 ホッとした。今日一日でどれだけの人が死んだのだろうと思うとイヤになる。リラのせいではないのだろうけれど、彼女を護って死んだのだ。

 せめてこれ以上、誰も死なないように。

 ……そう思う。

 ちらりとラディを見た。小さな少年。人を護ることも害することも知っている子供。

 リラよりずっと小さいのに。

 何の力もない彼女よりずっと強い子供。小さな手に握られている剣は大人の血で濡れている。

 こんな子供に護られて、自分は何をしているのだろう。護られているだけ?

 待っているだけ?

「……情けない」

 呟きが洩れた。

 ラディがちらりとこっちを見る。

「おねーさんは来ようとしてたぞ。おれが止めたんだから、しかるなよ」

 どうやらセリアのことを言っていると感じたらしい。

「ちがうわよ、セリアのことじゃないの。しかったりしないわ」

 情けないのは自分だが、ラディには言いたくなかった。

 彼はちょっと首をかしげたが、すぐグローネスが暴れださないように視線を戻す。

 そうしているうちに侍女たちが隣の部屋からシーツを持ってきた。

 縄や鎖など、牢でもない普通の部屋には置いていないので、これで充分だろう。

「残念ですわ、グローネス卿。公爵ともあろう方がこんなことをなさるなんて。あなたにはさぞ不本意でしょうが拘束させていただきますわよ」

 リラに告げられ、グローネスは歯軋りした。

 上手くいっていたのだ。この上もなく上手くいっていたのに、一人の少年のせいで崩れた。

たった一人の、こんな子供のせいで!

 憎悪の炎を瞳に宿し、グローネスは自分に剣を突きつけている少年を睨みつける。

 憎々しいことに子供は涼しげな顔をしている。いくら睨みつけても(おび)えもしないし(ひる)みもしない。

 斬って捨ててやろうかとグローネスは思ったが、少年の腕前は先ほど目にしたばかりだ。

 瞬く間に手だれと思っていた連中が倒れ付していくあの恐怖。

 しかもそれを為したのは十になったかならないかに見えるこの子供。

 グローネスがかなう相手ではない。

 もしも腰の剣に手をかけようものならその瞬間にこの少年に斬られるのではないか?そんな恐怖が囁くためにグローネスは動けない。

 脅える公爵に剣を突きつけている小さな剣士にそのつもりは全くなかった。オジサンが剣に手を伸ばしたら蹴飛ばしてやろうとは考えていたが、斬り殺すつもりはない。

 あれだけの人を巻き込み、死なせたのだ。きっちり裁いて償ってもらう。

 侍女たちが公爵を縛ろうと近付くのにあわせて、ラディは少し公爵から離れた。

「オジサン、逃げるなよ? このくらいの距離なら、おれ一飛びで詰めて斬ることできるからな」

 離れたからといって釘を刺すのも忘れない。

「まず先に、剣をお渡しください。グローネス卿」

  侍女が言うと、ぎりぎりと歯を食いしばりながらグローネスは腰の剣に手をかけた。

 引き抜いて侍女を人質に取るべきか。

「オジサン? 柄握ったらはたくぞ」

 察したラディがあきれたように再び釘を刺す。完全に行動を先読みされている。抵抗は許されないと悟り、グローネスは剣を外そうとした。

 よし、あきらめたかとラディは内心で息をつき――気配と殺気を感じ取った。

 グローネスではない。

 どこから、と考える前に体は動いていた。跳躍して公爵から距離を取る。

 まさにその一瞬後、グローネスの周囲に円を描くように光が湧いた。

「!?」

 ちょうどグローネスの周りで彼を拘束しようとしていた侍女たちがその光にまともに巻き込まれた。彼女たちは当惑の表情を浮かべ、そのまま溶けてゆく。

 氷菓子が溶けてゆくようにとろとろと溶けていく。自分たちの身に何が起きているのか理解もできずに床にわだかまる赤い液体になった。

「な、なんなの……これ!?」

 リラは目の前の光景にすくんでしまった。グローネス本人も驚愕して固まっている。彼が為したことではないのは明らかだ。

 想像もつかないような現象が起こったその場で、とっさに動けたのはラディだけだった。少年剣士はためらわずリラのもとまで駆け寄り、グローネスと扉が一度に視界に収まる位置に移る。

 彼にも何が起きたのか分かったわけではないが、とにかくグローネス以外の何か、あるいは誰かがこの現象を起こしたに違いない。その『何か』が廊下を近付いてきているのは気配で分かった。

「……童とは思えぬ行動力よの」

 しわがれた声がした。その声を聞いたグローネスが安堵して体から力を抜く。

 倒れている人間たちを踏み越えて現れたのは、真っ黒いローブを着た老人だった。グローネスの様子から、配下か仲間なのは理解できる。

「タタラか。遅かったではないか」

 うって変わってグローネスの声は明るくなっている。

「愚かな騎士どもを誘導するのに少々時間がかかりましてな、いやはやあやつらの鈍いこと鈍いこと。そもそも火薬と魔道の区別もつかぬとは愚かにも程がある」

 ほっほっほっと笑ってから、老人、タタラは姫と少年剣士を見た。

「姫を置いて去れば、命だけは助かろうぞ」

 悪意に満ちたような声に、リラは背に氷片が滑り落ちて行くような感覚を覚えた。

 グローネスのときに感じた寒気など物の数にも入らないような気がする。

 おぞましい。

 知らず知らずの内にすがるようにラディの服を掴んでいた。姫君のか細い手は、恐怖と怯えで可哀想なくらいに震えている。ラディにも姫の脅えが伝わってきた。

 あの気丈な姫が声も出せないくらいに脅えている。

「ははは! 形勢逆転だな! このタタラは魔道の使い手! いかに凄腕の剣士だろうと勝つことなどできぬ!!」

 すでに勝ち誇ってグローネスは笑っている。タタラも薄笑いを浮かべていた。

 ラディは剣を構えたまま、急ぎ思考をめぐらせる。

 タタラという老人はすぐにこちらをどうこうするつもりはないようだ。あざ笑いながらこちらの行動を見守っている。どう行動されてもやり過ごす絶対的な自信があるのだろう。

 たしかに、魔道を操るものならばそれだけの自信があってもおかしくない。魔道というのは困難で厄介なシロモノで、扱う人物は貴重で希少な存在だ。

 よりにもよってそんな存在が反乱に協力している。厄介この上ない。

 背中にいるお姫様は震えている。目前で溶かされた侍女を見て、立っているだけ上出来だろう。

「さて、どうするかね? 小さな剣士どの? いまだに姫を護ろうとする姿勢は立派だが」

 ラディは剣を下ろさない。考えていた。

 タタラという老人に勝てるか?

 彼の背中で震えるリラを護りながら、グローネスとタタラを一手に相手をし、果たして勝てるか?

 ――否。

 少なくても今のままでは・・・・・・、いくらラディでも無理だ。

 どちらか片方だけなら何とかなる。

 けれど剣士と魔道の使い手を同時に相手にするのは死に向かって走っているのと同じことだ。

 ラディには自殺行為を取るつもりはない。かといってリラを見捨てる気も、ない。

 では、取るべき手はひとつだ。


ちびっこ剣士、何か考えているようです。

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