月は綺麗ですか?
貴方の今見る月は綺麗ですか?私が今見る月はとても綺麗です。これで貴方が私の隣にいれば、何も言うことがないくらいに。
君が居なくなっても、朝はちゃんと起きられるし、支度をして家を出る。君が居なくなっても、ご飯はちゃんと美味しい。味もする。出会う前に戻っただけなのにどうしてだろう。やっぱり私には君が居ないとダメみたいだ。
社会人1年目の秋頃、営業から帰ってきた私の携帯に、一本の電話があった。
「もしもし、紗菜姉ちゃん?佳奈だけど。」
「こんな時間に電話ってどうしたの?」
一生忘れることはできないだろうと思うくらい佳奈の声は震えていた。
「あのね、お兄ちゃんが、倒れたの。」
時間が止まった気がした。健太が倒れた?どう言うこと…?言葉を発するのに少し時間がかかった。
「総合病院に運ばれたって。部活で美香先輩が怪我して入院した時のあの病院。」
「うん。わかった。今日早番だし、もう帰れるから、すぐ行くね。」
私は、足早に健太の元へと走った。
佳奈から送られてきたメールで、病室を確認し、ノックをしてドアを開けた。信じたくない光景が広がっていた。皆が健太の周りで泣いて、白衣を着た病院の先生が淡々と機材の片付けをしている。健太は、まるですやすや眠っているかのようなのに。
健太のお母さんの奈子おばさんが、
「紗菜ちゃん、よく来てくれたね」
と話しかけてくれたのは覚えているが、水の中にいるかのように、声が遠くて、病室での会話が思い出せない。
枠にはめて行くかのように、淡々と火葬まで済んで、やっと実感が湧いて来た。
あ…健太は死んだんだ。
私の初恋の相手は、ちょうど2年前の10月26日に享年23歳で他界した。
健太の命日に、私は、健太のお墓参りを済ませ、健太の家へと向かった。
「お母さんが、お兄ちゃんの部屋片付けてたら、これが出てきの。紗菜姉ちゃん、貰ってくれないかな?」
奈子おばさんと、佳奈から手渡されたのは、指輪だった。
「健太の気持ち、受け取ってあげてくれないかな?」
私の目には涙が溢れて、その指輪をしっかりと見ることができなかった。
「紗菜ちゃんは、健太の分まで幸せになってね?もし、いい男性が居たら、その人と、幸せになってくれていいからね。きっと、幸せそうな紗菜ちゃんを見て、健太も喜ぶわ。」
思わず嗚咽が漏れた。そっか。私はこれからも健太のいないこの世界で生きていかなきゃならないんだ。
貴方がいなくなって2年が経ちました。大好きな人がいなくなるってこんなにも辛くて、人に命ってこんなにも儚いものだと知りました。
大好き。愛してる。今それが伝えられたなら、どれだけ幸せだろうか。
月が綺麗ですね。
帰りに見たあの月は、10年一緒にいた初恋の相手と一緒に始めて帰った中2の冬の部活帰りに見た月のように丸く明るく照らされていた。