二つの愛を与えたい・アフター
様々な行事を楽しむ、そういうことに私も乗っかったりするけれど、これは変だって思う時もある。
クリスマスなんかも、本来はキリストの誕生日だって有難いものだったのに日本じゃ仏教徒までクリスマスパーティしてるって話だし。
みんなが浮かれて騒いでるから一緒になって騒ぐ、そういう浮ついた気持ちがいまいち好めないのかもしれない。悪い事とは思わないけど、私はそれを素直に楽しめないから困ったものだ。
「メリークリスマス! いや~メリークリスマス、おめでたいですね!」
しかし原千恵美のように何も考えてない人の方が人生は楽しいのだろう。
「なに?」
「もうすぐ今年が終わりますね、姐さん! ということで私も感傷的な気持ちになって参りました」
よよよ、と馬鹿みたいな泣くふりをする千恵美に、私は面倒臭いうっとうしいという気持ちが先に出る。
なんといったって既に冬休み、彼女は探偵然としたコートにいつものハンチング帽姿で家にまで来ているのだ。
まあ普段通りの馬鹿馬鹿しさだ。冬休みでテンションの上がった馬鹿。
「世間話はいいから。ここに来た理由は?」
「いえ大したことじゃありません。これをどうぞ」
彼女は手に持っていた荷物を私に押し付ける。そこからふわりと甘い良い匂いがした。
「なにこれ」
「ケーキです」
「なんで?」
「なんと言ったら受け取ってもらえます?」
にこにこ、いつもの気味悪いくらいの笑顔のまま、力強くぐいぐいとケーキを押し付けてくる。
「あのね、私は……」
「施しは受けないと言いたいんでしょう? その気持ちの強さは分かりますとも。ですが私にも、私達にできなかったことを成し遂げた感謝とか、失礼を働いたお詫びとか、その他もろもろの気持ちというものが沢山あるわけです。できれば月乃と一緒にここでパーティして幸せを謳歌したいくらいの気持ちなんですが、それをぐっとこらえて気持ちだけケーキを差し上げたいということです。どうか月乃と私の気持ちということで一つ」
ぺこりと頭を下げる千恵美の言い分も分かるし、ここにきて勝手にパーティを開かれても困る。
仕方なくケーキを受け取ると、彼女は相変わらず笑ったまま、手を振って走って行った。
「では良きクリスマスを!」
いつもいつも忙しそうにしながら笑っている千恵美だが、彼女の笑みから嘘臭さが抜けている気がした。
水嶋と日野の関係は地味に続いているらしく、今日はクリスマスということもあってデートをするらしい。
すっかり彼女とも連絡を取り合うようになったが、親しくなった分、私の腹黒さや人間関係を彼女は
勘づき始めていた。結構とぼけた雰囲気のある子だけど、そういうところは目ざとい。
「先輩も会長と仲良くしてくださいね」なんてお節介な一文を確認した後、母さんが出かけるのを見送った。
「早苗は何か食べたいものある?」
時折家に帰っている早苗も、今日という日はうちで勉強している。受験勉強だけじゃなく、大学で勉強したい分野の本とかも予め読んでいるとか。先を見据えて立派なものだ。
早苗のことを全く知らなかった時のことを思い出す。およそ欠点のない完璧人間、その印象は間違っていなかったらしく、今は家族との関係も徐々に修復されているらしい。母親以外は。
絶対に分かり合えない人間もこの世にいると思う。けれど、それが実の母親だったなら――
早苗は、普段は怒って分からず屋とか母親を口汚く言う。
でも、夜になって、一緒に寝る時なんかはさめざめと悲しんで泣いている。私にはどうにもできない、誰にも、どうしようもないことなのかもしれない。
そんな悲しさを抱えながら、早苗は未来を見据えているのだ。私には真似できない。
「今夜か……。特に浮かれることもないな。君といるだけで十分だ」
「寒い寒い。なんか冷えるね」
「わ、私は本気だからな!」
そんなことを本気で言ってるなら今度は暑くなってくる。私も、浮かれているのかもしれない。
色々と考えることは、まだある。
せっかくのクリスマスに早苗といられることは嬉しい。でも、早苗の家族はそれでいいのか。
家族との関係を修復してる今のうちこそ、早苗は左右田の家で過ごした方が良いんじゃないかって思う。
それは口には出さない。もしそれで早苗が帰ったら私が寂しい。惨めだ。クリスマス一人で過ごしたことない。
お金も極貧生活じゃなくなったけど、収入がいつなくなるかは不安だ。私も既に学校で就職について先生と話して、就職先も決まりつつあるけど、今のご時世高卒の女一人でどこまでできるものか……。
それこそ、左右田家を頼りたくもなる。彼女と一緒にいるためには稼がないとダメなのだ。世知辛い。
……ケーキをもらえたの、本当は凄く嬉しいんだよね。母さんが持って帰ってくる残飯ケーキよりも見栄えが良いし。
「とりあえず、チキンかな」
豪遊も贅沢もできないけど、早苗と一緒に特別な日を過ごす。
そんなささやかなお祝いができれば、充分だ。
特別な日、ツリーも電飾もないけれど、ちょっとしたお祝いの食卓。
寒い冬の日で、賑やかなはしゃぎ声がどこからともなく聞こえてくる。何がそんなにめでたいのか、私にはわからない。
まだまだ不安なことがある。千恵美のように幸せを享受できない。
それでも今この瞬間だけは、そんな瞬間が永遠に続けばいいと思える。
「どう?」
「おいしい」
笑顔の早苗を見ていても、この不安はぬぐえない。
「早苗の実家の方が豪華な料理出るけどね」
「私の家に真奈はいない」
「私のこと好き?」
「何を今更」
はぁ、と溜息を吐かれた。そして近づいてきて、後ろから私を抱きしめる。
私より大きな体で、長い腕で。
「真奈は私の全てだ。料理なんか比較対象にもならない」
「……ふーん」
「信用できないか?」
「だって、だって今はそう言ってても……」
それ以上の言葉を出しあぐねていると、早苗の抱きしめる力が強くなる。
耳元に口が近づいて……囁くわけではなく、頬にキスをされた。
そして、きちんと目を合わせて。
「それは、私も同じ不安を抱えている。いつか真奈がどこかに行かないか、私を見捨ててしまわないか、そんなことを考える」
「そんなわけ……!」
「ああ……要するに、今の幸せがいつまで続くか、不安なんだろう。浮かれるほど幸せなんだ。」
確かにそうかもしれない。今が嬉しいからこそ不安を感じるのかもしれない。
「だったら君ともっと浮かれたい。真奈とずっと浮かれていたい」
「うーん、それはなんかイマイチな言い方」
まるで私達が馬鹿みたいだ。……馬鹿なのかもしれないけど。
「私にとって真奈は、愛を教えてくれた人だ。家族とともにいる安心を、好きな人と一緒にいる幸福を教えてくれた……。私は絶対、一生真奈のことを好きで居続ける。真奈が嫌がっても好きでいる。絶対にだ」
浮つく。気持ちが浮ついてくる。
「なに、急に真面目な顔して」
「こんな日だ。少しくらいはいいだろう? 私だってかっこつける時はかっこつける!」
そんな風に胸を張る早苗を、かっこいいとは思わないけれど。
でも少し安心できたかな。
「じゃ、キスして」
「……えっ、突然」
「せっかくいいムードにしたんだからそれくらい黙ってして」
「わ、わかった」
おずおずと早苗が顔を近づけてくる。さっき食べたチキンの匂いがする。うぇ。
つやつやの唇が、そっと温かく重なる。
早苗はまだこういうの慣れてないみたいだ。私が少しずつ慣らしていくけど、もっと根性見せてほしいな。
「……どうだった?」
「まあまあ」
不安そうにしてる早苗を見ると、やっぱりかっこいいより可愛いって思う。頼もしい人だけど、私は彼女を守ってあげる姉でもあり続けたい。
「そういえば言ってなかったけど」
「今度はなんだ?」
「メリークリスマス、早苗」
これまでと、これからの感謝を込めて、私はそう言った。