64話・小さな感染者
グチャ、グチャ、グチャリ…
薄暗いガス室の中で、肉を貪る音が流れてゆく。
真っ赤な血が、コンクリートの床に広がり。
その血はまさしく、黒頭巾の少女のモノであった。
彼女の体は、荒々しく喰い千切られ…
肩やお腹、その他もろとも、無残な状態だった。
彼女の腕の中で、少年は「感染者」に成り果て…
もうとっくに、理性など失っている。
だとしても、彼女は、少年を離さなかった。
この時点で、少年の命は、消えかかっている。
きっと、小さな体では、毒ガスに耐えられなかったのだろう。
感染した影響により、少年の皮膚が腐ってゆく。
そんな哀れな命を、彼女は優しく、抱いてあげる。
いくつもの致命傷があるのに、その表情は、ずっと穏やかままだ。
どうやら、首までも、噛みつかれたらしく。
頭を隠す「黒頭巾」さえ、ビリビリに裂かれていた。
そして、彼女の顔を隠していた、黒頭巾が。
フワリ、と…
花びらのように、舞い落ちてゆく。
頭巾の奥から、現れたのは…
雪よりも鮮明な、白髪であった。
その白髪は、首元に触れるくらいの長さで。
癖っ気の強い髪質は、天然パーマを連想させる。
そして、頭の天辺で、二本のアホ毛が揺れていた。
黒頭巾の…いや「白髪の少女」は。
合鉄のシャッターへ、視線を流してから。
驚いて、黄金の瞳を丸くした。
それも当然。
ゴォン!ゴォン!と…強烈な打撃音が、ガス室を揺らし。
打撃音が連なり、合鉄のシャッターが、みるみる変形していく。
天井から、小さな破片が、パラパラと落ちてくる。
こんな状況でも。
白髪の少女は、腕の中の少年へ、意識を傾けた。
冷たいガス室にて、一人の子供が、最後の時を迎えようとしている。




