5話・感染者
「ここに、なかまが?」
新米の一が、おろおろと言った。
この辺りには、なんの異常もない…
シーンと静まった、静寂のみが広がっている。
たとえ、空気が安静であっても。
ブルーメンは警戒を解くことなく…
司令部(コントロール室)からの指示を求めた。
「コントロール室へ。こちら13」
「異常なし」と、伝えようとしたとき…
ギィあああああああああああああああああああああ
濁り切った悲鳴が、通信を妨害して…
彼ら(ブルーメン)の三人の背筋を凍らせた。
この悲鳴は、行方不明の兵士のモノ。
そして、方角は…小さな木の裏側…
隊長であるブルーメンは、すぐさま武装を解除。
バスタードソードを、慎重にかまえると。
鉄製の柄を、ギュッと握りしめる。
隊長の動きに合わせ、後ろの部下も警戒する。
彼ら(部下二人)も怯えながら、隊長の動きに合わせるも。
恐怖によって、その立ち回りはガタガタ。
とりあえず、ブルーメンは妥当な指示を下す。
「俺のうしろにいろ」
震える部下を引き連れながら…
悲鳴がした方向、小さな木の裏側へ…
この区域(白い花壇)に、モンスターが侵入していたのか?
一体、どんな怪物が…
嫌な予想が、ブルーメンの緊張をかきたてる。
この『バスタードソード』は最強の兵器であり。
ドラゴンの鱗さえも、紙切れの如く切り裂く。
ゆえに、いかなる怪物だろうと、脅威にはならない。
きっと、彼一人でも、対処できるはずだ。
神経を尖らせながら、ブルーメンは木の背後にまわりこむ。
すると…
その先に、まっていたモノは。
ブルーメンと同じ「重騎兵」だったのだ…
この重騎兵は、かなりの重傷であり。
左肩には「16」の数字…
これは、16小隊の隊長であることを意味しており。
恐らく、この重騎兵こそが。
消失した「座標」の正体に違いなかった。
どこからみても、この「16番」は致命傷を抱えていて…
甲冑のいたるところから。
見たこともない…「緑色の液体」の姿。
そして、鎧には、大量の返り血がへばりつき。
この血痕の出所など…
辺りを見渡せば、一目瞭然だった。
ズタズタにされた、兵士の死体が、散乱しており。
もはや、これらの死体は、人の形すら保っていない。
肉の塊が散乱している…と言った方が、しっくり来るくらいだ。
16番の重騎兵は、救援の存在に気づき。
ズタズタな体を、ボロ人形の如く動かした。
「……………!」
死んでいるはずの16番は…激しく動き、暴れ回り…
そして、言葉にならない、叫び声を轟かせる。
すると、16番の兜が、ミシミシとひび割れてゆき。
兜の内部から、肉が潰れる音がした。
ブチッ、ブチィ!ヌチャリ…
粘土のように、頭がねり動いてゆく。
16番の頭が、粘土のように変形して。
砕け散った兜の中から、一回りも二回りも大きい…獣のような口が露わとなる。
「ギィ、ギィッ!グエ!」
その叫び声は、もはや人ではない。
餌を求め涎を垂らす、野獣そのものだった。
兵士の死体、いや…散乱した肉塊へと飛び掛かる怪獣(16番)…
ベチャ、ベチャ、ゴリ…
人肉を貪る、重騎士の姿にはもう。
人ならざる面影は、欠片も残されていない。
狂気の食事は、荒々しく…
食事の一部…死体の頭部が、ブルーメンたちの元へ転がってきた。
仲間の頭が、足元に転がってきて。
「ひぇっ!」
新米の一人から、乾いた叫び声がでる。
その恐怖、その声に反応して。
16番が、ピクリと…食事を中断させた。
相手(16番)の行動から、静かな殺意の鱗片。
「警戒態勢。武器をかまえろ!」
巨大な脅威を察して、ブルーメンが声を張りあげる。
まずは、警告…
剣の先端を、相手(16番)に向け鎮静を図る。
だが、16番は、一切動じない。
しかも、相手の口にて。
人の臓器が、同志の一部が、洗濯物のようにぶら下がっている。
あまりの異常さに、圧されて。
ブルーメンは「一歩だけ」引き下がってしまう。
この一瞬…
「…………………………………!」
まさしく人外のスピードで、16番が飛びかかってきた。
目をむくような…相手の「速さ」に。
ブルーメンの反応が、わずかに遅れてしまった。
まずいっ!
体勢を整える暇さえなく、懐を取られてしまう。
が、しかし…
16番は、彼のガラ空きな脇を通り過ぎ。
背後の新米に、その牙を向けたのだ。
「うわァ!…あ」
一瞬にて、新米の叫びが途切れ。
新米の頭が丸ごと、ご馳走になった。
狂気の牙が、合鉄の兜を、容易くかみ砕く。
パンを食べるように、脳ミソを、噛んで噛んで…
こんな光景をまえに…
なぞの恐怖が、ブルーメンをかきたてた。
ヤツの気が、逸れているうちに。
なんとか、しなければ…
もはや、その思考は。
隊長とか、兵士とか…ではなく。
「死」に恐怖する、一人の人間としてのモノだった。