58話・鼠の隠密は!泥だらけ!
「わかった。やれるだけ、やってみるさ」
アントスは決意を固めると、岩の向こうを睨んだ。
「一本道」まで、そんなに離れてはいない。
ゆっくり慎重に動けば、きっと見つからない筈だ。
重い緊張が、アントスに圧しかかる。
「合図は?」
「それは、君次第さ」
ワイズから、タイミングを委ねられ。
アントスの脚が、ガタガタと震えてしまう。
「ゆっくり、焦らず…」
「見つかれば、終わりだぞ?」
自分自身に囁きながら、岩陰からそっと離れてゆく。
幸い、洞窟全体が暗いので。
鼠の如く、影に潜めば、切り抜けられるはず…
兵士が、いたる所に、巡回しており。
視界を張り巡らせ、厳重に警戒していた。
もし、この時点で、見つかったならば。
あっという間に、包囲され、また捕まってしまう。
アントスは、さらに隠密を意識して。
地面に手を乗せ、ホフク前進で、目標(一本道)をめざした。
地面の感触を、腹で感じながら。
薄汚いゴミ虫のように、懸命に足掻く。
ワイズの突進が、兵士たちの注意を、ほぼ持っていったらしく。
兵士の殆どが、巨大クモ(ワイズ)を警戒していた。
誰一人、足元のアントスには、気づいておらず。
彼は着実に、距離を詰めていった。
ついに、一本道までの距離は、4~5mまで近づき。
『よし、ここまで来れば』
このタイミングで、静かに起き上がるアントス。
二本足で、しっかりと立ち。
泥だらけの手を、強く握り絞めた。
そして、目標(一本道)に向け、「一歩」を踏み出した。
だが、つぎの瞬間…
ドォォォズゥゥウン!
どこからか、一発の衝撃音。
豪快な揺れが、地の底から、拳を奮い立たせる。
洞窟の天井が、落石してゆき。
この衝撃が、アントスの体勢を、いとも容易く崩した。




