56話・ラストチャンスに…思いを込めて
アントスは、持てる力の限り。
強固なワイズの、甲殻にしがみついた。
ワイズの甲羅は刺々しく。
強く握ると、手に激痛が走った。
ワイズは、八本脚で助走をつけ、一つ警告する。
「もし、落ちても。拾わない…その手、放すなよ?」
「ああ、わかってるさ」
緊張を噛みしめながら、アントスは強く頷いた。
そして…
ドォオオオン!
一発の爆発音と共に、ワイズの巨体が飛んでゆく。
その様は、砲弾の如く強烈。
あまりの破壊力に、アントスの意識が、僅かに飛んでしまう。
もはや、激しい向い風で、瞼すら開けられず。
体が震え、腕さえも痺れてくる。
巨大クモのワイズは、アントスを背に乗せたまま。
怒涛の勢いで、洞窟の暗闇へ突っ込んでいく。
暗闇の向こうでは、数十人の兵士が、待ち構えており。
迫りくる外敵に、銃弾の弾幕で応戦してきた。
容赦のない一斉掃射…
だが、ワイズの甲羅は、全ての銃弾を弾いてゆく。
幾つもの銃弾が、アントスの頬を掠るが。
それでも、彼にだって、意地がある。
無力な腕で、虫ケラのようにしがみつく。
いま…今日まで。
迷ってきたから。
諦めてきたから。
「色々なモノ」を、失ってしまったのだ。
妻と息子も。
かけがえのない日常も。
いや、それだけではない。
「冒険者」や「勇者」。
それらの夢を、断念したのも自分ではないか!
そうこれは、きっと。
天のむこうから、授けられた…最後の「ラストチャンス」。
この手を放したら、もう二度と「明日」は来ない。
幾ら撃たれようと、一切ひるまずに。
ワイズは正面から、兵隊の壁へと突進してゆく。
巨大クモ(ワイズ)による、強烈な体当たりによって。
兵たちの隊列が、バラバラになった。
体勢を持ち直すべく、隊長が指示を出す。
「動じるな!立て!」
しかし、命令を出す頃には、すでに遅く。
敵の姿は、とっくに消えていた。
目標をロスト(見失い)してしまい。
焦りに身を任せ、隊長が荒々しく命令する。
「クソッ!もういい、動くモノは何でも撃て!」




