55話・一般人に「望み」を託す
ワイズ(巨大クモ)の無数の眼光が、一斉に睨んできて。
アントスは思わず、息を詰まらせた。
「ま、まさか」
レ二ズが言う『乗り物』とは…
「ああ、このスパイダーメンさ」
レ二ズが当然のように答え、アントスの気が滅入る。
馬などなら、まだ理解できる…だが。
まさか、「怪物クモ」に、跨る日がやって来るなんて!
すっかり混乱しているアントス。
しかし、相手の方は、黙々と待機しながら。
もうとっくに、人間を、乗せる準備を終えていた。
中々、乗り気になれないアントス。
そもそも、彼は、ただの一般人。
モンスターに手を貸す道理など、どこにも無かった。
確かに、内心は、あの二人(黒頭巾の少女と、少年)を気にかけている。
だが、今この状況に置いては…
「自分だけ、逃げだす」という、選択もあるのだ。
考え込む、アントスの横顔に。
ゴブリンのレ二ズが、ただ正直に、言葉をかけた。
「俺たち(モンスター)じゃ、役不足って。言われてな」
らしくない真剣な声、アントスの手に力が入る。
「あのお方…あの少女は、『お前』を、選考したのさ」
どうも、彼には、レ二ズの考えは分からない。
だとしても、ただの一般人である自分に。
何か「望み」を託している事だけは、感じとる事ができた。
その熱意が伝わったのか?
アントスは、ワイズの背へ、慎重に手を乗せた。
ワイズの背中は、頑丈な甲殻に覆われ。
まるで、鎧から足が生えているみたいだ。
その甲殻に乗っかると、アントスはレ二ズを見る。
「わかった。やってみる…どこにも、自信はないけど」
「そんなの(自信なんて)、求めちゃいねぇよ」
そう気軽に、言い返すと。
レ二ズは再び、荒れ狂う、戦場へと向かってゆく。




