52話・去り際の瞳
兵士が倒れた拍子に。
アントスの足元に、風のメイスが、転がってきた。
風メイスを見ていると。
彼の脳裏に、とある考えが、思い浮かび上がる。
だが…
老人の叫び声が、耳に入ってきて、思考が遮られる。
「ひィひ、ヒィ~」
老人は恐怖に怯えながら。
先頭から外れ、ヨロヨロと逃げだしてゆく。
「おい!列から外れるな。とまれ!」
兵士は怒鳴りながら、老人の貧弱な背に、照準を合わせると。
何の躊躇もなく、その背中を撃った。
背中から、心臓を撃たれ。
老人は、悲鳴を上げる暇もなく。
パタリ…と力尽きた。
すると、巨大クモが、老人の死に気づき。
ゆっくりと、老人の元へ、近づいていく。
そんな敵(巨大クモ)の行動に、兵士が唾を吐きかけた。
「死体を漁る気か?グズな害虫だなぁ!」
悪態をつく、兵士の肩に。
ヘルツ博士が、手を乗せると、適当に命令する。
「君は、その少女。ボクは、この子(男の子)。これ以上、時間が惜しいからね」
博士は、少年の腕を握ると、洞穴へ足を進めた。
少年は、小さな体でも、必死に抵抗するが。
ヘルツ博士に、強引に連れてゆかれる。
続いて兵士も、黒頭巾の少女を、連行しようとする。
彼女の小さな頭に、銃口を向け、強く警告した。
「お前、でしゃばるなよ?」
しかし、たとえ銃を向けられても。
少女は、これと言って、焦る様子もなく。
素直に頷いて、兵士についていく。
兵士が、洞窟の暗闇に消えて。
続くように、彼女(黒頭巾の少女)も、洞窟の闇へ踏み入る。
だが、その去り際にて…
黒頭巾の少女が、アントスの方へ振り返った。
わずか一瞬…「黄金の眼差し」が輝く。
そして、視線をアントスから外すと。
彼女は、暗闇の奥に、進んでいく。
ここでようやく、アントスは自覚した。
自分だけが、取り残された事を…
きっと、博士も兵士も。
彼が、モンスターに殺されたと、認識していたのだろう。
と、言うよりも。
脅威のモンスターすら、一般人など、眼中に無いらしく。
灰色のゴブリンは、気絶した兵士の装備を、物色しており。
巨大クモは、老人の遺体に集中している。
そう、この状況において。
アントスだけが、フリー(自由)な立場にあった。




