表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/176

36話・おかえり…


 アントスは「まさか」と思いながら、押入れに近づく。


きっと気のせいで…

押入れの中は、空っぽに違いない。


『少しだけ…押入れの中を、覗いてみよう』


いつも通り、押入れを開くだけ。

何一つ、難しいことはない。


だが、いざ押入れの前に、立ってみると。

一段と、アントスの緊張が強ばっていく。


押入れのドアに触れると、手から変な汗が出てきて。

いつも以上に、押入れのドアが、重く感じてしまった。


この瞬間さえ、永遠に思えてしまい。

彼はもう、周囲の事など、眼中にすらなく。

今はよっぽど、押入れの中が重要だった。


 この時、アントスの背後にて、小さな足音がしたが。

その足音に、アントスは気づいてない。


アントスは体を強張らせ、不安を薙ぎ倒すように。

力一杯、押入れのドアを開く。


 押入れのドアが、一気に開放されて。

その先には…



「おかえり!」

笑顔の息子が。


「お帰りなさい」

笑顔の妻が。



 父親アントスの帰りを、明るく迎えてくれる…ことは無かった。


グチャ、グチャ。

肉を喰う音が響く。


グチャ、グチャ、グチャ。

肉を喰う音が、アントスを現実に戻す。


グチャ、グチャ、グチャ、グチャ。


誰かが、誰かを、食っている音。

その誰かとは、正真正銘…アントスの「妻と息子」であった。


あんなにも、優しかった妻が…

愛しの息子を、まるで食料のように、ボリボリと貪っている。


一体、何が起こっているのか?

理解できないまま、アントスは、完全に困惑しており。


唖然と、呆けたまま、いつものように話してみる。


「おにぎり…美味しかったよ」

彼の声は、妻に届かず、肉を貪る音に掻き消された。


「帰ってから、遊ぼうって…約束したよな」

息子の体は、殆ど食べられ、小さな肉片が落ちてゆく。


もはや、幾ら声をかけようとも。

誰にも、父親アントスの声は届かない。


「頼むから、たのむから…」

声が震え、涙が流れ、非情な現実を噛みしめる。


「おかえりって…言ってくれ」


バリ、グチャ、バリバリバリ!


妻は、息子の頭を、荒々しく噛み砕き。

まるで、果物を食べるように、我が子を食らっている。


「あ…あっ…あ…」

アントスにはもう、喋る気力すらなく。

枯れた花のように、ぼーっと、立ち尽くすのみ。


 枯れ木のように、棒立ちのアントス。

感染した妻が、夫である彼へ、標的を代えてくる。


しかし、アントスに抵抗の意思はなく。

ただ、空虚の眼差しで、妻だったモノ(感染者)を眺めていた。


『ごめんな…ゴメン、ごめん、ごめ…」

謝罪の言葉が、心の中でグルグルと廻る。


『もう、どうでも、いいや』

謝ることすら、疲れ果てて、考えることを放棄する。


 だが、そのとき…背後から。


「ふぅ」

女の子の声が、一つ呟き…


「まだ、閉幕じゃないけど?」

その声はまるで、小さな鈴の音色だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ