34話・夜中の散歩日和
「ガァァァァァァァァ」
たちまち広まってゆく、感染者たちの叫び声。
この叫びによって、他の音は掻き消されてしまい。
他の音を聴きとる事すら、許されなかった。
こんな状況で、冷静な判断など、出来る筈もなく。
アントスは、ひたすら逃げる事で精一杯だった。
だが…
「ひたすら」走るだけで、逃げ切れるほど、現実は甘くない。
アントスは敵(感染者)に囲まれてから。
「しまった!」と、自分の立ち回りの甘さを悟った。
アントスの周り、360度…全てが感染者の壁。
状況を知った頃には、すでに逃げ場を失っていた。
「ちくしょう」
アントスの肩から、力が抜けてゆく。
ここで終わるのか…
自分自身に落胆するように、膝から崩れ落ちる。
だが、そんな彼を、笑うかのように…
この屋台区から、真逆の方向…北の方角から。
突然、一発の花火が、打ち上げられた。
「ピュ~ドォ~ォォ~!」
火薬の爆発音が、闇夜の空に拡散して。
赤い閃光が、夜空を「赤色」に染めていった。
『花火?』
唐突に出現した「花火」に、アントスは、引っかかりを覚えるが。
とりあえず今は、意識を切り替え、感染者たちの群衆を睨む。
が、しかし。
ここにきて、とある「変化」に気づく。
敵(感染者)の敵意が、別の方向へ、切り替わっていることに。
群衆(感染者たち)の視線は、夜空の花火に集中しており。
誰一人、アントスの事など、見ていなかった。
そして、感染者たちは、足並みを揃え。
ノロノロと、北の方角を、目指して歩き始める。
一人、また一人と、敵の数が減ってゆく中。
アントスは確信した…
「花火ナパームだ…」
それ(花火ナパーム)は、如何なるモンスターをも、引きつける「タイマー式(時間式)の花火」。
団長のディアトロが所持していた、特別なアイテムだが。
ひょんな事から、集会所にて、無くしてしまった。
「荷物持ち」のアントスが、盗んだと疑われたが。
当然、彼が、犯人である筈が無かった。
間違いない…
「本当の盗人」が、北区にて、花火ナパームを打ち上げたのだ。
次々と思考が回るが、この隙を逃してはならない。
アントスは、頭を振って、雑念を払いながら。
家族の待つ、我が家を目指して、再び走り出した。
花火ナパームのお陰で、感染者の数は、めっきりと減り。
行く手を遮る、邪魔者はいなくなった。
道は開けた…あとは「ただ」走るだけでいい。
どんどん、小さくなるアントスの背中。
そんな彼を、一人の少女が見届けていた。
少女の顔は、黒頭巾に隠れていて、よく見えないが。
その頭巾の隙間から、黄金の瞳が、チラリと輝いている。
ここ(屋台区)にはまだ、感染者が徘徊しているのだが。
感染者の存在など、眼中にすら無いように。
彼女(少女)は、至って平然としている。
やがて、アントスの背中が、見えなくなると。
黒頭巾の少女も、のんびりと歩きはじめ。
まるで、散歩でもするかのように、感染者たちの脇を素通りしてゆく。